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光のもとでⅠ 第十三章 紅葉祭  作者: 葉野りるは
本編
42/110

42話

 ライブコンサートが終わると、実行委員の大半が観覧席の誘導へ向かい、ほかの人たちは奈落や会場の片付けに分散する。

 定員オーバーギリギリの昇降機には、生徒会メンバーと佐野くんが乗った。

 佐野くんとはすぐに手を離したけれど、ツカサとはまだつないだまま。

 何度も離そうと思ったけど、なかなかできないでいた。

 話をするでもなく、互いを見るでもなく、ただ、手だけがつながれている。

 それだけなのにドキドキと安心の両方を感じられるから変な気分。

 奈落に着いたのをきっかけに手を離そうとしたら、一瞬だけ強く握られた気がした。でも、その後すぐに離されツカサは片付けの作業に入ってしまい、何を話すこともなかった。

「リィっ! 迎えに来たよっ!」

「唯兄っ!?」

 振り返ると、そこには第四通路からスキップしてくる唯兄がいた。

 相も変わらず周囲に溶け込んでしまう唯兄には脱帽である。

 蒼兄じゃこうはいかないだろう、と思っている傍らで、唯兄と朝陽先輩の会話が進んでいた。

「美都くん、もう連れて帰っていいんだよね?」

「はい、どうぞ。今日は色々とあったからすごく疲れてるんじゃない? あと一日あるから、今日はもう上がって?」

 ふわりと優しい笑みを向けられる。

 色々――確かに色々ありすぎて頭はいっぱいいっぱいだし体力も限界に近かった。

 今日、半日以上お世話になった香乃子ちゃんと空太くん、それから朝陽先輩にもお礼を言い、周りにも声をかけられる範囲で挨拶をしてから上がらせてもらった。

 賑やかな場所からひとり先に離脱するのは苦手。でも、後ろ髪引かれてがんばるところを間違ったらだめ。

 紅葉祭はあと一日あるのだ。


 唯兄に誘導されるまま第四通路を進むと、自分たちの足音ではないものが後ろから聞こえてきた。

 唯兄と顔を見合わせ足を止める。

「翠葉ちゃんっ! 間に合って良かった!」

 息を切らして走ってきたのは茜先輩だった。

「これ、秋斗先生に渡して?」

「……お手紙、ですか?」

「んー……手紙とも言えないようなものだけど」

 茜先輩は苦笑する。そして、ペコリと腰を折った。

「ごめんね」

 それが謝罪を意味する言葉だということはわかっても、何を謝られているのかは見当がつかない。

「最近、秋斗先生から連絡あった?」

「……ないと思いますけど?」

「そうだよね」

 茜先輩は申し訳なさそうな顔をした。

「それね、私が原因なの」

「え?」

「私の願掛けに秋斗先生を巻き込んだの。私が自分の恋愛をどうにかするまで、秋斗先生に動かないでほしいって……とても卑怯な要求をしたの。秋斗先生はそれを守ってくれていただけ。それだけは翠葉ちゃんに伝えなくちゃいけないと思って……。だから、ごめんね」

「いえ……」

 反射的に答えたけれど、私が答えていいものなのかはわからなかった。

 あ――だから、お手紙?

 もしかしたら、このお手紙には「ごめんなさい」と書かれているのかもしれない。

「秋斗先生は私の知る大人の中では数少ない信用できる人。残念ながら、私はほかの人の恋を応援してるから秋斗先生の応援はできないけれど。でも、秋斗先生はずるくない大人だよ。そんな人に好きって思われている翠葉ちゃんは本当にすてきな女の子だと思う。だから、翠葉ちゃんは自信を持って自分の恋に挑んでほしいな。応援にならいつでも駆けつけるから。――今日は、本当にありがとう」

 そう言うと、小さく手を振り来た道を戻っていった。

「元気のいい、サッパリとした子だね?」

 唯兄の感想にクスリと笑う。

 数時間前にこの通路で茜先輩が泣いていたなんて思いもしないだろうな……。

「うん。とてもすてきで頼りになる先輩」

「そっか」

「うん」

 私と唯兄は手をつないで図書棟へ戻った。


 図書棟に戻ると、すぐに秋斗さんの仕事部屋へ通された。

 そこには相馬先生もいた。

「お疲れさん」と声をかけられソファに座らされる。

「手、だいぶ冷えたな。家に帰ったら面倒臭がらずにしっかり風呂に浸かれよ? それから――おら、男ども全員席外せや」

 相馬先生が言うと、みんなが部屋から出ていった。

 なんだろう……?

