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光のもとでⅠ 第十三章 紅葉祭  作者: 葉野りるは
本編
49/110

49話

「御園生、大丈夫……?」

「あ、大丈夫っ。普段の生活に支障が出るようなものではないし、病気とかそういうのでもないの」

「そっか……。だとしたらさ、もしかして、俺がそのときに付き合ってほしいって言ったのも……忘れて、るのかな……?」

 びっくりして鎌田くんの顔を見ると、中学のときよりも背が伸びていることに気づく。

 私よりもほんの少し高かっただけの鎌田くんは、顔を少し上に向けなくてはいけないくらいに高くなっていた。

 そういえば、さっきツカサと並んだとき、同じくらいだった……。

 背は伸び、声は低くなっていたけれど、クルンとした癖毛と笑顔は変わらない。

 鎌田くんを観察していたら、

「覚えてないみたいだね」

「ごめんなさい……」

「いや、記憶ってなくそうと思ってなくせるものじゃないと思うし、どこか抜けてる御園生だから、記憶をなくしてなくても忘れられてたかもしれないし。現にそのときも、付き合ってって言ったら『今日だよね?』って、結構見当違いな返事されたし。俺も偶然会えたことに舞い上がってたから、言い方が悪かったっていうのもあるんだけど……」

 思い出すように話してはクスクスと笑う。

 その笑顔を見て、懐かしいな、と思った。

 毎日話していたわけじゃないのにそう思うのは、私が中学で話せた人が鎌田くんしかいないから。

 私は鎌田くんと話すときだけ肩の力を抜くことができた。

 きっと、この裏も表もない悪意を含まない笑顔にほっとしていたのだ。

「さっきは隼人先輩が急に告るからびっくりしたよ……。でも、いい加減な人じゃないし、すごく尊敬できる先輩」

 そのときのことを思い出すだけでも顔に熱を持つ。

 さっきの先輩の申し出は、あまりにもストレートで勘違いのしようがなかった。

 紅葉祭の準備が始まってから何度か告白されることはあったけど、こんなに意識したことはなかったと思う。

 何か変わったとしたら、きっと自分。

 私が人を好きになるという気持ちを知ったから。「恋」を知ったからだと思う。

 でも、秋斗さんに「好き」と言われるときはいつだってドキドキしていたし、勘違いしたことはないと思う。

 その差はなんなのかな……。

「それはさておき……高校に入ってから何かあった? 中学の人間にやな思いさせられたとか……」

 心配そうな目が私を覗き込んでいた。

「……あのね、インターハイの予選が幸倉運動公園であったでしょう? そのときにね――」

 ぐらり、と視界が歪んだ。

「御園生っ!?」

 鎌田くんの声が遠く感じると、そのあとは周りの音が一切聞こえなくなり、頭に再生される映像をまるでスクリーンでも見るような感じで眺めていた。

 あの日――私は藤棚の藤がきれいで、ベンチに座ってそれを見上げていたのだ。

 そしたら見覚えのある男子がやってきて、声をかけられてびっくりした。

 すぐにでも逃げ出したくて、反射的に立ち上がったら眩暈を起こしてしまったのだ。

 そんな状況下で男子に腕を掴まれ、逃げ道を失って困っているところにツカサが来てくれた。

 そのあとに秋斗さんと桃華さんも来て――。

 少し落ち着いてからツカサの弓道の試合を見るために場所を移動した。

 弓を持ったツカサに見入っていたら、秋斗さんが射法八節を教えてくれた。

 帰り道では同じ中学だった女の子たちに囲まれた。

 彼女たちは秋斗さんとツカサを見るとガラリと態度を変え急に媚を売り始めたものの、ツカサの言葉でザックリと斬り捨てられ、今度は私の中退話を持ち出した。

 ほかには――ほかには何があっただろう。

 思い出したい。これをきっかけに全部思い出させて――。




 深いところから意識が浮上する。

 覚醒する瞬間、瞼の向こうに光を感じ、徐々に聞こえてくる音が増えていく。

 シャッ、とカーテンが開く音がした。

「起きた?」

 ゆっくりと目を開けると、腕を組んだ湊先生に見下ろされていた。

「私……」

「廊下で倒れたのよ。海斗が血相変えて抱えてきたわ。あと、中学の同級生って言ったかしら? こぉ、襟足がくるんとした子が一緒だった」

「あ――鎌田くんっ」

 咄嗟に起き上がろうとして額を小突かれた。

「何があった?」

 何が……。

「倒れる直前のバイタルを見ても意識を失うレベルの血圧数値じゃなかった。それと、あんたまだ滋養強壮剤飲んでないでしょ?」

「あ……」

「さっき司にかばんを持ってこさせたから薬飲みなさい」

「はい……」

 湊先生はカーテンを出て行き、私もゆっくりと身体を起こしてベッドから下りた。

 椅子に座ると、用意されていたお水で滋養強壮剤を飲む。

