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光のもとでⅠ 第十三章 紅葉祭  作者: 葉野りるは
本編
45/110

45話

 無秩序に話しだした私を止めたのは唯兄だった。

「リィ、今日使ったタイムテーブル出そうか?」

 ライブステージに使われたタイムテーブルを見ながら話すと、物事が前後することなく話すことができた。

 泣きながら話したら、話し終わる頃には声がガラガラだった。

 それでも、心なしか気持ちがすっきりとした気がする。

「今日はここまで。まだ明日もあるしね?」

 唯兄に仕切られてお開きになったのが十時五分前のこと。

「あのね、これだけ訊いてもいい?」

「何?」

「蒼兄も唯兄も、好きな人に好きな人がいたらどうする? その人の恋愛を応援する? それとも、自分を応援する?」

「俺は断然自分応援派」

 即答したのは唯兄だった。蒼兄は少し考えてから、

「相手が桃華だったとして――俺もそう簡単には諦められないかな。自分なりに努力はすると思う。ほら、何もせずに諦めることほど嫌なものはないだろ? 中途半端ってさ、どれも不完全燃焼に終わる気がしない?」

 蒼兄が言ったことはいつも私が思っていることに似ている。

「誰を応援するとかしないとか、そういうことじゃなくて、自分の気持ちを大切にしたらいいんじゃないか?」

 自分の気持ちを大切に……?

「あの人は応援せずにこの人を応援する――そういう選択の仕方を翠葉は普段しないだろ? 無理やり型に当てはめようとしなくていいんじゃないか? せっかく新しい気持ちを知ったんだから、その気持ちを大切にすればいい。ただ、それだけだよ」

 蒼兄にはわかっちゃうのね……。これが私自身の考えではなく、人に聞いた考えだって。

「……いい、のかな?」

 本当にそれでいいのかな。

「いいんだよ。だって、それは翠葉の心であり、想いなんだから」

「ほら、明日も早いでしょ? 顔洗って薬飲んでとっとと横になる!」

 唯兄に言われて時計を見たら、十時を一分だけ過ぎていた。




 朝の四時にはこっちを出る予定だったお父さんは、緊急会議が入りその会議に出てから現場に戻ることになったらしい。

 だから、今朝も朝ご飯を一緒に食べることができる。そして、その場には静さんもいた。

 つまり、昨日と同じメンバーでの朝食。

「お母さん……」

「ん?」

「お母さんは、もしお父さんに好きな人がいたらどうした?」

「……そうねぇ、簡単には諦めなかったでしょうね」

 お母さんはクスリと笑ってキッチンへ戻る。

「お父さんは?」

「んー……こういうのって諦めよう、そうしよう、って諦められるようなものじゃないしなぁ……。そこできっぱり想いに決別できちゃう人がいるなら父さんは尊敬するかもしれん。それにな、世の中には好きな人に付き合っている人がいようが、結婚して子どもができようが、同じ人をうん十年も想い続ける人間もいるんだぞ?」

 お父さんの視線が静さんを向く。

「え? 静さん……?」

「零樹、今お褒めに預かったのは私のことか?」

「静以外に誰がいるのさ」

 その会話に少し頭の中が混乱する。

「えっ!? じゃ、静さんってもしかしてうちの母をっ!?」

 蒼兄の言葉は一気に混乱を消し去った。

「翠葉ちゃん、私は三十年碧を好きでいたよ? おかしいかな? このとおり、いい年をした大人だが、蒼樹くんや翠葉ちゃんという子どもがいてもずっと好きだった」

 静さんはにこり、と優しく笑う。そこへお母さんが戻ってくると、「正しくは二十七年よ」と訂正した。

「おや、そうだったか?」

「そうよ。ここ三年だもの、静から届くバラが赤じゃなくて黄色いバラに変わったの。黄色いバラの花言葉は『変わらぬ友情』でしょう?」

 お母さんはとても嬉しそうに笑った。

「こういうのは女性のほうが期間をしっかり覚えているものらしい」

 静さんは苦笑して、「おかしいと笑うかい?」と再度訊かれた。

「いえ……。むしろ、そんなに長い期間想われていたお母さんを羨ましいと思うくらい……」

 そう答えると、今度は無言で微笑んだ。逆にお父さんは苦渋を漏らす。

「翠葉ぁ……肉食獣に奥さんを始終狙われていたお父さんはだな、胃が擦り切れるくらいに肝を冷やす二十七年だったぞー?」

「碧、感謝してほしいものだな。おかげで零樹は中年太りもせず、あの頃の体型を維持したままだ」

「あら、そう言われてみればそうね?」

「ちょっとちょっとちょっと、おふたりさあああんっ!?」

 その会話に場がどっと沸く。

 みんなの笑い声が響く朝食だった。

 二十年三十年後の同級生ってどんなだろう?

