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光のもとでⅠ 第十三章 紅葉祭  作者: 葉野りるは
本編
29/110

29話

「……ツカサって、本当に秋斗さんのところでアルバイトしているのね?」

「別に嘘とかつかないし……」

「別に嘘と思っていたわけじゃなくて、あまりにも想像ができなかっただけ」

 夏休みに昇さんが話してくれたツカサのことを少し思い出していた。

 高校生だけど、秋斗さんのお仕事を手伝えてしまうことや、飛び級を考えていたこと。

「大したことはしていない。生徒会が忙しくないときだけ手伝ってる」

 ツカサはサンドイッチが乗っているプレートに視線を移すと、

「それ、とっとと食べて寝たら?」

 次の瞬間にはツカサの手がす、と伸びてきて、プレートに載っているサンドイッチをひとつ取った。

 自分の口に運ぶのかと思いきや、それは私の口元へ運ばれてくる。

 何を言われるわけでもないけれど、「食べろ」とツカサの目が物語っていた。

 拒否権はないので、そのままカプリ、とサンドイッチにかぶりつく。と、歯に当たった果物から甘酸っぱい果汁が滲み出した。

 苺……。

 赤く見えていた果物は完熟した苺で、使われているクリームはとても滑らかなカスタードクリームだった。

「苺とカスタードの組み合わせ、本当に好きなんだな」

 ツカサは手にしたサンドイッチをプレートに戻し、ペットボトルへと手を伸ばす。

 自然な動作でペットボトルを傾けると、ツカサの喉がゴクゴクと動く。

 飲み物を飲めば喉が動くのは当然のこと。ごくごく当たり前のこと。なのに、どうしてか喉から目が離せない。

 少し前にも同じことが気になってドキドキした記憶がある。

 それは会計作業と勉強の合間に取った休憩時間のこと。

「何……」

 ツカサに訊かれて少し焦る。

「あ、あのっ、色々あれこれ用意してくれたのにごめんね?」

 咄嗟に話をするのとか、意識ををほかに逸らす行為とはなんと難しいのだろう……。

「いや……今図書室に行ったところで、現状じゃ秋兄の部屋でも静かに休むことはできなかっただろ」

 意識を逸らそうと思えば視線を引き剥がす必要がある。

 ツカサが悪いわけじゃない。でも、今日に限っては、ツカサという存在がどこまでも厄介に思えてならない。

「口が止まってる」

 指摘され、パクパク、とサンドイッチを頬張った。

「……別に、急いで食べろとは言ってない」

 どこか呆れたような、でも、どことなく優しさを感じる視線にドキリとする。

 急がなくていい、急がなくていい、急がなくていい――。

 心の中で唱えながら、バクバク駆け出しそうな心臓さんに必死でお願いする。

 うるさく鳴らないで……。

 もともと和太鼓は大好きだけれど、今はこの音と振動に自分の心拍が連動してるとかそんな言い訳ができそうで、この瞬間に和太鼓の魅力がさらに倍増した。

 食べ終わると一度立つように言われ、私が座っていた場所に羽毛布団を半分ほど敷き、その上に座れと指示された。

 言われたとおりに座れば、もう半分を折り返して膝にかけられる。

「さすがに横にはなれないからな」

 釘を刺されたのかな。

「そのくらいはわかってるつもりなんだけどな……」

「どうだか……」

 しれっとした顔で言われ、私はそのまま残りの休憩時間を地下道で過ごした。




 ――パシャ。

 ひどく馴染みのある音だけれど、これはなんだったか……。

 少し考えたらカメラのシャッターを切るときの音であることがわかる。

「え? シャッター?」

 目を開けると、目の前にカメラをかまえた久先輩がいた。

「まさかふたりがこんなところにいるとは思いもしなかったよ。戻ってくる時間になっても戻ってこないから、図書室まで迎えにいったんだけどいないしさ。もしかして、と思って来てみたら正解。いや、驚いた。司も一緒になって寝てるとはね」

 くくく、と面白そうに笑っては、撮った写真を見せられる。

 その写真には私とツカサのふたりが写っていたわけだけど、私は自分を見ることよりもツカサを見ることを優先していた。

 目、閉じていてもきれい……。

 ツカサは私の隣で口元を引きつらせながら、

「それ、消去していただけるんですよね」

「まさかっ! こんな美味しい写真を消去するわけないでしょっ!? それこそ信じられないよ。これは俺の青春メモリアルです! ほら、コーラス部がラストに入るよっ! とっとと戻って」