「三十分もしたら効いてくるわ。で? 何があったの?」

「記憶が……」

「……何か思い出した?」

 コクリと頷く。

 思い出したことを話すと、湊先生は一息ついた。

「思い出せるのかもしれないわね。少しずつだけど、いつかは全部思いだせるのかもしれないわ。思い出せない人間っていうのは、本当に何ひとつ思い出せないのよ」

「本当に……? 私、思い出せる……?」

「急に全部、というわけにはいかないでしょうけど、それでも可能性はゼロじゃない」

 お水と一緒に出されたお茶を飲み終わると、一枚のメモ用紙を渡された。

「一緒だった男子が置いていった。海斗が言ってたわ。翠葉が起きたとき、絶対に気にすると思うからって」

 メモ用紙には、右上がりでも左上がりでもないお行儀のいい字が並んでいた。

 特別きれいな字というわけではないけれど、丁寧に書かれた文字に思えた。

 メールアドレスの英字だけが少し斜めになっていて、ところどころに筆記体の名残が見える。

 すぐに連絡を入れたいとは思ったけど、今私が持っている携帯はツカサのものだから、自分の携帯が手に戻ってきたら連絡をしようと思った。

 あ――今、何時っ!?

 腕時計を見ると二時を回っていた。

「戻れるの?」

「はい、大丈夫です」

「じゃ、クラスまで送るわ」

「えっ!? そんな、申し訳ないですっ」

「とは言ってもねぇ……。あんたをひとりで歩かせるとろくなことなさそうだから」

 湊先生は呆れたように席を立った。

「あの、お茶とお水、ありがとうございました」

「どういたしまして」

 湊先生に付き添われてクラスへ戻ると、みんなに声をかけられた。

 理美ちゃんが私の代わりに休憩を返上してウェイトレスをしてくれていたらしい。

「理美ちゃん、ごめんね」

「いいよいいよ! これから休憩行ってくるし! でも、翠ちん、あまり無理しちゃダメだからね?」

「……うん、ありがとう」

 ウェイトレスの衣装に着替え終わると海斗くんに声をかけられた。

「翠葉ごめんっ」

 顔の前で手を合わせ謝られる。

 さて、何を謝られているのだろう……。

「俺、鎌田くんに掴みかかっちゃったんだ。あ、殴ってはないよ? 自分でも謝ったんだけどさ……。翠葉が連絡するときに改めて謝っといてくれないかな?」

 まるで、子犬が困ったような顔をして言う。

「うん、わかった。今はツカサの携帯だからかけられないけれど、あとでちゃんと連絡入れる」

「それより、もう大丈夫なの?」

「あ、うん……。心配かけてごめんね」

「別にいいけど……。何があった? 湊ちゃん、バイタルに異常はなかったって言ってたけど」

「……会話の途中で記憶を思い出したの」

 この言葉が正しいのかすらわからない。

 倒れている間に思い出したのか、思い出したから倒れたのか。

「ごめん、自分でもよくわからないの。急に鎌田くんの声が遠くなって、気づいたときには記憶が再生され始めていて、起きたら保健室に寝てた」

「そっか……」

「海斗っ、油売ってないでホールへ出てっ」

 桃華さんに一喝され、私たちは動きだした。

「翠葉はオーダー取るのみ。トレイ持って眩暈でも起こしたら危ないから」

 桃華さんにそう言われ、私はひたすらオーダーを取る人になっていた。

 うちのクラスはほかのクラスのように呼び込み部隊に割ける人員はいない。それでも、うちのカフェは思ったよりも繁盛していた。


 四時になり一般公開が終わる時間になると、生徒総出でお客様のお見送り誘導に入る。

 私たち生徒会メンバーはパソコンディスプレイを見続け、簡易発信機が発する蛍光色の緑を追う。

 この時間には生徒たちの発信機は解除され、来場客の発信機しか表示されなくなるのだ。

 それを見ながら、どこに人がいるなどの情報を実行委員と風紀委員へ流し、誘導に行かせる。そのほかの生徒は、見かけた来場客を校門まで見送るようになっている。

 この作業には藤宮警備も加わるため、それほど大変な作業ではなかったけれど、それでもすべての来場客が校門を出るまでに四十分の時間を要した。

「さてとっ! こっからはお待ちかねの後夜祭だよー!」

 久先輩のやたらと明るい声が響き、そのテンションのまま放送ブースに入っていく。

『みんなお疲れ様ー! 五時から後夜祭が始まるので、各自衣装に着替えたら校庭に集合! 用務員のおじさんがキャンプファイヤーに火を入れてくれたらミュージックスタート! 最初はフォークダンス。そのあとはお決まりのワルツとチークタイムに移行します! パートナーは自力でゲットしてね! それから、後夜祭の一番最後に鬼ごっこ大会するから余力残しておいてよー!』

 いい加減とも言えるような放送が流れ、色んなところから歓声が聞こえてきた。

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