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光のもとでⅠ 第十三章 紅葉祭  作者: 葉野りるは
本編
24/110

24話

「大丈夫よ。私、溺死寸前だから、棒切れじゃなくても藁をも掴む状態だわ」

「……藁、くらいにはなれるかなぁ……」

 そんな会話をしていると、香乃子ちゃんが戻ってきた。

「あの、姫がふたり揃ってなんで藁の話をしてるんですか?」

「……なんの話、でしたっけ?」

「なんだったっけね?」

 ふたり顔を見合わせ、視線が合えば同じタイミングで笑う。

 たぶん、これはふたりだけの内緒ごとなのだ。

「やややっ、七倉的にはデッサンタイム入りたいんですがっっっ!」

「「え?」」

「んもーーーっっっ! なんですか、このかわいい生き物たちっ!」

「な、七倉ちゃん?」

「一枚でいいですからっ! そこにおとなしく座っていてくださいっ」

 茜先輩に紙コップを渡すと、香乃子ちゃんは私のすぐ脇に置いてあった布の手提げ袋から小さなスケッチブックを取り出し、猛スピードで絵を描き始めた。

 一生懸命に手を動かす姿を見て思う。人には必ずしも得て不得手があるのだろうか、と。

 得意なものもあれば苦手なものもある。それはごく一般論だと思う。

 だって、苦手なものばかりが目に付いて、得意と思えるものが見えない人もいると思うから。

 ほかでもない自分がそうだ。

 自分が得意だと思えるものがあって、それを選び、続けることができたなら、それはやっぱり幸せなことなのだと思う。

 進路を決めるとき、人は何を考えるのかな……。

 佐野くんはスポーツが好きだからインストラクターや学校の体育の先生になりたいと言っていた。飛鳥ちゃんは子どもが好きだから保母さん。桃華さんは自分の管理能力を生かせる職に就きたいようだし、海斗くんは家のことがあるにしても、経営学に興味があるからその方面に進むと言っていた。香乃子ちゃんも美術の勉強をしたいと言っているし……。

 私には何があるのかな……。

「翠葉ちゃん、何か難しい顔してる」

「あ、えと……少し、進路のことを考えてました」

「進路?」

「……はい。私は今を見ることに精一杯で、来年二年生に進級することが目標です。次は三年生になること。その次は卒業すること。その先は真っ白です。周りの友達は高校のその先を見据えているけれど、私はまだそこまで考えられていないから……」

 だから、ふとしたときに考える。自分の将来を。

 これ、といった答えが出るまでにはまだ時間がかかりそう。

 騒がしい奈落では、私たちのこんな会話が誰の耳に届くわけでもなく、思ったことをポツリポツリと口にしては、ふたり寄り添っていた。


「翠」

 この声は、どんなに私が沈みきっているときにも心に届く。

「ツカサ?」

 確認する必要はなかったけれど、私はその人の名前を口にする。

 私の右側にしゃがんだツカサの手には陶器のプレートがあり、ラップがかけられているものはサンドイッチだった。

「軽食。学食で作ってもらってきた」

「わ、ごめん。ありがとう」

 ステージが終わってすぐに昇降機から降りたのは、もしかしてこれのため……?

「ダンス部が終わるまでまだ時間がある。食べられるだけでいいから口にしろ」

 そうは言うものの、このプレートには最初から私が食べられる分量しか盛り付けられていない。

 フルーツサンドが二切れ。

「ありがとう……」

 ツカサの優しさが心に染みる。

「司は翠葉ちゃんだけに優しいわね?」

 茜先輩は、膝を抱える腕に頬を乗せたまま口にする。

「そうですか? 誰にでも親切なつもりですけど」

 ツカサは軽くにこりと笑みを浮かべた。

 私はその笑顔に固まるけれど、ふたりの会話はまだ続く。

「あら、全校生徒が今の言葉を聞いたら反対意見がどのくらい挙がるかしら?」

「それは心外ですね。こんなにも面倒で最悪な王子の出し物に付き合っているというのに。優しさの欠片もなければあり得ないと思いますが?」

「じゃぁ、言い方を変えるわ。翠葉ちゃんには甘いのね?」

 どうしてか、茜先輩はさっき私に見せたような、少し挑発的な話し方をしていた。

 ツカサは一瞬だけ私に視線を向け、すぐに茜先輩へ戻す。

「どうしたことか、翠はうちの一族のお気に入りなので……。いじめすぎたらうちの一族に何を言われるかわかったものじゃない」

「あら? 私はてっきりその一族に司も含まれているものだと思っていたわ」

「あぁ……そういう意味なら」

 ツカサは私に向き直り、シニカルな笑みを浮かべる。

「翠の困った顔は嫌いじゃありません。からかい甲斐のある人間ですし、そこら辺には生息していなさそうな生き物なので、珍物として気に入っています。できれば手懐けたいと思うくらいには」

