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光のもとでⅠ 第十三章 紅葉祭  作者: 葉野りるは
本編
18/110

18話

 奈落へ戻ると、今度は香乃子ちゃんではなく空太くんが待っていてくれた。

「さっき七倉が水分渡す前に会場に上がっちゃったって言ってたから」

 差し出されたものは未開封のミネラルウォーターとリンゴジュース。

「海斗にふたつ渡せって言われたんだけど、なんで?」

 不思議そうな目が私を覗き込む。

「……慣れないけど、空太くんなら大丈夫なのにな」

 どうしてツカサはだめなんだろう。

 空太くんが格好良くないわけじゃない。

 ファッション雑誌のモデルが務まりそうなほどに格好いい高崎さんを少し幼くした感じなだけで、絶対に格好いい部類に入ると思う。

 どうして――……あ、そっか。好みの問題?

 ツカサの顔は私の好みど真ん中ストライクだから?

 なんだ、そっか……。

 簡単に「得体の知れないもの」の答えを得ることができて胸を撫で下ろす。

「百面相に大忙しな翠葉ちゃん、俺との会話が成立していないんだけど……」

「あっ、ごめん。あのね、私、ジュースとかそのままの濃度で飲めないの」

「……悪い、ごめんっ」

 空太くんが罰が悪い顔をして謝る。

 きっと、両手が空いていたら顔の前で手を合わせていただろう。そんな勢いで謝られた。

「空太くん、違うっ、違うよ? 身体がどうとか制約に含まれるものじゃないの」

 私は大げさすぎるくらいに両手を振って見せた。

「これは私の味覚の問題だから、単なるわがままっ」

 言ったあとに苦笑してしまうのは、気を遣わせすぎていて申し訳ないと思うから。

「……面白い子だねぇ、まったく」

「あはは、正直に言ってくれていいよ。どちらかというなら面倒、だよね?」

 必然的に下から見上げる形で訊くと、空太くんはにこりと笑った。

「姫だし、いーんじゃない?」

 そういう問題ではない気もするけれど……。

「だけどさ、これ希釈するにしてもどっちも未開封だから薄めるにはどっちかを出さなくちゃいけないよね」

 あ、そうだよね、そうだった……。

「空太くん、ありがとう。ミネラルウォーターだけもらえるかな?」

 ミネラルウォーターならそのまま飲める。

「いやっ、そこは意地でも譲れないでしょ。姫君には少しでもカロリーを摂ってもらわにゃならんのです。それが執事空太の任務っ」

 いつから執事になったんですか、と訊きたかったのだけれど、口にするより先に、

「ちょっとこれ持って待ってて?」

 と、二種類の飲み物を私に渡すと走り出した。

「おら、高崎っ! 奈落を走るなって言ってるだろっ!?」

 どこからかお叱りの言葉を受けつつ、

「見逃してくださーい」

 と会場に駆け上がり、数分としないうちに戻ってきた。

 紙コップを手に持って。

「希釈率は?」

「え? あ……リンゴジュースが二のお水が一だけど……」

 ポカリはお水と半々がデフォルトだけれど、果汁ジュースなら半々もしくは二対一と、お水が少なくても飲める。

「かしこまりました! では、そちらを拝借」

 と、さっき渡された飲み物ふたつを手に取り、どちらも未開封であることを確認すると、ミネラルウォーターを紙コップに注ぎ始める。

「出した分だけリンゴジュースをペットボトルに入れればOKでしょ? 作りおきができないなら、その都度作ればいいんだ。余ったのは俺が飲んじゃえばいいし」

「でも、手間がかかるから――」

「翠葉ちゃん、ごめんはなしだよ?」

 言葉を遮られ、「こういうときは?」と訊かれる。

「ありが、とう……?」

「そう。これからもこういうことで『ごめん』って謝らないで? 謝られると悲しくなるからさ」

 こんな話は何度も何度もたくさんの人としてきたと思う。

 そう思えば、先ほどの曲「True Colors」の歌詞を思い出す。

「翠葉ちゃんの『やさしい花』はちゃんと俺に届いたよ。だからさ、俺からも花を贈らせてよ。俺に対して本当に悪いことをしたときにだけ謝って? そうだな……たとえば、俺の弁当食っちゃったとか」

 え? 空太くんのお弁当……?

「くはっ、そこで真面目に考えちゃうところが翠葉ちゃんだよね!」

 笑いながらも、手元は器用にリンゴジュースをペットボトルに移し始めていた。

「こういうのはさ、善意っていうんだよ。好意でもいいかな? 人の気持ちは素直に受け取りましょう。ま、それが押し売りだったら迷惑でしかないかもしれないけど?」

「やっ、そんなことないっ」

 私は必死なのに、空太くんはクスクスと笑っている。

 その笑顔は高崎さんとよく似ていた。

「世の中さ……っていうか、うちの学校でいいや。学校には色んな人がいるし、翠葉ちゃんのことを良く思わない人もいると思う。でも、うちのクラスはみんな翠葉ちゃんが好きだから。だから大丈夫だよ。みんながしてくれることは好意や善意であって、翠葉ちゃんが申し訳なく思う必要はない。『ありがとう』って受け取ればいい。もしお礼がしたくてもできないっていうなら、それも大丈夫。みんなが死ぬまでに返してくれればいいよ。死んだあとなら天国でよろしく。ほい! 空太特製翠葉ちゃんジュースの出来上がり!」

 空太くんはキャップを締めたペットボトルをトン、と私の頭のてっぺんに置いた。

「あ、すげっ! 翠葉ちゃん、恐るべきバランス力っ!」

「え? わ、あ……」

 どうしよう、これ動いていいの? ……ん? 違う、手にしていいのかな?

