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光のもとでⅠ 第十三章 紅葉祭  作者: 葉野りるは
本編
12/110

12話

 十一時半前には生徒会メンバーが揃い、各委員会の代表も集って進捗状況の報告を兼ねた短時間ミーティングがあった。

 アクシデントの報告もあったけれど、あらかじめ予測されていたものだったこともあり、それらはすべて対応済み。

「うんうん、問題なくきてるね。じゃ、このあとは交代で昼食摂って一時には桜林館に集合。時間厳守でねー! はい、解散っ!」

 久先輩の号令で散開し、次への行動と移る。

「うちは予定通り、茜と司と翠葉ちゃん、それから桃ちゃんと海斗が先に休憩ね」

 一度気づいてしまうと気になって仕方がない。

 みんなは茜先輩と久先輩が一緒にいないことを不自然に思わないのだろうか。

 誰も何も言わないし、気にしているふうでもない。

 朝陽先輩しか気づいていないのかな……。

 ふたりとも視線すら合わせなかったというのに。

 こんなこと、今まで一度もなかったのに。

 それとも、こんなことは今まで何度もあって、私が気づかなかっただけなのかな……。

「翠」

 ツカサの声に思考を遮られてはっとする。

 顔を上げ右隣にいるツカサを視界に認めると、

「体調は?」

「あ……大丈夫」

 それもそのはず。クラスでは忙しく動いていたものの、図書室へ来てからはずっと座っていたし、紅葉祭が始まったといっても私の仕事は今までと変わらない。つまりは会計作業全般。

 至急扱いで上がってきた申請書を優先的で処理し、引き続き収支報告の確認作業。

「夏休みに学んだことを忘れるにしては少し早すぎないか?」

 夏休みに学んだこと……?

 なんだっけ……と思った自分に激しく後悔。

 単に「大丈夫」と答えるだけではやり直しをさせられることをすっかりと忘れていた。

「痛いところもないし気持ち悪くもないよ。だから大丈夫」

「それなら、ほかのことに気を取られて会計作業ミスるなよ」

 ……もしかして、ツカサも気づいているの? 気づいてはいるけれど、口にしないだけ? ……ほかの人もそうなの?

