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光のもとでⅠ 第十三章 紅葉祭  作者: 葉野りるは
本編
25/110

25話

 奈落の中央にステージへ上がる人たちが集る。

「楽しもうねっ!」

「楽しむよ!」

 そう言って肩を叩いてくれたのは都さんと神楽さん。

「俺らは先に行って待ってるよ」

 ドラムの先輩がスティック片手に声をかけてくれた。

 トランペットやほかの楽器の先輩も、同じように視線を投げては昇降機に乗る。

 この曲の演奏部隊は茜先輩が集めた人たち。

 ドラムとベースは軽音部から、金管楽器と木管楽器は吹奏楽部から。そこに都さんと神楽さんと茜先輩が加わる。

「姫、必要ないかもしれないけど、これ」

 トランペットの坂口先輩に渡されたのはチューナーだった。

 小さな四角い機械から、私の歌い始めの音が断続的に流れている。

「ありがとうございます」

 優しい気遣いに緊張している心が少し緩む。

 今日は何度こんな優しさに触れただろう……。

「用意できたら上がっておいで。準備万端で待ってるから」

 ベースの風間先輩に言われてコクリと頷いた。

 みんなは私を置いて先にステージへ上がってしまう。

 私はみんなが上がったあと、一番最後に歌いながらステージに上がるのだ。

 本当は歌いだしたらすぐにピアノの伴奏が入るのだけど、この曲だけは歌いだしを少し変えてあった。

 最初の九小節は完全なアカペラ――私の歌から始まる。

 九小節で昇降機が完全に上がりきり、十小節目のドラムが入るところから演奏全体がスタートする。

 みんなが行ってしまっうと、私はひとりだった。

 空太くんにも香乃子ちゃんにも観覧席で聞いてほしかったから、このステージにおいて、私を誘導する人は存在しない。

 飛鳥ちゃんも桃華さんも佐野くんも、第一部が終わった時点で一度観覧席に戻っているはず。

 これから何が始まるのかは、奈落にいる人たちにすら知らされていない。

 リハーサルにいた放送部員の一部の人と奏者たち。それから、これをセッティングしてくれた一年生徒会メンバーと朝陽先輩だけが知っている。

 ほかに知っている人は昇降機を上げてくれる人のみ。

 私はチューナーの音に耳を傾けながら室内ブーツを脱いだ。

 大丈夫、大丈夫、大丈夫――。

 座ったままひたすら心の中で唱える。

 足裏から床の冷たさが伝ってきて、ブーツを脱いだばかりだけど、すでに十分冷たい気がした。

 緊張している、と実感するのには十分なくらい。

 でも、ここでぐずぐすしてはいられない。

 顔を上げると、知らない男子が目の前にいた。

「準備、できました?」

「はい……」

「じゃ、それ預かります」

「ありがとう、ございます」

「どういたしまして」

 音を消したチューナーを預け、昇降機に乗った。

 昇降機を上げてくれる人を見れば、コクリと頷いてくれる。そして、正面にはチューナーを預かってくれた人がにこりと笑って立っていた。

 その笑顔が誰かの笑顔に似ていて、私の緊張は瞬く間に解れた。

「大丈夫……」

 声に出してもそれは震えていなかった。

 頭に音を置きつつ、イヤーモニターでカウントを取る。

 マイクを握りしめ、モニター音に合わせて数を数えた。

 一、二、三、四、五拍目で息を吸い、七拍目で歌い始める。それと同時に昇降機が振動を始め、奈落にいた人たちが呆然とする。

 奈落にいる人の視線を集めていたのは気づいていた。

 どの顔も口を軽く開け驚いた表情をしている。

 その顔を見ながら私は歌い、昇降機が上がりきると、軽快なドリムとピアノのグリッサンドが鳴り出した。

 目には、みんなが楽しそうに身体でリズムを刻んで演奏する様が飛び込んできる。

 リハーサルのときもそうだったけれど、それを見ているだけで自分も楽しくなってくる。楽しい気持ちが伝染する――。

 奥華子さんの「Birthday」。この歌は私に色んなことを教えてくれた。

 私がみんなに届けたい想いをそのまま歌わせてくれる。

 みんなに会えて嬉しい。とっても幸せだと思える。

 みんなが私はひとりじゃないと教えてくれたように、私も同じことをみんなに伝えたい。

 みんなが生まれたこと、私が生まれたこと、何ひとつ当たり前なことはない。

 今、ここで同じ時間を過ごせることは奇跡なのだ。

 もうお誕生日が終わってしまった人も、これからの人も、みんなにおめでとうを伝えたい。

 生まれてきてくれてありがとう。

 みんなに巡り会えたことを心の底から感謝したい。

 神様、ありがとう――。


 ステージが一年B組の方を向くと、回転が止まる。

 これも昇降機を上げてくれた人が操作してくれている。

 私は円形ステージでみんなに囲まれるようにして歌っているけれど、このときばかりは一年B組の観覧席を見る。

 それに気づいた都さんと神楽さんが円の一部を空けてくれた。

 ひとりひとりの顔が表情まで見えるわけじゃない。でも、みんなが私を見てくれていることはわかる。

 それから、その観覧席の一番後ろ――。

 そこにツカサと秋斗さんがふたり並んで立っていた。

 ツカサ、秋斗さん、私の気持ちは伝わったかな……?

