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光のもとでⅠ 第十三章 紅葉祭  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
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56 Side Akira 01話

 打ち上げの最中に携帯が震えた。

 かけてきたのは天原柊あまはらひいらぎ、同い年の従兄妹。

 ディスプレイには柊からって表示されているけど、出たらひじりも一緒になって喋るに違いない。

 柊は女、聖は男。ふたりは双子だったりする。

「双子が多い親族ね」と言われることがあるが、そんなこともない。

 うちの姉ちゃんたちと柊のところだけ。あとはうちの母さんと柊たちのお母さんである伯母が双子。

 双子が三組で「多い」と言われるから不思議。

 俺的見解は、双子三組より三つ子一組のほうが絶対希少価値は高いと思う。

 俺は早足でボックスを出て電話に出るなり、

「ちょい待って、ここうるさいから外に出るわ」

 俺は非常階段に出て電話をかけなおした。

「悪い、今打ち上げでカラオケに来てるんだ」

『カーラーオーケーっっっ! いいなっ、いいなっ』

 柊が無邪気に羨ましがる。

「つか、柊はいつでもどこでも歌っているだろうが……」

 今日も校内で会ったときにはディズニーのハイホー歌ってたし……。

 従兄妹の家はうちの姉ちゃんズが所属する音楽事務所であり、音楽教室もやっている。

 親がふたり揃って「音楽家」という職業で、うちの姉ふたりはそれに影響されたといっても過言じゃない。そして、それに引き摺りこまれているのが俺……。

 そんなわけで、柊も聖も常に音楽が身近にある人間なわけだ。

「今日、ありがとな」

 紅葉祭に来てくれた礼を言うと、ふたりの声がはもる。

『『こっちこそチケットありがとうっ!』』

 この双子は言うことがしょっちゅうかぶる。しかも、同じタイミングで。

『でも、タロちゃんが言ってた美少女さんに会えなかったのが残念ーーー。美人さんはいたんだけどねぇ? タロちゃんが違うって言ってた』

 タロちゃんことヤマタロは俺が入院しているときに友達になった山田太郎。

 今、双子とヤマタロは支倉にある同じ高校へ通っている。

 高校に入学して間もない頃、ヤマタロに御園生のことをうっかり話してしまった俺は、四月からずっと、紅葉祭のプラチナチケットをよこせと言われていた。

 それを聞きつけた柊と聖が便乗し、三枚のチケットは早々に押さえられていたのだ。

 クラスで見た美人とは、きっと簾条のことだろう。

 これは今日あった出来事――。


 俺が校内を走り回っていると聖から電話があった。

『アキ、なんか人がぞろぞろ歩いてるんだけど』

「あぁ、どこもかしこも人だらけだろ? 柊、埋もれてない? 平気?』

『とりあえず、手はつないで歩いてる。まるで親子のような身長差で』

「おまえら、身長五十センチ違うもんな」

『うん、まぁ今に始まったことじゃないよ。でさ、今、俺たちはなんの列に付いて歩いているのか知りたいんだけど』

「は……?」

 俺、今何を訊かれた?

『列があるんだよ。人がぞろぞろと並んでいるっていうか歩いてるっていうか……。ま、そんな列がね? で、俺たちもなんとなくそれに付いて歩いてるんだけど、進むんだけどたどり着かないんだよね。これ、何に並んでいるんだろ、と不思議に思ってアキにかけてみた』

 えーとえーとえーと……。

「それ、どこら辺の話?」

『柊、ここがどこかわかる?』

『え? それ、方向音痴の私に訊いていいの?』

『俺が訊いてるんじゃないよ?』

『うん、アキだよね?』

『そう』

『アキ、訊く人間違えてるよー?』

「いや、訊ける相手は聖くんと柊ちゃんしかいないわけなんですが……」

『んー……さっき藤棚みたいなのが右側にあったよね?』

『それ、だいぶ前じゃないか? 今、校舎の中だし……』

 待て待て待て待て……。

 俺は今聞いた話を咄嗟に組み立てる。

 校舎の近くにある藤棚は一、二年棟と三文棟の間にしかない。それが右側にあったということは、進行方向は一、二年棟。で、今が校舎の中ということはperhaps...maybe...一、二年棟。

 でも、そんなところに長蛇の列ができるって何?

