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光のもとでⅠ 第十三章 紅葉祭  作者: 葉野りるは
本編
31/110

31話

 スタスタと前進したいけど、思うようには進めない。

 何せ、人が多すぎるのだ。

「御園生、こっち」

「佐野くん?」

 手を引かれ、佐野くんのあとをついていく。

「御園生、逆だって。前に行ったらもっと見えなくなる。モニターを真上に見上げることになって首が痛くなると思わん?」

 そう言われてみればそんな気がしなくもない。

 あの場を離れるのに必死で、そこまで考えていなかったというのが正しい。

「飛翔が苦手?」

 コクリと頷く。

「佐野くんは飛翔くんとも飛竜くんとも知り合いだったの?」

「夏休みに立花と図書館で宿題やってたときに何度か会ってる。ま、癖のあるやつだけど、悪いやつじゃないよ。慣れるまでは時間をかければいいじゃん」

 佐野くんはとても優しい。自分のペースでかまわない、とそう言われている気がした。

「佐野くんが癒しに思える……」

「……御園生、マジ大丈夫? そんなに飛翔怖かったかっ!?」

 コクコク頷くと、「よしよし」と頭を撫でられた。

「ほら、藤宮先輩のステージでも見て元気出して。次は御園生が歌う番なんだからさ」

 案内された場所からモニターを見ると、人ごみから少し離れただけなのにとても見やすくなった。

 第三ステージのトップバッターはツカサ。歌は音速ラインの「半分花」。

 その曲は、ツカサが今まで歌ってきた中ではポップな感じの曲だった。

 前奏を聴いて好きと思う。次にツカサの声が聞こえてきて複雑な心境に陥る。

「翠葉ちゃん? また眉間にしわ寄ってるけど、どうかした?」

 通りすがりの朝陽先輩に眉根を指される。

 今日は朝陽先輩にこんなところを見られてばかりだ。

「なんでも、ない、です」

「……なんでもないって顔をしてないから見逃してあげない。ほら、言ってごらん? ほかの人には黙っていてあげるから。なんなら彼、佐野くんも追い払おうか?」

 にこりと笑って気遣ってくれるけど、佐野くんを追い払う必要なんてない。

 歌詞カードを見ながら歌を聴くと、もっと堪えるって何……。

「私が歌う曲も恋愛を歌うものが多いみたいだけれど、ツカサの歌もそうなんですね……」

「そうだね、全部が告白ソングみたいなものだし、はもる部分も全部別録りしてツカサの声になってる。そこまで徹底するくらいにはがんばってると思うよ」

 そこまでがんばって想いを伝えたい人がいるのね。

 羨ましいと思うと同時に悲しくなる。

 悲しい、のかな? 寂しい、のかな?