「何やってるんだか……」

 よく知った低い声がすぐ後ろで聞こえ、頭に乗せられたペットボトルの重力がなくなった。

「翠、おまえはどこの民族だ」

 紛れもなくツカサ。どこまでもツカサ……。

 でも、これは私がやったんじゃなくて空太くんがやったことなのだけど……。

「いやっ! 藤宮先輩お疲れ様でした! ステージ、めっちゃかっこよかったです!」

「どうでもいい。それよりこれ……」

 ツカサは手にしたペットボトルを注視していた。

「あ、今、空太くんがミネラルウォーターとリンゴジュースを割ってくれたの」

「……今ここで?」

「ですです。未開封のものをここで開けて、リンゴジュースの分だけ水を紙コップに移しました。それなら大丈夫でしょう?」

 周りを気にして小声で話す空太くんをツカサはじっと見て、そこに置かれた紙コップに手を伸ばした。

「ツカサ……?」

 ツカサはミネラルウォーターを一気に飲み干した。

 私も空太くんも、その行動の一部始終に釘付けで、ゴクリ、と唾を飲み込む。

「今ここでやったんだろ?」

「うん、そうだけど……」

「なら問題ない。……高崎、このあとも頼む」

 私はツカサに背を押され、用意されたパイプ椅子に座らされる。

 背中が……ツカサの手が触れている部分がひどく熱く感じた。

 歌い終わったばかりだから、ツカサの体温が高めなのだろうか。

 そんなことを考えていると、水割りリンゴジュースが入ったペットボトルを差し出された。

 私が受け取ってもツカサはペットボトルをじっと見たまま。

「信用すると決めたなら、言葉よりも態度で示すほうが効果的だ。口ではなんとでも言える……」

 私にしか聞こえない声でそう言うと、ペットボトルから手を離した。

 不器用とも思えるその行動が、なんだかとてもツカサらしいと思った。


「ツカサ……あのね、私、第四通路へ行かなくちゃいけないの」

「何をしに?」

 壁に寄りかかっていたツカサに見下ろされる。

「茜先輩が待っているから」

「……何するつもり?」

 何って、そんなのわからない。

 ただ、茜先輩に話がしたいと言われただけ。だから、行けば何かを話してくれるのだと思う。

 ステージで向けられた笑顔は本物だと思えなかったけれど、言葉に嘘が含まれるとは思わなかった。

「あのふたりのことは俺たちが介入することじゃないと思うけど?」

 あのふたりのこと……?

 それはすぐに茜先輩と久先輩のことだとわかったけれど、それ以上のことはわからない。

 私はただ、茜先輩と約束をしただけ。

「話をするって……」

 何か言葉を付け足さなくては、と思ったけれど、その前にツカサが口を開いた。

「気持ちを口にすることで楽になれる人間もいる。けど、そうじゃない人間だっている。話したところで自分に現実を突きつけるだけ。その現実を自分がどうできるわけでもない。人に話して誰がどうできるものでもない。話すことで楽になったり答えを得られる人間ばかりじゃない」

 足りなかった言葉を補足する以前に色んなことを言われすぎて頭の中が氾濫状態。

 ツカサは茜先輩は違うと言っているの? 人に話すことでは楽になれない人だと言っているの?

「だから誰も声をかけないの? みんな、私には言えって言うのに?」

 私は良くて茜先輩はだめなの? その差は何……?

「ほかの人間がどうかは知らない。俺が翠に言わせるのは楽にさせるためじゃない。俺が知りたいからだ。それ以上でもそれ以下でもない」

「…………」

「もしかしたら、茜先輩だって誰かに話せば楽になるのかもしれない。でも、それは俺じゃないし翠だとも思わない」

 じゃぁ、誰……?

「――久、先輩?」

 ツカサは緩く首を振り俯いた。

「そうかもしれないし違うかもしれない。……でも、もし――」

 そこまで言うと顔を上げ、視線を合わせられる。

「現時点で会長にできることがあるのなら、あの人が動いていないわけがない」

 それを聞いて、ツカサは何かを知っているのかもしれない、と思った。

 知っていて黙っている。

「翠、会長はやれるだけのことをやったあとだ。今は茜先輩を待っている」

 だから、久先輩は茜先輩を目で追うけれど、話しかけはしないの? だから、あんな切なそうな目で見つめていたの? ――でもね、

「ごめん、ツカサ。私、言葉が足りてなくて……。私が声をかけたわけじゃないの。茜先輩が……茜先輩が私と話したいって言ったの」

 ツカサは目を見開いた。でも、ツカサが驚く理由もわからない。

「だから、私、行くね。茜先輩の話を聞いてくる」

 椅子を立ち、空太くんが作ってくれたペットボトルを手に、私は第四通路へ向かった。

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