「たぶん、その校舎は一、二年棟だと思う。で、二階が俺たち一年の教室。三階が二年の教室で催し物満載の棟なんだけど……」

 説明すると、携帯ではなくインカムに通信が入った。

『一、二年棟に客集中。実行委員、すぐ中庭に臨時イベント出して』

 あぁ、聖たちはまさにその中にいるわけだ。

 身長が一四〇センチの柊にはさぞかしつらいことだろう。

 あいつ、人酔いするのに大丈夫なのかな。

「聖、そこ、今校内で一番混雑してるところらしい」

 携帯に向かってそう話すと、

「柊がくたばりそうだから、そろそろ離脱かなぁ?』

 追加で聞こえてきたのは柊の声。

『人ごみは嫌だけど、この先に何があるのかは気になるっ! アキ、どのクラスの出し物が混んでるのっ?』

 相変わらず好奇心旺盛なことで……。

「ちょっと待ってみ? 一回切ってからかけなおす」

 俺は携帯を切り海斗の携帯に連絡を入れた。

 さすがに私用でインカム使っちゃまずいから。

「海斗、忙しいところ悪い。今対応に当たってるのって何が原因で混雑してるの?」

『翠葉だよ、翠葉』

「は?」

『青木先輩が翠葉と巡回に出て、十分経たないうちにこういうことになった。列は巡回ルートをたどってるから間違いないと思う』

「マジでっ!?」

『たぶんマジ。ってことでちょっと忙しいからまたあとでな!」

 なんともまぁ……。そうでしたかそうでしたか……。

 俺はツーツーツーという断続音を消し聖にかけなおす。

「聖、その先には何もないからとりあえず離脱して」

『え? 何もなくて列ができてるの?

「いや、あるにはあるんだけど、催し物じゃないっていうか展示物じゃないっていうか――『人』なんだよ。で、周りに群がられるのがあまり得意な人間じゃないから、生徒会本部があれこれ動き始めたとこみたい」

『……「人」にこんなに群がるもん?』

 それはさ、聖さん……。

「つまりさ、聖たちだって先に何があるのかわからないのにその列に並んで歩いていたわけだろ?」

『あぁ、なるほど……。俺たちみたいなのがわんさとついて回ってる状態ってことか』

「そのとおり。だから、柊つれて離脱してよ」

 そんな話をしていると、実行委員の通信が入ってきた。

『チュイール部隊出ますっ!』

「聖、どうやら中庭でチュイール売るとか言ってるから、それで柊釣ってよ」

『了解したー』

「で、その列の先にいるのが御園生だ」

『えっ!? それはチュイールどころじゃないでしょっ!?』

 耳をつんざくような声が携帯から発せられる。

「……柊、声でかい。耳、痛いじゃんか……」

『だって、私たち美少女さん見にきたのにっ!』

「それなら最初に言っただろ? 午後の二時間はカフェでウェイトレスやってるからそこを外さずに来いって」

『あ、そっか。そうだった。聖、タロちゃん、観念してチュイール食べに行こうっ!』

 あっさり納得した柊はそそくさと携帯を切りやがった……。


 で、紅葉祭が終わって家に着いたであろうふたりから電話がかかってきている理由は、指定した時間にカフェに来たにもかかわらず御園生に会えなかったことに対してのクレーム。

「や、本当にあの時間帯にカフェに出る予定だったんだってば……。でも、具合悪くなって保健室に行ってたらしい」

 こればかりは運が悪かったと諦めてくれ……。

『そうなの? 具合、大丈夫?』

 柊の声音が「不満」から「心配」に変わる。

「んー……さっき熱出して帰ったわ」

 打ち上げには来ないと思っていた自分がちょっと嫌だ。

「来れないだろう」と思っていた自分が確かにいる。さらには、御園生はまた「一緒に行動できない」って落ち込むのかな、ってそんなところまで想像していた。

 そんな自分が本当に嫌になる。

 御園生は明日明後日は寝込むの覚悟で打ち上げに来てたっぽい。

 そういうの見て、さらに心がもやっとした。

 だってさ……そんなの、切な過ぎる。つらすぎる。

 何かをするのに代わりの何かを犠牲にしなくちゃいけないの、もっと違うことならいいのに、って思うよ。

 テストでいい点を採るために勉強をしなくちゃいけない。いいタイムを出すために毎日のトレーニングが必須――こういうのはいくらあってもいいと思う。

 でも、御園生のはそういうのと別次元じゃん……。

 ただ友達と一緒に行動したいだけなのに、そのあと体調を崩すのが前提だなんて――なんか、別次元。

 きっと、俺には一生わからない気持ちだと思う。

 そんな御園生を見ているだけで切なくなる。

 切ないっていうか……言葉に変換しずらい感情。

 その御園生に寄り添おうとしている秋斗先生や藤宮先輩をすごいと思う。

 友達の関係ですらこんな気持ちになるのだから、それが恋愛対象ならどうなってしまうのだろう。

 友達ならまだ大丈夫。でも、好きになったら絶対につらいだろうな、って……そんな目で秋斗先生と藤宮先輩を見ている自分がいる。

 物理的な補助をできるものならいい。でも、「体調」って本人以外が関与するのはものすごく難しいものだと思うから。

 たぶん、御園生みたいな女の子を好きになったら、一緒にいるうちに何もできない自分がやるせなくなってむしゃくしゃして、さらには本当につらいのは自分じゃなくて御園生なんだってところにたどり着いて自己嫌悪に陥るに違いない。