 私には想像することすら難しいことだけれど、お父さんたちみたいな関係でいられたらいいな……。

 なんだか、とひとつの理想の形を見せてもらえた気がした。


 家を出る時間になるまですっかり忘れていたことがある。

「蒼兄……私、すっかり忘れていたの」

「うん、やけに落ち着いているからそうかな、とは思っていたけど……」

 朝になれば心の準備如何に問わず、問答無用でツカサに会うことになるのだ。

 お父さんとお母さんたちとは玄関で別れ、蒼兄と唯兄が一階のエントランスまでついてきてくれた。

 一階にはすでに海斗くんとツカサがいた。

 ツカサが視界に入ってすぐ、胸を押さえた自分が情けない。

 そんな私の動作に気づいた蒼兄が、少し困ったように笑って頭に手を置いた。

 その手のぬくもりにほんの少し癒される。

「あっれー? 唯くんに蒼樹さんまで、どうしました?」

「海斗っち、おはよっ! いやさ、今日って打ち上げあるのかな、と思って」

「あ! ありますあります! 路線バスで市街地に行く途中、カラオケ屋あるじゃないですか」

「あぁ、あのカラオケ屋にしてはそれっぽくない建物の?」

「ですです。そこ、友達の家がやってるカラオケ屋なんで、そこでやることになってます」

「そっか。悪いんだけど、そのときもリィのこと頼めるかな?」

「もちろんっ!」

「海斗くん、よろしくね。それを確認してお願いするために下りてきたんだ」

「あぁ、なるほど。了解です!」

 三人の会話があれよあれよという間に展開され、私は朝の挨拶をすることも忘れて三人の話を聞いていた。

「ほら、いってらっしゃい!」

 唯兄に背中を押されて一歩踏み出す。

「何かあったらいつでも連絡してきな」

 蒼兄の言葉にもう一歩。

「翠葉、行こうっ!」

 海斗くんの元気な笑顔にもう一歩。

「早くしないとまたギリギリになるけど?」

 ツカサの言葉に半歩引きそうになりつつ、がんばってもう一歩を踏み出した。


 昨日と同じ道を同じ人と同じ時間に歩いている。なのに、昨日とは全然違う気分だから不思議。

 昨日と同じようにツカサが前を歩いているだけなのに、私はその背中を見ただけでドキドキしてしまう。

 きれいな顔を見たいと思うけど、目が合うと困るから……。だから、こっちを見ないでね、と思いながら姿勢のいい背中を見つめていた。

「翠葉、顔赤い?」

「えっ!?」

「熱でもある?」

「や、ないよっ!? ないないっ。それに、顔だって赤くないものっ」

「いや、赤いってば……。な? 司どう思う?」

 ツカサに声をかけた海斗くんを恨めしく思う。

 どうしようっ――。

 ツカサの顔がこちらを向いたら、私はもっと赤くなってしまう。

 そう思っていたら、前方から疑いたくなるような一言が返された。

「熱はあるんじゃないの?」

 ツカサは肩越しに振り返ると、

「今、高温期だろ?」

 さらりと言われ、私は別の意味で赤面した。

「ツカサのカバっっっ」

「俺はカバほど図体大きくないけどな」

 そう言うと、何事もなかったように前を向く。

 ずるいと思った。

 私はツカサの行動や言葉ひとつにドキドキして動揺するのに、ツカサはいつもと変わらない。

 冷静すぎるツカサがずるいと思った。

「海斗くん、動揺しないおまじないってないかな」

「……そうだな。ツカサに数でも数えてもらえば?」

 にこりと笑う海斗くんが、このときばかりは悪魔に思えた。

「無理……」

「どうして?」

「……諸悪の根源だから」

 立ち止まる海斗くんを置き去りにして、諸悪の根源と一定の距離を保ったまま私は学校へ向かった。

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