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光のもとでⅠ 第十三章 紅葉祭  作者: 葉野りるは
本編
33/110

33話

 ツカサばかりが頭に浮かんで、消しても消しても次から次へと浮かんできて困る。

 目を瞑っても、会場を視界に入れても、何をしても出ていってはくれない。まるで、目にフィルターがかかったようにツカサの姿しか思い浮かばない。

 苦しい――すごく、胸が苦しい。

 私、ツカサが好きなんだ。これが、恋なんだ……。

 自覚した途端に失恋ってなんだろう……。

 最悪すぎて笑えない。最悪すぎて笑うしかない。

 ツカサの好きな人が気になって仕方なかったのは、私がツカサを好きだから。ツカサに歌を歌ってもらえる人が羨ましいと思うのは、私がツカサを好きだからだったんだ。

 ツカサがいつか離れていってしまうことを不安に思うのは、自分が側にいたいと思うから。私がずっと側にいたいと思う人だから。

 友達とはちょっと違う。

 一緒にいたいと思う気持ちの深さも、与えられる安心感の大きさも。何もかもが違う。

 好きという気持ちはこういう気持ちなのね……。

 胸が、すごく痛い。

 好きな人ができたら、もっと幸せな気持ちになるものだと思っていたのに……。

 歌い終って拍手や人の声が耳に届いたけれど、私の頭にはカチリ、と別の音が鳴った。

 直後、会場の音が徐々に遠のき、聞いたことのある声が頭の中に直接響き始める。

 それは人の会話――。


 ――「この曲、好きな人の側にいたいって歌詞だよね?」

 ――「はい……。あなたが近くにいると、いつも急に小鳥たちが姿を見せる。きっと私と同じね。小鳥たちもあなたの側にいたいのね――。なんだかその光景が見えてくる気がして……」

 ――「その先もきれいな歌詞だよね? 星が空から降ってくる、とか」

 ――「そうなんです! 好きな人ができたら世界がこんなふうに見えるのかな、って……。ちょっと憧れちゃう」

 ――「……意外とドロドロした世界だったらどうする?」

 ――「……夢を壊さないでください」


 自然と手が喉元に伸び、とんぼ玉をぎゅ、と握る。

 カーペンターズの「Close to you」。

 記憶……? なくした記憶の一部……?

 この声は秋斗さんの声だ。過去に秋斗さんとした会話。

 ……秋斗さん、恋はキラキラしていなかった。ドロドロしているわけでもないけれど、モヤモヤしていてすごく苦しいです。きれいな世界を見る前に失恋しちゃいました。

「翠葉ちゃん、降りようか」

 茜先輩の手が優しく肩に添えられた。

「ちゃんと気持ちを解放できてたね」

 茜先輩の手が目元に伸びてくる。

 指で涙を拭われて気づく。

 私、泣きながら歌っていたの……?

「っ……声っ」

 ちゃんと歌えていたのかすらわからない。

「大丈夫、音も外していないし歌詞も間違えてないよ。声もしっかり出てた」

 茜先輩に言われてほっとする。

 昇降機が降りると、桃華さんが走り寄ってきてはっとする。

「翠葉っ、具合悪いっ!?」

「違……ごめん、なんでもないの。……本当に、なんでもないの」

 まだ止らない涙をどうすることもできず、手の甲で拭うと、ずい、と横からブルーのハンカチを押し付けられた。

「あとで――あとで、絶対に吐かせるからな」

 ツカサに真顔で言われ、昇降機から降ろされた。

 少し怒っているような、イラついているような声だった。

 でも、そんなことを言われても困る。

 言え、ない……。言えるわけがない――。


 桃華さんは優太先輩とスクエアステージ下を任されているため、私を気にしつつもすぐに持ち場のステージ下へと戻った。そのあと、私についていてくれたのは香乃子ちゃんと佐野くん。

