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光のもとでⅠ 第十三章 紅葉祭  作者: 葉野りるは
本編
26/110

26話

 コサージュを受け取ると、なんともいえない空気がふたりの間に流れる。

「ったく、何やってるんだか……」

 そう言って割って入ってくれたのは桃華さん。

「貸して」

 コサージュを渡すとすぐに付け直してくれた。

 今まで左側についていたそれを、今度は右側につけてくれる。

 クリップ式だったこともあり、つけるのに時間はかからない。つまり、それだけ取れやすいこということかもしれない。

 もしかしたら、さっきのステージではしゃぎすぎたから、ツカサが触れる前には取れかかっていたのかも。

「あれ……?」

 声を上げたのは空太くん。

「この曲って千里がメイン張るんじゃなかったっけ?」

 モニターを見ている限りでは久先輩がメインに立っている気がする。

「なんで変わったんだろ? でも、急遽変えてもフォーメーションが崩れないってすげー……。この曲いいよね。『僕が僕のすべて』だっけ?」

 空太くんの言葉を聞いて歌詞に耳を傾ける。

 歌詞が久先輩だと思った。

 久先輩が今思っていること。きっと、そのままの歌詞だ。

 久先輩も今は不安なんだと思う。

 人から何か答えをもらうときは独特な緊張を伴う。その相手が好きな人ともなれば、それはどのくらいのものなのか――。

 それでも、こんなにキラキラした笑顔で歌えるのは心が決まっているから。

 もう、何事にも揺らがないよ、と言える何かを持っているから。

 そんな気がする。そうであってほしいと強く願う。

 茜先輩、大丈夫……。たぶん、絶対大丈夫。久先輩と一緒なら、大丈夫……。


「翠、そろそろ準備」

「はい」

 咄嗟に立ち上がろうとしたら、香乃子ちゃんに引き止められた。

「藤宮先輩失格っ!」

「は?」

 香乃子ちゃんの言葉にツカサが眉をひそめる。

「そんなふうに言われたら、翠葉ちゃんは反射的に立ち上がっちゃうじゃないですかっ。第一、昇降機までのエスコートは私と高崎くんの仕事ですっ」

「……百歩譲って、翠が反射で立ち上がるのは翠の責任であり、俺が口を挟む余地があるのは高崎と七倉が仕事を怠ってるからじゃないの? 俺に仕事を取られたくないならさっさと動け」

 それだけ言うと、ツカサはその場から立ち去った。

 なんというか、どのあたりを百歩譲られたのかがわからない。

 全くもって、何も譲られた気がしないのは私だけだろうか……。

「ったく……藤宮司はどう転んでも藤宮司ね? ま、口数が増えたところで人格まで改まるわけがないわね」

 呆れたような桃華さんの言葉に、口数が増えたかな、と疑問に思う。

 私にはあまり変化がないように思えるけれど……。

 今度こそ、香乃子ちゃんと空太くんに誘導されて昇降機へと移動した。

「御園生、だいぶ慣れた?」

 そう声をかけてくれたのは佐野くん。

「緊張はするけど……やな感じではないかも?」

「それ、すっごくいい緊張感ってやつだよ」

 そこへ茜先輩がちょこちょこと走ってきて同じ昇降機に乗った。

「さぁ、いざ出陣だよっ!」

 茜先輩の声で昇降機が上がり始めた。

「翠葉ちゃん、この曲からステージ中央で歌おうか」

 不意にされた提案。

「だいぶ落ち着いてきたよね? もう、ピアノの前じゃなくても歌えるよね?」

 緊張はしている。でも、佐野くんが言ってくれたように悪い緊張ではないと思えた。

「……はい」

 ピアノの前じゃなくても大丈夫。

 実物がなくても、目を瞑ればいつでも私の前にピアノの鍵盤を思い浮かべることができる。

 茜先輩が隣にいなくても大丈夫。

 私は、伝えたいことがあるからステージに立つんだ。

 だから、誰が側にいるとか、何が目の前にあるとか、そういうのは関係ない――。

 気持ちを伝えたい人たちが観覧席にいる。それだけで十分……。


 曲が始まれば自然と声が出る。

 ステージ上に曲の始まりを演奏する楽器がある場合、最初に演奏する楽器が演奏開始の合図となる。それ以外――つまり、吹奏楽部や軽音部、フォークソング部から始まる場合はそこのやり方に一任される。

