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光のもとでⅠ 第十三章 紅葉祭  作者: 葉野りるは
本編
40/110

40話

「……さん、御園生さんっ?」

 え? あ――。

「やっっっ」

 右肩に風間先輩の手がかけられただけだった。

 それだけなのに、何を私は過剰反応しているのだろう。

 風間先輩は咄嗟に手を引き驚いた顔をしている。

 私は震え始め、嫌な兆候に自身の身体をぎゅ、と抱きしめる。

 こんなところで、どうして――。

「ちょっとすんません」

 背後から苦手な声が降ってきた。

「あ、飛翔じゃん」

 背後にいる人物が特定され、さらに身が縮こまる。

「……あんた、すっげー手のかかる人間な?」

 続けざまにため息も降ってきた。

「風間先輩、お久しぶりっす。これなんですが、どうやら男に触れられるのダメみたいなんで、とりあえずあそこら辺に返したほうがいいと思います」

 飛翔くんはビーズクッションが置いてあるあたりを指差した。

「……マジで?」

「……ご――」

 歯がガチガチと震えて言葉にならない。

「……この噂はガセじゃなかったんだな。……なんつーか、それじゃ俺はエスコートできないよね?」

 その言葉に顔を上げる。

「藤宮なら大丈夫なんでしょ? だから、いつも限られた男しか周りにいないんじゃないの?」

 なくした記憶のひとつとして、男性恐怖症っぽい症状があるとは聞いていた。そのとき、周りがどう動いてくれたのかも聞いている。

 でも、こんなのない――。自分からお願いしたのに、こんなに失礼なこと、ない――。

 なんで……指きりは大丈夫だったのに。

「それは残念って顔? それとも、申し訳ないって顔? それとも、困ってるだけ? ……俺が怖い?」

 言葉にできなくて必死に首を振った。でも、首を振るだけでは何を否定しているのかは伝わらない。

「佐野っ、ここにいる。早いとこ回収して」

 飛翔くんが遠くに向かって手を上げた。

 飛翔くんは人の中にいても頭ひとつ分くらい抜きん出ている。だから、遠くの人とも簡単に会話ができてしまうのだろう。

「……何?」

 飛翔くんは視線の方向を変えると、「なるほどね」と、身体の向きをそちらへ変えた。

「先輩、これ、役に立つっていうよりは厄介すぎやしませんか?」

「それは俺が決めることだ。おまえに何を言われる筋合いはない」

 ツ、カサ――。

 いつの間にか少し息を切らしたツカサがそこにいた。

「言葉が過ぎたようですみません。でも……それならこれの放置はやめたほうがいいですよ。周りが迷惑を被る」

 そう言うと、飛翔くんはその場からいなくなった。

 ステージ、いつ終わったの……?

 息が切れているのはステージが終わった直後だから?

「御園生さん。これはさ、俺が約束を反故にしたことにはならないと思うんだけど」

 私はコクコクと頷いた。

 少しずつ呼吸が上がってきていて、落ち着かなくちゃ、と思うのに、どうしてもコントロールができない。

「藤宮、この震えてるのどうにかできないの? 見てらんないんだけど。……それとも、俺がここにいるからダメなの?」

 風間先輩は私がまともに話せないと判断したのか、質問する相手をツカサに変えた。

「翠、何を風間に頼んだ?」

「っ……」

「知ってたけどさ、おまえやっぱ鬼だろ? こんな震えてる子に何その対応」

「風間は黙ってろ」

「やだね。俺が彼女と何を話してたのかなんておまえに関係ねーじゃん。御園生さん、それこそ言わなくていい。頼まれたことは聞ける状態じゃなくなっちゃったけど、もうひとつの約束はちゃんと守るから安心して? 指きりの効力は消えないから」

 私は風間先輩の目を見て首を縦に振ることで意思を伝えた。

「そんな顔しなくていいよ。話だけならできるみたいだし、落ち着いたらまた話をしようよ。音楽の話とかさ。茶道部やめたんでしょ? なんだったらうちの部と写真部かけもちしたらどう?」

