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光のもとでⅠ 第十三章 紅葉祭  作者: 葉野りるは
本編
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03話

 みんなが食卓に着いた頃、「おはようございます」と唯兄が入ってきた。

 一番に反応したのは静さん。

「朝食に遅れてくるとはいい身分だな」

「ここがオーナーの持ち物であることは存じています。が、今は一応自宅なので」

 唯兄はにこやかに返し席に着いた。

「自宅でも会社でも、協調性は大切だろう?」

「あれ? 自分、協調性とか順応力は高いって定評があった気がするんですけど。おっかしいなぁ……」

 唯兄は静さんの話をかわす気満々で、すでに視線は静さんから引き剥がしてコーヒーカップへと移している。けれども静さんはそこで終わりにするつもりはないらしく、カップに手を伸ばした唯兄に追い討ちをかけた。

「おまえの順応力や協調性は無駄なところに使われすぎなんだ。自覚を持て」

「う゛、ゴホッゴホッ――」

 咽る唯兄の背をさすりながら、お母さんが助け舟を出す。

「家族だもの。ある程度自分のペースで行動できるくらいがいいわ。静、うちは職場でもなければ藤宮でもないのよ。ここは御園生家。こういう家なの」

「そうそう、家族総じてマイペース。これ、御園生家の家訓にしようか?」

 暢気に提案するのはお父さん。

 今日は紅葉祭という特別な日。しかも、いつもとは違う朝のメンバー。

 何もかもがいつもとは違うはずなのに、雰囲気はとても和やかで、その空気に自分も馴染めた気がした。

 静さんとも普通にお話ができて良かった。驚きはしたけれど、校内でばったり出くわすよりは心臓に優しかった気がする。

 次に会うときは、きちんとお仕事の話ができるように心構えをしておこう。


 家を出る直前の出来事。

「あんちゃん、あれ渡さなくていいの?」

「あ、忘れてた。翠葉、ちょっと待ってて」

 蒼兄は慌てて自室へ引き返し、戻ってきたときには手に小さな手提げ袋を持っていた。

 差し出された手提げ袋は普段目にするものよりも厚紙で、どことなく高級感が漂うもの。

「何……?」

「プレゼント」

 ……プレゼント?

「昨日、帰宅する間際に思い出してさ」

 ゴールドの楕円形シールを剥がし上から覗き込むと、透明な袋に四角いものとストラップのようなものが見えた。

 ひとつ取り出すと、オイルドレザーのネックストラップ式IDカードケースであることがわかる。

「あ……これ、蒼兄が持っているのと同じ」

「そう。俺が学校で使っている色違いのやつ。学生証を使うイベントのときにはこれがあると便利だからさ」

「……でも、なんでふたつ?」

 手提げ袋には深緑とキャメルの二色が入っていた。

 今、私が手に持っているのは深緑のほう。絵の具で言うところのビリジアン。

「翠葉のと佐野くんの。藤宮の持ち上がり組はたいていの人間がこの手のアイテムを持ってるから」

 あ、そっか。

「蒼兄、ありがとう。佐野くんもきっと喜ぶと思う」

「プレゼントって言っても、閉店ギリギリだったから包装は遠慮しちゃってラッピングはしてないんだけどね」

「そんなの気にならない。すごく嬉しい、ありがとう! じゃ、今度こそ行ってくるね!」

 ドアレバーに手をかけると、

「本当に送っていかなくていいのかっ?」

「うん。今日は海斗くんとツカサが一緒なの。だから、大丈夫。それに、話は聞いているけれど、初めて見るから警備体制もきちんと見て知っておきたいし」

「そうか……」

「蒼兄、大丈夫だよ」

 心配そうな顔をする蒼兄を安心させたくて笑って見せた。

「父さんたちは午前中にクラスと展示関連を回って午後に桜林館へ移動する予定だ」

「うん、あとでね。行ってきます!」

「いってらっしゃい」と家族四人、プラス静さんに送り出され、静さん専用と言われているエレベーターで一階まで下り、エントランスホールに続く廊下を歩いていた。すると、エントランスホールにあるエレベーターからツカサたちが出てきた。

「翠葉、はよっす!」

 いつもよりテンション高めな海斗くんに挨拶を返す。ツカサは顔を合わせるなり、「あれから眠れたの?」と訊いてくる。

「ツカサ、朝の挨拶は『おはよう』からだと思う」

 こんな会話は何度もしていて、言っても無駄だとわかっていても繰り返してしまう。でもそれは、きっとお互い様。

「……目も赤くないしクマもない。ちゃんと眠れたわけね」

 ツカサは私の反論を無視して観察から得られた情報を口にした。

 こういう場で話が噛み合わないのはいつものこと。いつか、ツカサと「おはよう」の挨拶から会話ができる日はくるのだろうか。

「昨日は電話切ってからすぐにお薬飲んで寝たもの」

「それは何より」

 ツカサは先陣を切って歩きだす。

 ツカサに続いて歩きだした海斗くんが、

「実は眠れなかったのって司なんじゃねーの?」

 と、こっそり声をかけてきた。

「どうかな? だって、ツカサって何にも動じない気がするよ?」

 海斗くんを見上げると、

「さ、それはどうかな?」

 意味深な笑みを浮かべてエントランスを出た。


 マンションから学校までの道のりは下り坂。

 歩道を歩いていると、右手眼下には住宅街、正面遠くに見えるは藤倉市街の高層ビル。その上には果てしなく広がる青い空。

 街路樹にはハナミズキが植わっており、今はところどころに赤い実をつけている。そのコロンとした実がとてもかわいかった。

 確か、ハナミズキの花言葉は「私の想いを受け止めて」だったと思う。

 ハナミズキは街路樹や公園、庭先などにも植えられる人気のある木。

 普通、学校に多いのは桜やイチョウだけれど、うちの学校にはそれらのほかにもたくさんの木が植わっていて、その中にハナミズキもあった。

 葉が変化してお花になったといわれる平べったいお花は、白もピンクもどちらも好き。

「翠葉、なんだか嬉しそうだな?」

 隣を歩く海斗くんに顔を覗き込まれ、先を歩くツカサが肩越しに振り返る。

「うん、嬉しい」

「紅葉祭だから?」

「それもあるけど、ちょっと違う」

 笑うかな、笑わないかな?

「あのね、歩く速度で景色を見られるのが好き。風やその季節の温度を肌で感じながら歩くのが好き。好きなものが身の回りにあふれていると幸せだよね?」

 同じことを何度も思ってきた。きっとこれからも何度でもそう思うのだろう。

 それに、今は友達が一緒に歩いているのだ。嬉しくないわけがない。幸せじゃないわけがない。

「そっか」

 海斗くんが軽く返事をしてくれるのに対し、ツカサからは意外な一言が返ってきた。

「俺も――ここから見える景色は割と好き」

 ほんの一瞬歩みを止めて口にした。

 びっくりし過ぎて間が開いてしまったけど、私はその言葉をとても嬉しいと思ったんだよ。だから、「それも嬉しい」と呟いたけれど、きっと私の声はツカサに届いていない。

 でもね、それでも良かったんだ――。

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