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光のもとでⅠ 第十三章 紅葉祭  作者: 葉野りるは
本編
34/110

34話

「翠葉ちゃん、塞いでいるところ申し訳ないんだけど……」

 その声に顔を上げると少し困った顔の茜先輩がいた。

 茜先輩はそのまま座り、私の左右を見てにこりと笑む。すると香乃子ちゃんと佐野くんが立ち上がり、その場からいなくなった。

「隣いいかな?」

「はい」

 さっきと同じようにビーズクッションの半分を提供する。

「あのね……私、ここからが正念場なんだ」

 茜先輩は泣き笑いみたいな、なんともいえない表情を隠すように俯いた。

「……次、茜先輩の歌」

「そうなの……。すごく思い入れのある曲だから、ステージに立つ前からきついと思ってる。でも、絶対に全曲歌いきりたいの。だから……今は翠葉ちゃんと一緒にいさせて」

 茜先輩がしがみつくように、私の腕に自分の腕を絡めた。

 私、藁くらいにはなれるのかな……。

「GARNET CROWの『夢みたあとで』。この曲、何度も歌ってるんだけどね、楽しい思い出もつらい思い出も、全部詰め込んだような……私にとってはそんな曲なの。歌うたびに思い出が増えて困る……」

 困るというよりは、苦しそうに話した。

「本当は歌いたくない歌……?」

「……わからない。好きなのよ? でも、感情のままに歌えない歌は心が八つ裂きにされるわ。もっとも、感情のままに歌っても八つ裂きだけれど」

 八つ裂き――その言葉に心が反応する。

「翠葉ちゃんはさっきからどうして泣いてるの?」

「……新しい気持ちを知ったから」

「新しい気持ちを知ったから……?」

 だめだ、泣きそう……。

「……誰か、好きな人ができたかな?」

 茜先輩の問いかけに頷くと、重力に逆らうことなく涙が零れた。

「でも、失恋決定で――」

 グス、と音を立てながら答えると、

「どうして……?」

「好きな人には好きな人がいました」

「……それで泣いていたの?」

「……おかしいですか?」

「……ううん、おかしくない。おかしくないけど――結論は急ぎすぎないほうがいいかな。……私が言う資格はないけどね。私は時間をかけすぎだから」

 瞬間的に腕にさらなる力をこめられ、

「行ってくるね」

 立ち上がった茜先輩は、すでに仮面を装着していた。

 胸を張り、昇降機を目指して真っ直ぐ歩く。

 茜先輩が歩いた場所には道ができていた。

 何を言わずとも、みんなが道を開ける。

 どうしたらそんなふうに自分をコントロールできるのだろう。私にはとてもすごいことに思える。

 でも、「強く見せているだけで本当はとても弱い」と茜先輩は言っていた。

「茜先輩っ」

 咄嗟に声をかけて周囲の視線を集める。

 ……こんなに離れていたら話せない。

 そう思ってすぐに立ち上がると眩暈に襲われた。

「翠葉ちゃんっ!?」

 茜先輩の声と同時にすごく近くで聞こえた声はツカサのものだった。

「何度俺に阿呆と言われれば気が済む?」

 しっかりと身体を支えられていた。

 いったいいつの間にこんな近くにいたのだろう……。

 目の前が真っ暗で何も見えないのに、事象的には血の気が下がっているはずなのに、体温が上昇していくような気がする。

 ツカサが触れている部分だけがすごく熱く感じる。

「大丈夫っ?」

 結局、茜先輩は私のもとまで戻ってくることになってしまった。

「ごめんなさい、でも――」

 まだ視界が回復しない中、手を伸ばすとその手を取ってくれた。

 その手を頼りに一歩踏み出し、茜先輩をぎゅっと抱きしめた。

 頬にふわふわとした髪の毛が触れ、自分の腕の中に茜先輩がいると実感する。

「大丈夫……。絶対に大丈夫。茜先輩と久先輩なら絶対に大丈夫です」

 伝えたかったことはそれだけ。かけられる言葉はそれだけ。

「ありがと……」

 互いが耳元で話す内緒話。

「司、翠葉ちゃんをお願いね」

 茜先輩が離れ、再度腕を脇から支えられる。

 視界が回復すると、茜先輩の白いドレスが、背中が見えた。

 身長は私とほとんど変わらないのに、ひどく頼もしく見える背中。