 にっ、と笑うと、風間先輩は手をヒラヒラと振って昇降機前に集まる人のもとへと歩き始めた。


 その場に残されたのは私とツカサ。

「……とりあえず、手」

 そう言ってツカサは手を出した。

 風間先輩の言うとおり、きっとこの手を取ってもパニックになることはないだろう。

 でも、取れない――。

「何……俺もだめなわけ?」

 違う……。

 ポロポロと涙が零れる。

「海斗っ」

「な、なんでしょう……?」

「上のベスト脱げ」

「えっ?」

「早くしろ」

「ハイ」

 海斗くんが脱いだベストを無造作に頭へかぶせられ、一気に視界が暗くなる。

 状況を判断しかねてベストに手を伸ばすと、ベストの上から頭を押さえられた。

「十数える。それで切り替えろ。最終演目でステージへ上がるのは二、三分後。それまでに態勢を立て直せ」

 直後、ツカサが数を数え始めた。

 ザワザワしている中にツカサの声が響く。その声に集中しだすとほかの音は一切聞こえなくなった。

 真っ暗な空間にツカサの声だけが響く。と、歯の根が合わなかったのが治まり、上がりかけていた呼吸が落ち着き始める。

「……落ち着いたか?」

 コクリと頷くと頭から手が離れ、ベストを取られる。

「そんなに嫌ならさっきの件に関してはもう訊かない。だから……避けるのだけはよせ」

「っ……」

「正直、堪える……」

「ごめんっ」

「いい……。また泣かれたらたまらない」

 ツカサと一緒にいるのは自分も困るし、ツカサの好きな人に誤解をされたらツカサにとっても不本意だろう。

 そう思って自分から行動を起こしたけれど、結局人に迷惑をかけるだけかけて何も解決できていない。

 何もできない自分が、人に迷惑かけてばかりいる自分が嫌――。

「俺を避けた理由は俺が問い質すから。それだけ? 違うなら今のうちに言っておけ」

 それだけ、ではなかった。

「ツカサの――」

 言いかけてやめると、「言え」と有無を言わさない目で見られる。

「……ツカサの好きな人が誤解したら、勘違いしたら、ツカサは嫌な思いをするでしょう? 姫と王子の出し物といっても、あんな映像流されたり、普段の噂でだって迷惑しているでしょう?」

 口にして、自分の心をより深く抉る。

 さっきからこんなことばかり。どうしてこんなことを口にしなくちゃいけないのか……。

 でも、好きという気持ちを知られるよりも全然いい気がするから不思議だ。

「翠――俺を避けていた理由や手を取らない理由が、それ、とは言わないよな?」

「え……? そうだけど……」

「――いい度胸だ。手ぇ出せ」

「えっ?」

「ふざけるな……」

 ツカサは少し震えた声でそう言うと、次の瞬間には私の手を取っていた。

「ふざけるなっ。よく覚えておけっっっ。誰がこのバカで阿呆で人外の生き物を野放しにできると思ってるっ!?」

 なんだろう……。第四通路で言われたのとは全く別の意味でひどいことを言われている気がする。今回は言い返す余地はあるだろうか。

「……バカと阿呆は認めてもいいよ。今も自爆しちゃった感満載だし……。でも、人外はひどいと思うっ」

「へぇ……。翠は自分が人間らしい思考回路を持ち合わせているとでも思っているのか? もしくは、ごく一般的な感覚の持ち主だと豪語できるとでも?」

 すごく意地悪い笑みを浮かべられる。まるで悪魔のようだ。

 その表情で言葉に詰まってしまった自分が悲しい。

 人間らしい思考回路って何? ごく一般的な感覚の持ち主って何?

「即答もできず、そこに自信が持てない限りは人外で十分。……行くぞ」

 そのまま手を引かれて人が集まる中央昇降機へ向かった。

「ほかの人間は?」

 小さな声で訊かれる。

「……わからない。風間先輩とも指切りはできたんだもの」

「……海斗は上で動くことになるから使えない。佐野は?」

「……たぶん大丈夫だと思うけど――」

 確信があるわけじゃない。ただ、さっき頭をわしわしされるのは大丈夫だった。腕を掴まれるのも平気だった。

 大丈夫か大丈夫じゃないか、見極める判断材料が乏しくて困る。

「確認するから心構えだけしておけ」

「はい……」

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