 そんな状況に自分が耐えられるのかがわからない。

 好きでも目を逸らしたくなるような気がしてしまう。向き合い続ける自信が持てない。

 でも、秋斗先生と藤宮先輩は、目を逸らすことなく御園生と向き合っている。

 俺が考える自信や覚悟、そんなものを凌駕した何かで御園生を見つめている気がして、無条件に尊敬してしまうのだ。

『ちょっとーーー! アキ!? 聞いてる?』

 柊の声で現実に引き戻される。

「うんうん、聞いてる。大晦日だろ?」

 考えごとしていても話している内容はなんとなく耳に入ってきていた。

『そう! アキが友達を初詣に誘えばいいと思うっ!』

 あぁ、なるほどね……。

「わーった。クラスの連中に声かけとく」

『っていうか美少女さんっ!』

 あくまでもそこに拘るか……。

 でも、どうなんだろう? 大晦日から新年にかけて外出るとか、御園生大丈夫なんだろうか。

「もちろん御園生にも声かけるよ」

『やった! 絶対だからねっ!?』

「はいはい」

 俺が返事をする前に柊の声は遠ざかっていった。

 代わりに聖が、

『騒々しくて悪い』

「や、慣れてるし」

『用件ってそれだけなんだ。今、柊と美少女さんに会うのにはどうしたらいいかって考えてて、初詣ならどうだっ!? って話になった』

「そこまでして会いたいか……?」

『キレイなものは愛でたいじゃない?』

「なるほどね……。ま、いいや。年末は?」

『父さんたちは演奏旅行が決まってるから、俺らは適当に過ごすよ。で、毎年のことだけど三十日になったらそっち行くから』

「了解。じゃ、またな」

 そんな会話をして切った。


 御園生……御園生はたぶんこういうのが苦手だと思うから話してなかったけど、御園生に会いたいって言ってる従兄妹と友達がいるんだ。

 今日、ウェイトレスしているときに従兄妹と友達って普通に紹介して、普通に友達になれればいいな、と思ってた。けど、タイミングが合わなかった。

 次は会えるといいんだけど……。

 ゆっくり休んで早く元気になれ。そしたら、大晦日から集って年越し初詣しよう、って誘うから。

 クラスのみんなで初詣しよう。

 身体の調子が悪くなったらうちで休めばいい。今日みたいに途中で帰ったりすることは考えなくていいから。

 うち、無駄に広い地下スタジオあるからさ、そこでみんなで夜を明かして初日の出とか見ようよ。

 俺は「友達」って関係ですら御園生のその身体とどうやって付き合っていったらいいのかわからなくて、いつも試行錯誤を繰り返す。

 それでも、一緒にいたいと思うのは御園生だけじゃないんだ。

 俺たちだって一緒にいたいと思ってる。

 いつもいつも御園生だけがつらい思いをしているわけじゃない。

 俺たちだって御園生がいなくなることはつらいんだ。

 こういうの、どの学校でも「同じ」とはいかないと思う。

 この学校の一年B組ってクラスだから言えること。

 三十人から「ひとり」がいなくなるのは結構大きい。少人数編成だからこそ「ひとり」の重みが増す。

 クラスが仲良くて連帯感があればあるほど、「一」がもつ意味は深まるんじゃないかな。

 御園生、中学のときとは違うよ。

 御園生ひとりが寂しい思いをするわけじゃない。クラスみんなが「物足りない」「人が足りてない」って悲しがる。

「……あ、それを伝えればいいのか?」

「無理しなくて大丈夫」「絶対にひとりになんてしない」「一緒に行動することがすべてじゃない」――たぶん、そんな言葉は俺らしくない。

「なんだ、そっか……」

 御園生が途中で離脱するのが見ていてつらいなら、途中で離脱しなくてもいい楽しみ方を見つければいいんだ。

 そんな楽しみ方がいくつあるかはわからない。でも、始める前に諦めるのだけは違う。

「楽しみ」は既存のものだけじゃない。探し出すことも作ることも可能。

 御園生、みんなで悪あがきをしようよ。

 どんなにつらい局面でも、悪あがきをしたら何かが見えてくるかもしれない。それを一緒に探そう。

 妥協とか諦めじゃなくて、見つけていこう。

 御園生、もっともっといろんなことをみんなで一緒に楽しもうよ――。

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