 演奏中は、ボーカルやモニター音に合わせて演奏してくれる。

 コンダクタースタンドには小さなモニターがついていて、常にボーカルの映像が映し出されているのだ。

 私、この紅葉祭で歌を歌えて良かったのだと思う。

 まだ終わってもいないのにこんなことを思うのはおかしいのかもしれないけれど、心からそう思える。

 人に想いを伝えることがこんなに幸せなことだなんて知らなかった。

 みんなと出逢って自分を少し好きになれた気がする。

 家の外にこんなにすてきな世界が広がっているなんて知らなかった。

 学校が、こんなに楽しいところだなんて知らなかった。

 みんなが教えてくれた。みんなが私に魔法をかけてくれた。

 もしかしたら、呪詛のようなものから解き放ってくれたのかもしれない。

 きっと、もう暗い過去には囚われない。それ以上の幸せを手にしているから、もう大丈夫。

 今まで、こんなにも心が自由だったことがあっただろうか。

 みんなが笑っていると、私も自然と笑顔になる。そんなことがとても幸せだと思う。

 奥華子さんの「魔法の人」――この歌が好き……。


 伝えたい気持ちを目一杯歌えた気がしてすっきりした。

 曲が終わってからも私の心は留まることなくその続きを考える。

 今まで魔法が使えるのは蒼兄だけだったのに、今は魔法使いが周りにたくさん。みんなが魔法使い。

 ハロウィンということもあり、トンガリ帽子に黒いマントを羽織るみんなが安易に想像できた。

 取り分けすごいのはツカサかもしれない。

 容赦ないけど、時々ものすごく怖いけど、ツカサの魔法はとっても強力。

「Witch」じゃ魔女だから「Wizard」?

 ――あ、れ……? ウィ、ザード……?

 いつかツカサに同じことを言ったことがある気がする。

 それは、いつ、どこで……?

「……ちゃん、翠葉ちゃんっ!」

 はっと我に返ると、

「すぐに藤宮先輩が上がるから、こっちこっち」

 香乃子ちゃんに引っ張られるようにして昇降機を降りた。

 私とすれ違いで昇降機へ上がるツカサに、

「平気か?」

「……うん。ツカサ、ウィザードって何、かな……。私、ツカサに言ったことがある?」

「っ……記憶がっ――」

「ごめんっ、ちゃんと思い出したわけじゃないの。……ただ、何か引っかかっただけで……」

「……深く考えるな。生徒会総会のとき、第三通路で翠にそう言われたことがある。それだけだ」

 言うとツカサは昇降機に乗り、軽音部の人たちと共に円形ステージへ上がった。


 私は空太くんが作ってくれる水割りジュースを飲みながら、記憶をたどろうと必死になっていた。

 でも、どうやってもウィザード以上のものは思い出せない。

 どうして……どうして、いつもこんなに中途半端な思い出し方なんだろう。

 そう思っていたとき、「お姫様」と声をかけられた。

「朝陽先輩……」

「眉間にしわ寄ってるよ? その顔続けてたら、アレみたいになっちゃうけど大丈夫?」

 朝陽先輩の手は巨大モニターを指差していた。

「それは嫌です……」

 答えたあとは、モニターから目が離せなくなる。

 ツカサがステージに上がったあと、会場からはキャー、と女の子たちの声が多数聞こえてきた。

 その熱狂たるや、半端じゃない。

 でも、それは仕方がないと思うの。

「司、いつの間にカメラ目線なんてするようになったんだろうね?」

 ステージに立つツカサは、またしてもマイクスタンドを味方につけて、格好良さに拍車をかけていた。そのうえカメラ目線なんて――。

「反則……」

「え?」

「反則反則反則っっっ」

 もう自分がどれだけ赤面してるのかなんてわかってる。

 右につけなおしてもらったコサージュを取って顔を隠してしいまいたい。

 そうは思うけど、顔が下を向いてくれない。

 モニターに固定されたまま目が離せない。

 モニター越しに視線が合っている気がしてしまって、どうしても目を逸らせない。

 ツカサの顔だけを見て、声だけを聞いて満足していたのに、どうして余計なものがくっついてくるのだろう。

 ツカサはこれを誰に向けて歌っているの?

 そう思うたびに胸が締め付けられるような気がした。

 これで楽になるわけじゃない。わかっていても、胸をぎゅ、と掴まずにはいられなかった。

「……痛い?」

 朝陽先輩に訊かれ、

「違います」

 ただ、胸が抉られる気がする。

 物理的な痛みじゃないのに、こんなにも痛い。

「こんな歌――カメラ目線で歌わないでよ……」

 不意に零れた言葉に、

「司も今は必死だからね」

 朝陽先輩が苦笑しながら教えてくれる。

 でも、そんな受け答えも、今は聞きたくなかった。

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