 ふたりに心からの「おめでとう」と「ありがとう」を伝えたかった。

 普通に言葉で伝えることもできるけど、それだけでは足りない気がしたの。全然足りない気がしたんだよ。

 ステージが再び回り始める。

 お母さんたちがどこにいるのかはわからないけれど、絶対に見ていてくれる。

 相馬先生も湊先生も、どこかで聞いてくれているかな。

 私ね、みんなに「おめでとう」と「ありがとう」を伝えたかったんだよ。


 周りは見えている。演奏している人たちも見えている。

 自分の視界と心がクリアすぎて怖いくらい。

 曲の途中でステージの四方に設置された仕掛けが噴射する。

 それは巨大クラッカー。

 予告はされていたし、どこで鳴るのかもわかっていたけれど、やっぱりすごくびっくりした。

 びっくりしたけれど、次の瞬間には笑いに変わる。

 だって、クラッカーが噴射する直前まで、「来るよ来るよっ!」って顔をしてみんなが演奏していた。

 楽しくて楽しくて仕方がない。顔が勝手に笑顔になる。

 きっと、今一緒に演奏している人みんながそう思ってる。

 私はひとりひとりの奏者の顔を見て回った。名前と顔をひとつずつきちんと一致させて。

 このメンバーと出逢えたことも、一緒に演奏していることも奇跡なのだ。

 ましてや、こんなに楽しいと思える時間を共に過ごせること自体が奇跡。

 ライブステージが始まる前の久先輩の言葉を思い出す。


 ――「ここにできた縁を大切に」。


 つながりを大切にしよう。

 どんな小さなつながりでも、人とつながることのできた奇跡を大切にしよう――。


 演奏が終わって観覧席から届く拍手や声にびっくりしながら、その場でみんなにぎゅうぎゅう抱きしめられて、そのまま奈落に下りてきた。

 そしたら、奈落でも拍手が待っていた。

 その人たちに、何も考えずに「ありがとう」と口にできた。

 今、ここにいる人たちの顔も名前も覚えたいな……。

 会場では生徒会男子による嵐の「ONRY LOVE」が始まっていた。

 この歌は優太先輩がメインにいるようだ。

 スクエアステージで自由に動く彼らはとても魅力的だと思う。

 さらにはカメラが回ってくればきちんとカメラ目線を意識をする。

 その映像が桜林館に設置されているモニターにも常に映し出されるのだから、当然ながら女の子たちの声は絶えない。

 きっと、優太先輩は嵐子先輩を思って歌っているのだろう。

 この歌が恋愛の歌であることくらいは私にもわかる。

 こんなに「好き」と思ってもらえる嵐子先輩はとても幸せだと思う。臆面なくそれを伝えられる心を強いと思う。

 私もいつか――そんなふうに人を好きになれるかな。

「恋、か……」

「翠葉ああああああっっっ!」

「飛鳥、ちゃん……?」

 声が飛鳥ちゃんなのに、飛鳥ちゃんの姿はどこにもない。

 正確には、まだ見えない。

 一番先に通路から飛び出してきたのは佐野くんだった。次がツカサ。その次が空太くんでようやく飛鳥ちゃんの姿が見えた。その後ろから桃華さんと香乃子ちゃんも姿を見せる。

「な、に……?」

「届いたからっ」

 佐野くんに言われる。

「クラスの連中嬉し泣きしてた! 俺もちょっと泣いたっ!」

 そう言ったのは空太くん。

「それを早く伝えたくてね、佐野が走り出したらみんな釣られちゃって……」

 飛鳥ちゃんが呼吸を整えながら教えてくれる。

 その後方で桃華さんと香乃子ちゃんも苦しそうに胸を押さえている。

 でも、私の意識は違うほうへ向いてしまう。

「え……それにツカサが混ざったの?」

 そういうのには絶対に参加しなさそうなこの人が……?

「……ほら、飲み物」

 ひたすら罰の悪い顔をしたツカサに飲み物を押し付けられる。

 それを受け取ると、「ありがと」と言われ疑問に思う。

「え? お礼を言うのは私のほうだよ……?」

 だって、今飲み物を受け取ったのは私だし……。

「そうじゃなくて――歌……」

「あ……」

 なんか、本当に今日はめったに見られないツカサの表情をよく見る気がする。

 また赤面するかも、とわかっているのに、どこか照れているようなその表情から目が離せなかった。

「……そんなに見るな」

 ツカサの手が前から伸びてきて、視界を遮るようにして頭を押さえられた。

 そのとき、何かが引っかかった気はしたの。

 そしたら、ツカサが頭から手を離して、

「悪い――」

「え?」

「……これ、取れた」

 そう言って見せられたものは、私の頭に留めてあったコサージュだった。

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