 久先輩は言うだけ言ったら、ぴょんぴょんと跳ねながら奈落へと走っていってしまった。

 ツカサを振り返ると、珍しく頭を掻くなんて動作をしていて、

「まさか寝過ごすとは思わなかった」

 ポツリと零す。

 気がついたら寝ていたのではなく、仮眠するつもりで寝ていたらしい。

「水分だけ、今ここで摂っていけ。奈落に着いたら何かあたたかい飲み物渡すから」

「はい」

 答えて気づく。

 口の中がひどく乾燥して喉が渇いていたことに。


 奈落に戻ると、すぐに香乃子ちゃんと桃華さんに捕獲された。

 第二部が終われば会場が休憩時間に入る。そうなってからではどこのトイレも混雑するから、と先に連れていかれた。

 本当に至れり尽くせりである。

 奈落へ戻ってくると、茜先輩がソロを歌うコーラス部の最終演目に入っていた。

 藤田麻衣子さんの「あなたが私の頬に触れる時」。

 ピアノの伴奏はない。声以外のものが存在しない曲。

 声の集合体ともいえるその歌声に鳥肌が立つ。

 そして、その歌詞に泣きたくなる。どうしようもなく泣きたくなる。

 今、茜先輩がどんな気持ちでこの歌をうたっているのか、と。

 それを思うだけで胸が張り裂けてしまいそう。

「涙、拭こうか?」

 朝陽先輩にハンカチを差し出され、自分が泣いていることに気づく。

 涙を我慢するとか、そんな余裕はなかった。

「人目憚らず、まぁ、そんなにボロボロと……」

 苦笑されたあと、

「きっと大丈夫だよ。翠葉ちゃんもがんばってくれたんでしょ? きっと――何かが変わる」

 朝陽先輩はモニターに映し出される茜先輩を真っ直ぐに見ていた。

 その眼差しは「心配」ではなく「信頼」。

「翠、お茶」

 朝陽先輩とは反対側にツカサが並ぶ。

 渡されたペットボトルがとてもあたたかくて、また涙が零れた。

「朝陽先輩……ハンカチ、洗って返しますね」

「気にしなくていいよ」

 そう言うと、軽く手を上げて実行委員の方へと歩いていった。

 ツカサが何か言った気がしたけれど、残念ながら聞き取ることはできず……。

「何か言った?」の意味で顔を覗き込んでみたけれど、「別に」とそっぽを向かれる。

 ほんの少し、今日の格好のツカサの免疫ができたかな、と思った私はバカだと思う。

 でも、このときはそう思っていたの。

 泣いたから、という理由でツカサが嵐子先輩を連れてきてくれ、その場でパタパタとパウダーをはたかれ、チークも上乗せされた。

「リップだけはステージに上がる直前にしよう。だから、今は飲み物飲んでおきな? 翠葉、三曲連ちゃんだからね」

 第三部はツカサのステージから始まり、そのあとは私の曲が三曲続く。うち、二曲目はツカサと歌う曲だ。

「気持ちは落ち着いた?」

 嵐子先輩のくりっとした目に覗き込まれ、「はい」と答える。

「翠葉、今日すごくがんばってるよね」

 そう言って、軽く背中を叩かれた。

「んじゃ、私は仕事に戻るね」

「お手数おかけしました」

「なんのっ!」

 嵐子先輩が走ると、また奈落のどこからかそれを叱る声が響いた。


 第三部はほとんどが円形ステージで行われる。そのため、今は第三部でステージに上がる人たちで奈落はごった返していた。

「立花、飛翔ひしょうが来たけど?」

 佐野くんの後ろから背の高い男子と女の子が現れる。

「飛鳥、りゅうが所在不明なんだけど」

「はぁっっっ!? またっ!?」

 飛鳥ちゃんのよく通る声が響く。

「何なに? 俺のこと呼んだ? 俺ならここにいるよ?」

 人影からひょっこりと現れたのは、さっき私からチューナーを受け取ってくれた男子だった。

「あ、さっきのかわいいおねぃさん」

 にこりと笑われ、私は目を瞬かせる。

「あ、翠葉。紹介するね。このふたり私の弟なの」

 飛鳥ちゃんの唐突な言葉にびっくりした。

「何よぉ……私が姉じゃおかしいっ!?」

 ぷぅ、と膨れる飛鳥ちゃんはとてもかわいいのだけど、そういう意味ではなく、今まで兄弟の話を聞いたことがなかったから、単純に驚いただけなのだ。

 そういえば、嵐子先輩が従姉と聞いたときも驚いた気がするけど、それはいつのことだったかな。

「一個下の双子。二卵性双生児なんだ。今は藤宮学園中等部の三年。因みに、私に似ているのが飛竜ひりゅうで、こっちの背の高いのが飛翔。見てわかると思うけど、飛翔がお兄ちゃんで飛竜が弟。双子だけど時間差で生まれてるから誕生日が一日違うんだ」

 サクサクと話してくれたけれど、びっくりすることばかりでわたわたしてしまう。

 さっき飛竜くんの笑顔を見てほっとしたのは、飛鳥ちゃんの笑顔に似ていたからだったんだ……。

 そんなことをひとり納得していた。

このお話には涼倉かのこ様が描いてくださった挿絵がございます。

個人サイト【Riruha* Library】にてご覧いただけますので、よろしかったら遊びにいらしてください。

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