 なんだかよくわからない。

 でも、海斗くんと飛翔くんの話だと、これだけがんばって歌っていても、相手には伝わっていないらしい。

 どうして気づかないのかな……。

 こんなに気持ちがこめられているのに。こんなに一生懸命なのに――。

 ツカサが音から何を感じるか、と訊いたのは、自分の気持ちが伝わっていないとわかっていたからなのかな。だとしたら、私の答えは正しかったのかな……。

 本当に、どうして伝わらないのだろう。せめて、ツカサのステージをその人が全部見てくれていたらいいな。

 そうは思うのに、胸がモヤモヤする。

「こんなふうに想われている人が羨ましいと思うのは――」

「ん?」

 朝陽先輩の優しい顔に覗き込まれ、どうしようか悩む。

 自分の口から出た「羨ましい」という言葉にすら少しびっくりしていた。

 でも、少しでも答えに近づきたい。

「こんなふうに想われている人が羨ましいと思うのは、おかしいですか?」

 これは気持ちの話。

 朝陽先輩とは気持ちに関する話をあまりしたことがないから、少し緊張する。

 数秒経っても返事が得られず、朝陽先輩の方を向くと、

「朝陽先輩?」

 朝陽先輩は私の顔を覗き込んだままの状態でフリーズしていた。

 思わず顔の前で手を振ってしまったけど、それに対する反応もない。

「佐野くん、朝陽先輩がね――」

 隣にいたはずの佐野くんが忽然といなくなった。

「あ、れ? 佐野くん?」

 あたりを見回していると、ツンツン、と足をつつかれる。

「え?」

 足元を見ると、佐野くんが隣に座り込んでいた。

「えっ、佐野くん、具合悪いっ? 大丈夫っ!?」

 訊いても返事が得られない。

「朝陽先輩、佐野くんがっ――……って、どうして朝陽先輩も座っちゃったのかな」

 自分だけ立っているのもなんだったので、同じように膝を抱えて座る。

「いやね、ちょっと……」

 なんだかひどく疲れたふうの朝陽先輩がしどろもどろに答えてくれるけれど、意味を含む言葉はひとつもない。

「あぁ……とりあえず、御園生は歌のスタンバイに入ろうか。なんか、七倉がすごい剣幕で探してる気がするし……」

「うんうん、そうだよね……。まず、翠葉ちゃんは歌を歌わなくちゃね」

 佐野くんと朝陽先輩は互いを支えあうようにして立ち上がり、私は差し出された佐野くんの手をガイドにゆっくりと立ち上がった。

 朝陽先輩はインカムで呼び出され、佐野くんは中央昇降機まで付き添ってくれる。

「ね、佐野くん」

「ん?」

「佐野くんはツカサの好きな人が誰だかわかる?」

 私にはわからないの。

 ツカサの交友関係をすべて知っているわけではないし、ツカサがどんな女の子を好きなのかも知らない。今まで一緒にいて、そういう話をしたことがなかった。

「御園生、それはさ――」

「ごめんっ、今のなしっっっ。訊かなかったことにしてっ!?」

 そうだ――こんなこと人に訊くものじゃない。

 自分が気づいたならともかく、人から聞くものじゃないし、知っていたところで教えられるものでもないだろう。

 すごく恥ずかしい……。私、何を口走っているのかな。

「御園生」

 佐野くんの顔を見ると、

「それさ、本人に訊いてみたらどうかな?」

 佐野くんからは佐野くんらしい答えであり、とても当たり前な答えが返ってきた。

 一度口にしてしまったものは、簡単には取り消せない。でも――。

「実はね、さっき……ものすごく不本意ながら本人に訊いてしまったの」

 そのときも私は慌てふためき、「なんでもない」と取り繕った。

 どうしてかな。知りたいのに知るのが怖い。

「あの……御園生さん。それで藤宮先輩がなんて答えたのかが知りたいんですが……」

「え……? あ、えと……私自身が尋ねた内容に驚いて、慌てふためいているうちに置いていかれてしまいました」

 たぶん、この説明で間違えていないはず。

「……佐野くん?」

「……なんでしょうか、御園生大先生」

「どうして余所行きの笑顔を貼り付けて、私が御園生大先生になってしまったんでしょう?」

 佐野くんの動作と口調があまりにもカチコチしたものになったから尋ねてみた。

「……それはですね、あまりにも御園生さんが御園生さんらしくて、俺はどうしたらいいのかな……と。途方に暮れた結果、言語能力に費やすメモリ容量が不足したため。……ということにしておいてください」

 佐野くんは微妙に長く、奇妙な回答をくれた。


 嵐子先輩にリップグロスをつけてもらい、飲み物を持ったまま昇降機近くに立つ。

 ステージから降りてきたツカサと目が合ったけど、なんだか複雑すぎる心境に目を合わせてはいられなかった。

 視線を逸らしたことが気に食わなかったのか、「何」とすかさず突っ込まれる。

「なんでもない」

「なんでもないっていうのは、そう見える顔と声を出せるようになってから言え」

「……じゃ、何かあるけど言わないだけ」

「ふーん……じゃ、あとで容赦なく問い詰めようか?」

 意地悪な笑み全開のツカサに頬がカッ、と熱くなる。

「訊かれても答えられないものっ」

「なんで……」

「自分が何を考えているのかよくわからないことだってあるでしょうっ!? 説明しようにも言葉が見つからないのっ」

 ムキになって答えると、

「安心しろ。翠の支離滅裂な思考回路には耐性がある」

 言葉に詰まっていると、空太くんが間に入ってくれた。

「じゃ、翠葉ちゃんは昇降機に上がろうか」

 昇降機に乗るように促され、椅子に座ると足元が振動し始めた。

 上がる途中で気づく。

「……ステージにひとりなの、初めて――」

 今までは、誰かしら奏者が同じステージにいたのに、今は本当のひとりだった。

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