 なんだかひどいことを言われている気はするのだけど、触れているわけでもないのにツカサの体温が感じられるほど近くにあって、さらには大好きな声が耳元で響くから、自分の意識も顔も正常を保てそうにない。

 どうして――どうして今日は、こんなにもツカサを意識してしまうのだろう……。

 きゅっ、と目を瞑り下を向くと、ツカサの声が私に向けてかけられた。

「翠……それ、溶ける前に胃におさめろよ」

 私が顔を上げたときには、ツカサはその場を立ち去ったあとだった。

 ツカサがいた右側、そのあたりだけがまだなんとなく熱く感じる。

「翠葉ちゃん、真っ赤だね?」

「え……?」

 そう言ってクスクスと笑う茜先輩は、もういつもの茜先輩に戻っていた。

 私はどうしてこんなに赤面する羽目になっているのかがわからなくて、いつものように髪の毛が顔を隠してしまおうと思ったけど、生憎、それはツカサ側にしか通用しなかった。

 茜先輩側にはコサージュがついており、髪のカーテンは使えない。

「そんなに今日の司は格好いい?」

 ピンポイントをつかれてさらに困る。

 隠しようがないから仕方なく頷いた。

「制服なら、まだ免疫があるのに……」

「ま、確かに整った顔をしているし、格好いいは格好いいよね? でもって、シンプルな格好がそれを余計に引き立てる」

 そんなことを言われると、頭の中にツカサの姿が鮮明に思い出され、それだけでも身体全体が熱くなるのだから救いようがない。

「重症だね」

 感心するように顔を覗き込まれ、今度は別の羞恥が生まれる。

 赤面しているところをまじまじと見られて恥ずかしくないわけがない。

 でも、私が好きなのはあの顔だけじゃない。容姿だけじゃない。

 声も言葉も優しさも――ツカサという人が好きなのだと思う。

 いつもそつなく立ち回るのに、どこか不器用でぶっきらぼうなところがあったり、優しさと厳しさが常に隣り合わせなそれとか……。

 何よりも、手が……好き。

 渡されたプレートにちょこんと乗っているフルーツサンドをつまみ、一口かじる。

 生クリームの甘さとバニラエッセンスの甘い香りが口の中に広がり、鼻を抜けていった。

 プツプツとした食感はみかんの缶詰。

「美味しい……」

 自然と零れたそれに、「良かったね」と茜先輩の笑顔が返ってきた。


 第一部と第二部の間に二十分の休憩を挟み、第二部が始まる。

 第二部は私の歌からスタート。

『翠葉、がんばれよっ!』

「わ、海斗くん」

 急に、というわけではないけれど、インカムから自分の名前が呼ばれることはそうそうないので驚いた。

 全体通信はよく入るけれど、生徒会メンバーの一年は流れを把握していればいいことになっていて、各委員への返答は主に二、三年のメンバーがしていた。

 今日の午前中はそれなりに生徒会でもインカムの使用はあったけれど、ライブステージが始まってからはあまり必要とされていなかった。

 なぜならば、今、この場を動かしているのがほぼほぼ実行委員だからだ。

「あれ……さっきはなんでインカムで呼ばれなかったんだろう」

 私と茜先輩がいなくなったとき、これを使えばすぐに見つかったんじゃ……。

「きっと司ね。私のインカムも途中から一切通信が入らなくなったから。翠葉ちゃん、あそこに来ることを司には話していたんじゃない?」

「あ、はい」

 茜先輩に言われたとおりだ。

 ツカサにだけ、話していた。

「ツカサなら私たちの通信だけをカットすることも容易だわ」

「そんなこともできるんですか?」

「さぁ……通常はそんな操作方法はないはずだけど。……司だからね?」

 クスリと笑う茜先輩は私よりも先に立ち、私が立つのに手を貸してくれた。

「さ、行こうか!」

「はい」

 今、ここに生徒会の男子はいない。私の次のステージが生徒会男子の歌だから、今はスクエアステージの下に待機しているだろう。

 ひとり出番がないツカサは空太くんに誘導されて会場へ出ているはず。

 この曲だけは会場で聞いてほしいの。みんなと一緒に聞いてほしい。

 インカムから、個別通信を知らせる音が鳴った。

 通信相手は朝陽先輩。

『司の誘導が無事に済んだって実行委員経由で連絡入ったよ。ちゃんと一年B組の観覧席近くにいるって』

「ありがとうございます」

『それから、秋斗先生も目視で確認できた』

「本当にありがとうございます」

『じゃ、がんばってね』

「はい」

 通信を切手ゴクリと唾を飲む。

 緊張はする。でも、それ以上に届けたい想いがある。

 私の想い、みんなに届け――。

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