 どうして――どうしてそんなふうに見えちゃうのかな。

「用が済んだらな座ったほうがいいと思うけど?」

「ごめんなさい……」

「謝るくらいならいい加減行動を改めろとは思う。でも、別に迷惑だとは思ってないから」

 ビーズクッションに座るとツカサの手が離れた。

 奈落の冷気が、ことさら冷たく感じた。


 モニターに映る茜先輩は、いつもと変わらないように見える。

 でも、感じる。心を解放して歌ってはいない、と。

 いつもと同じように見えるけれど、いつもと同じようには聞こえない。あの、圧倒的な感じがしない。

 それは、私が事情を知っているからなのか……。知らなければ何にも気づかずに聞いていたのか。

「翠葉ちゃん、少し話してもいいでしょうか?」

 いつの間にか隣に香乃子ちゃんが戻ってきていた。

 今度は香乃子ちゃんがですます口調。さっきの佐野くんに似ていたけれど、雰囲気が違う。

 伝わってくるのは緊張――。

 香乃子ちゃんは私の方は見ておらず、自分の足元に視線を落としていた。

「あのですね、七倉は失恋しました。失恋って失う恋って書くけど、違うと思います。想いは失わない……。私は、たとえ佐野くんが飛鳥ちゃんを好きでも、佐野くんが好きです」

「……それはどんな気持ち?」

「そうですね……。幸せです」

 香乃子ちゃんの頬が少し緩む。だから、嘘じゃないと思えた。

 でも、どうして、とは思う。どうしてそんなふうに思えるのかが知りたい。

「あ、どうしてか不思議に思ってます?」

 香乃子ちゃんはまだ下を向いたままだ。

「七倉は自分の恋しか応援しないんです。みんなの恋を応援できたらいいけれど、誰を応援しても誰かがつらくなるのを避けられないのなら、自分のことだけを応援しようと決めました」

 自分のことだけを応援……?

「翠葉ちゃんは優しいから……自分が好きになった人がほかの誰かを好きだったら引いちゃう気がします。その人のことを応援しようって思いそう。でも、それって難しくないですか? すっごくつらくないですか? ……私は苦しかった。だから、自分勝手になることにしたんです。七倉は意外と自分勝手です。……そんな七倉は嫌いですか?」

 私は首を振る。

「嫌いじゃない……」

 どちらかというならば――。

「ほっとした……。こんなふうに自分のことしか考えられないの、自分だけじゃないって知ることができて……。そう思うことのほうがひどい気がする」

「……ひどくないよ。翠葉ちゃん、ひどくない」

 香乃子ちゃんの真っ直ぐな視線がこちらを向いた。

「恋愛ってすごく難しい。好きな人が自分を見てくれるのなんて奇跡だと思う。だから……もし、好きな人が自分を見てくれたなら、私はその恋を緩衝材に包みまくって大切にするつもり。翠葉ちゃんも……翠葉ちゃんも誰かと想いが通じたら、そうしてほしいな」

 でも、それは当分先のことだと思う。

 気づいたばかりの想いと今すぐ決別することはできない。次の恋なんて考えられない。

「あのね、七倉は佐野くんを諦めていないのですが、佐野くんも飛鳥ちゃんを諦めていないんです。それで、不毛同盟を組みました。なんでしたら翠葉ちゃんも一緒にどうでしょう?」

「……不毛同盟?」

 香乃子ちゃんはコクリと頷く。

「好きな人が誰を好きでも好き。むしろ、そんな一生懸命な好きな人が大好き。だから不毛同盟」

 とても真剣に言われたけれど、言われている内容が複雑すぎて理解するのに時間を要した。

 でも、理解できたらなんだかおかしくて、自然と笑みがもれる。

「あ、笑いましたね? やっぱり翠葉ちゃんは笑っていたほうがかわいいですよ。それに、笑う門には福来る、です」

 香乃子ちゃんの笑顔と言葉が心に染みた。

「香乃子ちゃん、ありがとう。……あのね、まだ気づいたばかりの気持ちを持て余している状態なの」

「……きっと、慣れたら片思いも悪くないですよ。苦しいだけじゃなくなる。だから、楽しい恋にしましょう?」

「……うん。香乃子ちゃん、ありがとう。大好き」

「七倉も翠葉ちゃんが大好きです」

 にこりと笑う香乃子ちゃんに心底救われた。

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