「とりあえずいったん終了。あとは休憩のあとにしろ」

 ツカサの顔をまじまじと見ていると、海斗くんにお昼の話を振られた。

「翠葉、弁当なんだけど」

「え?」

「海斗、あと数分もしたら使いが来る」

 ツカサの言葉に海斗くんが、「は?」という顔をする。

 私も似たり寄ったりの顔をしていたと思う。

「何、いつもと違うの?」

 尋ねる海斗くんにツカサは「今日は違う」と答えた。その直後、

「リィっ! お弁当持ってきたよー!」

 両手に荷物を持って図書室に入ってきたのは唯兄。

 入り口付近にいる生徒に、「お疲れ様ー」と声をかけながらやってくる。

「唯くん、馴染んでんなぁ……」

 海斗くんの言葉に思わず頷いてしまう。

 正真正銘、どこからどう見ても部外者なのに、この場に難なく溶け込んでいる。

 着ているものが私服でもこの違和感のなさ……。制服を着てしまったら誰もが生徒だと思い込みそうだ。

「海斗っちの分もあるよー!」

 藤色の手提げ袋をひょい、と上げて言うと、ツカサに視線をやり声のトーンを落とす。

「ちゃんと司っちの分もあーりーまーすぅ……。リィ、聞いてよ。この子ったらひどいんだよ? 仮にも年上の俺にメールを送りつけてきて、昼食の使いよろしくだって」

 かわいくむくれる唯兄が、携帯のディスプレイを見せてくれた。

 そこには、必要最低限の文字が並ぶ。「昼食の使いよろしく」以上だ。

「お使いご苦労様です」

 ツカサは唯兄にとびきりの笑顔を向けた。

 作られた笑顔一〇〇パーセントだ。

「本当にいやみな子だよね? ご苦労様って言葉が上から目線のものって知ってて使ってるでしょ?」

「そうでしたか?」

「そんなことも知らなかったら司っちじゃないよねっ?」

「さぁ?」

「何っ!? 実は司っちの着ぐるみを着た偽物だったりするの?」

 しれっと答えるツカサに噛み付く唯兄。

「なんでしたら、今からでも『ありがとうございます』と言い直しましょうか?」

 ツカサ、笑顔の使い方を間違えていると思うの……。

「唯くん、これは間違いなく司だと思うぞ?」

 海斗くんのコメントに、

「笑顔でいながらもこのどす黒さ。疑うまでもなく本人だね」

 唯兄は苦笑を浮かべた。

 確かにツカサの声や言葉、笑顔には棘があったと思う。でも、その原因は、唯兄の「司っち」という呼び方ではないだろうか。

 ツカサは唯兄に名前を呼ばれるたびに眉間のしわが深くなっていく。

 唯兄は私の視線に気づくと、「なぁに?」とにこりと笑った。

「ううん、なんでもない……」

 たぶん、唯兄も原因はわかっていて、それでも改めるつもりがないのだろう。

 海斗くんならば想像できるけれど、ツカサが「司っち」と呼ばれることになったいきさつは想像できそうにない。

「俺もお昼一緒していい?」

 唯兄に訊かれ、

「あ、うん。桃華さんたちがよければ」

 視線をめぐらせると、海斗くんは間を置かずに快諾してくれ、桃華さんもにこりと微笑み「喜んで」。三人目のツカサだけが無言だった。

「ちょっと司っちっ!?」

「どうぞご自由に……」

 催促されて渋々答えた感じ。

 ふたりは顔を合わせるとこんなふう。仲がいいのか悪いのか。

 私にわかるのは、なんだかんだと言いつつも、唯兄はツカサをかまいたくて仕方がないのだろう、ということと、ツカサの対応が湊先生に対するそれと似ていることくらい。


 私たちはお弁当を食べるために図書室の奥へと移動した。

 図書室は紅葉祭が始まる前と比べれば多少は片付いたものの、テーブルの上はプリントが山積みになっているし、常に人と情報が行き交う場所ということもあり、落ち着いて食べられる環境ではない。だから、少しでも落ち着いて食べられる図書室の最奥――書架の林へと移動した。

 茜先輩も一緒に食べるものと思っていたけれど、気づいたときには図書室にいなかった。

「はい、これリィの分」

 お弁当を受け取り硬直する。

 唯兄が手提げ袋から取り出したお弁当箱は、使い捨ての容器ではなかった。

 使い捨てどころか、漆器の正方形のお弁当箱にはウィステリアホテルのマークが入っている。

 蓋を開ければ中が十字に仕切られている松花堂弁当だった。

「唯兄、これ――」

「うん、ホテルのだよ。しかも、料理長お手製。ついさっき澤村さんが届けてくれたばかり」

 彩り豊かでずしりと重量のあるお弁当に目を白黒させてしまう。

「恐縮する必要ないよ?」

「唯兄、無理……。だって、こんなに食べられないもの。残すとわかっているのに手をつけるのは気が引けるよ」

 お弁当と睨めっこをしていたら、海斗くんに笑われた。

「大丈夫! 残したら俺が食うから」

「え? 本当……?」

「うん、だから安心して食べられるだけ食べればいいよ」

 そう言われてようやくお箸を持つことができた。

「今日はさ、お忍びで藤宮の会長が来てるんだ。でもってオーナーがお供して回ってる。だから、松花堂弁当」

 なるほど、とは思うものの、偉い人が来ないときはどうしているのだろう。

 その疑問には海斗くんが答えてくれた。

「いつもはこういうとき、真白さんが作ったお弁当を警備員が時間ぴったりに届けてくれるんだ」

 その言葉で少し前のツカサと海斗くんの会話の意味がわかった。

「今日は違う」と言ったのは、今日は真白さんが作ったお弁当ではないということだったのだ。

「普段はここまでしない。ほら、いつもなら普通に教室で弁当食ってるでしょ?」

「あ、うん」

「こういう大きなイベントのときだけだから」

「そうなのね……」

 そうは答えたけれど、実際にはイベントのときと普段の差を正しく理解できているわけではなかった。

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