「歌ってるときから目に涙溜めてたし、歌い終わった瞬間に大粒の涙零すから、みんな心配してた。……どうした?」

 佐野くんの言葉で、自分が歌い終わった直後に泣きだしたのだと知る。

 香乃子ちゃんも心配そうな顔で私を見ていた。

 少し悩んだけど、そのままを答えることにした。

「私、好きな人……いたみたいで――」

 ふたりともすごく驚いた顔をしていた。

「あの、ね……この人が好きなんだってわかったのに、気づいたと同時に失恋しちゃったの」

 ほんの少し笑って、また少し涙が出る。

「翠葉ちゃん……。それはいったいどんな思考回路を経て『失恋』ってはじき出されたのかな。七倉はそこが知りたいのだけど」

「願わくば、俺もそこを詳しく訊きたいんだけど……」

「詳しく話すことなんて何もないよ? 本当にそのままなの……。好きな人には好きな人がいました。以上終了」

「……御園生――」

「佐野くん、ごめん。今はこれ以上話せないかも……」

 口を開くと涙まで出てしまう。

 困ったな……。

 モニターには相変わらずツカサが映っているわけで、視線を逸らしても嫌でも歌は耳に入ってくる。

 葉月さんのハープ。弦の張替えができて良かった……。

 コブクロの「YOU」。この曲にハープが使われる予定だったのね。


 ――「そうだね、全部が告白ソングみたいなものだし、はもる部分も全部別録りしてツカサの声になってる。そこまで徹底するくらいにはがんばってると思うよ」


 朝陽先輩の言葉が頭を巡る。

 はもり、完璧だ……。

 私がツカサを好きなようにツカサも誰かを好きで、その人に向けて歌っている歌。

 もう、勘違いや錯覚なんてできない。

 ツカサの歌を聴くのがこんなにつらくなるとは思っていなかった。

 ステージが始まる前は、少し離れたところからじっくり見られる、とそのくらいに思っていたのに。今は――。

 茜先輩の歌や久先輩の歌に悲しくなったり、何かを願ったりするのとは全く違う感情に心が支配されていた。

 応援したい、応援したくない、応援したい、応援したくない――。

 さっきからふたつの感情がぐるぐるぐると回っている。

 神様、気づいた瞬間に失恋はちょっとひどい気がします。

 気づいてからもう少し時間が経っていたら、私はツカサを応援できたのかな。

 考えてみても答えは出ない。

 わかるのは、今の私にツカサの応援はできない、ということのみ。

 ツカサの想いが届いてしまったら、私のこの気持ちはどうなるのだろう。

 失恋って……そのあとはどうしたらいいのかな。

 諦めるの……? 諦められるの……?

 色んなことを諦めるのには慣れているはずなのに、この想いだけは諦めたくないって何かな……。

 学校を諦めるのとは種類が違う。友達を諦めるのとも何か違う。

 こんな気持ちがあるなんて知らなかった。

 知らなかった――。


 蒼兄と唯兄に会いたい。

 今すぐ会いたい。会って、全部話して泣いてしまいたい。

「つらい」とて口に出してしまいたい。

 みんな、誰かを好きになったらこんな思いをするの? それでも人を好きになるの?

 この痛みを知っても、また誰かを好きになるの? ほかの人を好きになれるの……?

 いつかこの想いが風化するというのなら、いっそのこと、今すぐ砂になって風に吹かれてなくなってしまえばいいのに。最初から、何もなかったように消えてしまえばいいのに。

 そのほうが、このあと困らないのに。

 自分の気持ちに気づくまでは、ツカサの想いが伝わりますように、と少しは思えていたのに。

 なんか、やだな……。すごく、やだな……。

 自分のことばかりを考えて、人のことを応援できないの……。

 すごく、やだな――。


 ツカサの次は生徒会男子の歌、嵐の「とまどいながら」。

 第三部でも生徒会男子は踊りながら歌うため、しっかりとスペースを確保できるスクエアステージで行われる。

 この曲も久先輩がメインに立っていた。

 きっと、生徒会メンバー全員が久先輩と茜先輩の声を応援しているのだ。

 それに朝陽先輩や海斗くんはツカサの恋も応援してるよね。

 自分が賛同できないことが本当に嫌――。

 少しだけ、自分のことを好きになれたと思えた。そのはずだった。

 なのに、この気持ちに気づいたら、醜い自分が明るみに出て、また嫌いになってしまいそう。

「翠」

 顔を上げたくない。目の前に立つ人がツカサだとわかっているから。

「今ここで言わせるつもりはない。でも、夜、マンションに帰ったらゲストルームに行くから」

「……だめ」

「拒否権があるとでも?」

「今日は家族水入らずで夕飯を食べる予定なの。みんなでお鍋食べるからだめ」

「……あぁ、そう」

 去っていく足音にほっとして、すぐに悲しくなる。

 もう、やだ――。

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