「皮内針。何もしないよりはいいだろ? 明日はこんな格好することもないだろうから貼ってても気にならないだろうしな」

 ジャケットのポケットから取り出した鍼のシールを両腕と両脚、背骨に沿っていくつか貼ってくれた。

「ありがとうございます」

「それから、これは姫さんからだ」

「……湊先生から?」

「明日、昼過ぎに飲めだとよ」

 渡されたのは小さな袋に入れられた白い錠剤。

「俺は反対なわけだが、月曜火曜と二日休みがあるなら使ってもかまわないと思う。

 その言葉に確信を持つ。

「滋養強壮剤……?」

 相馬先生が頷いた。

「明日、最後まで楽しみたいんだったら途中で飲め」

 相馬先生が仕事部屋を出ていくと、入れ替わりでみんなが戻ってくる。

「さ、翠葉ちゃん帰ろうか」

 秋斗さんに声をかけられ、茜先輩の手紙を思い出す。

「これ、茜先輩からです」

 ほかにも何か言うべきかと考えたけれど、何も思いつかなくてそれ以上のことは言わなかった。

「ありがとう、あとで読むよ。で、服なんだけど……。隣で着替える? マンションまでは俺が車で送るから寒いってことはないと思うけど」

「あ、えと……」

 どうしようか悩んでいると、秋斗さんがクスリ、と笑った。

「車あたためておくから、その上に俺のジャケット羽織って出てきちゃいな」

 秋斗さんは壁にかけられていたジャケットを手に取ると、私の肩にかけてくれた。

「テーブルにカモミールティーがあるよ。猫舌さんにも飲みやすい温度だから、ゆっくり飲んでから出ておいで」

 秋斗さんの背を見送ると、蒼兄に声をかけられお茶に視線を向ける。

 白いダイニングテーブルには耐熱ガラスのカップが置かれていた。

 少し退色し始めているけれど、手で触れるとまだ淹れられてからそんなに時間が経っていないとわかる温度。

 椅子に座りそれを口にすると、心がほっと休まった。

「わかりやすい優しさと、わかりづらい優しさ……」

「ん?」

 唯兄に顔を覗きこまれてはっとする。

 曖昧に笑ってごまかし、蔵元さんに視線を移す。

「あの、もう大丈夫なんですか?」

「はい。この場が落ち着いているくらいには大丈夫ですよ。唯がよく働きましたからね」

 蔵元さんは穏やかに笑った。

 五分ちょっと和やかな時間を過ごし、蒼兄がカップを洗い終えると仕事部屋から出た。


 私の上履きはすでに昇降口の下駄箱に戻されているらしく、図書棟には靴が用意されていた。

 今日、半日お世話になった室内ブーツは「明日も履くかもしれないじゃん」という唯兄の言葉に図書棟入り口のロッカーに入れさせてもらうことにした。

 まだ人が多い中、秋斗さんの待つ職員用駐車場へ向かう。

 その途中、蔵元さんだけが別の車であることと、今日はこのまま直帰することを聞いた。

 互いに「お疲れ様でした」と腰を折り、「明日も楽しまれてくださいね」の言葉に笑みを返す。

 秋斗さんの車に乗ってから気づいたこと。

「蒼兄、どうしよう……」

「どうした?」

 秋斗さんの隣に座る唯兄も後部座席を振り返る。

「今日ね、ツカサと携帯を交換していたのだけど、ツカサの携帯持ってきちゃった」

「あ、バイタルが見られるように?」

 交換していた理由にすぐ気づいたのは唯兄だった。

 私が頷くと、唯兄が面白そうに笑う。

「じゃぁさ、この携帯からかけるといいよ」

 唯兄から唯兄の携帯を渡された。

「ほら、それ司っちのだからさ、それから発信すると司っちの通話料になっちゃうじゃん?」

 あ、そっか……。

「早く電話して安心させてあげなよ!」

「うん……」

 自分の携帯にかけるだけなのに、心臓が異常なまでにドキドキしていた。

「翠葉、おまえ大丈夫か……? 一気に心拍数上がったけど」

「……電話、苦手だから……」

 そんな言い訳が、蒼兄にどこまで通用するのかは不明だった。

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