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光のもとでⅠ 第十三章 紅葉祭  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
108/110

46~56 Side Tsukasa 11話

 一階に下りると知らない女子に声をかけられた。

「ふ、藤宮くんっ」

 視線を向けると、

「あのっ、姫なら外に出たよ」

「……ありがとう」

 女子は意外そうな顔をして、「いえ」と口にした。

 俺は礼も言えないやつだと思われているのだろうか。

 そこまで礼儀知らずなつもりはないんだけど……。

 入り口で人員規制しているらしき人間は優太。

 何をやっているのかと思えば、入ってくる人間を規制しているわけではなく外へ出ようとしている人間を規制していた。

「司、遅い」

 その言葉に俺を振り返った人間たちが固まり、意味を解する。

 つまり、外に出た翠を追って出ようとした人間を食い止めてくれていたのだろう。

「助かった」

 こんな人数に囲まれたら翠がどうなるか――。

 そんな想像は安易にできる。

 外へ出ると、翠は花壇の縁に座っていた。

「時間切れまであとどのくらいだろう……」

 自分の身体に訊いているのか、そんなことを口にした。

 携帯は返したが、まだそれを見てはいないのか……?

「どのくらいというよりは、すでに時間切れじゃない?」

 俺が声をかけると、地面に落としていた視線を上げ驚いた顔をする。

「つ、ツカサっ!?」

 翠は顔を押さえるというわけのわからない行動に出た。

「何慌ててるんだか……」

「だって、なんか顔が熱い気がするから」

「それ、微熱だから」

「え……?」

「バイタル、見てみれば? 俺が最後に見たときは三十七度五分だったけど?」

 翠はポケットから取り出した携帯を見て絶句する。

「今、簾条がかばん持ってくるから」

 その先に言葉を続けることができなかった。

 俺は勝手に「潮時」と決めてしまったが、それで良かったのだろうか。

 背後で自動ドアが開き簾条が出てきた。

「はい、翠葉の分とあんたの」

 かばんふたつを受け取ると、

「どうしてツカサの分も……?」

「俺も帰るから」

「せっかく来たのに……?」

「来たくて来たわけじゃない」

 翠がいたから、だ。

 俺の気持ちを知っても、そのあたりは関連付けられないのだろうか。

「とりあえず、選択肢はふたつ。御園生さんたちに連絡を入れて迎えに来てもらうか、俺と三〇〇メートルの坂道を上るか」

 翠は即答で「歩く」と答えた。

 声の強さに意地になってないか、と若干の不安を抱きつつ、俺は翠の意思を汲んだ。


 翠の歩調に合わせてゆっくりと歩きながら思う。

 本当は「意思を汲んだ」わけではなく、俺が一緒にいたいだけなのかもしれない、と。

 気持ちを伝えるだけ伝えて放置したあと、翠と話をする時間はなかった。

 今、ようやく話ができる状況になったわけだけど、俺たちはただ並んで歩いているだけ。そこに会話は存在しない。

 翠は俺の好きな相手を知ってどう思っただろう。あんな行動に出た俺をどう思っているだろう。

 それを訊くことは困らせることになるのだろうか……。

 わかることといえば、避けられてはいないということ。

 気持ちを伝えたあとでもこうして普通に隣を歩いてくれている。

 気づけば俺は翠に訊いていた。

「何を考えている?」

 答えはすぐに返ってきた。

「夢か現実か……」

「それってさっきのこと?」

「さっき」という曖昧すぎる言葉を使ったことに少し後悔した。

 俺は曖昧さを払拭するために言葉を補足する。

「別に困らせたいわけじゃないって言ったはずだけど」

 これで「さっき」が「告白したこと」とイコールになってくれると助かる。

「夢、じゃない……?」

 翠は切れ切れに言葉を発した。しかし、それが俺に向けられたものとは思えない。

 誰に訊いているんだか……。

 俺は会話を続けるために言葉を組み立てる。

「何をどこから夢と勘違いしようとしているわけ?」

「……あ、鬼ごっこ大会の途中の出来事――私、どこから起きてた、かな?」

 ようやく俺を見た翠はそんなことを口にした。

「……寝ていたのはほんの十分弱。少なくとも、アリスの夢じゃないって俺に否定したところからは起きていたものと解釈してるんだけど」

 何これ……何確認の会話?

「私……キス、された?」

 それが「夢か現実か」の疑問本体?

「……した。それに、恋愛の意味での好意とも伝えたけど?」

 言うまでにどれだけ時間がかかったと思ってる?

 それを「夢」で片付けられるなんてごめん被る。

「三十七度六分で頭が朦朧としているとか言わないよな? 言うなら、今すぐ御園生さんに電話して迎えに来てもらうけど?」

 気分的に攻めに転じた俺の言葉は嫌みが混じり始める。

「言わないっ。言わないけどっ――ただ、夢が現実かの区別がつかなかっただけ……。本当に、夢、じゃない?」

「……夢だと思っているなら再現するけど?」

 翠は勢いよく下を向いた。

 なんか、全力で拒否された気分……。

「……嘘。キスは悪かったと思ってる。……でも、口にした言葉は嘘じゃないから」

 あのキスを正当化できるような材料は何ひとつない。合意じゃなかったのは俺も同じ。

 翠の気持ちが俺にない分、いつかの秋兄よりも分が悪い気がした。

 あのときは秋兄を責める気持ちが大きかった。でも、今なら秋兄の気持ちがわからなくもない。

 そう思うことこそが自分の行動を正当化しようとしている考えであることにも気づかず、俺はぼんやりと考えていた。

「どうして……?」

 今度は何に対しての問い……?

「何が」

「どうしてそんなに普通なの?」

 普通って……何が?

 ……翠の言葉はそのまま受け取ればいいはず。

 たぶん、今の俺を見てそう訊かれている。なら、今の俺を答えるのみ。

「……俺が気持ちを伝えたところで翠には好きな男がいる事実は変わらないだろ?」

 俺たちの関係はこれからも変わらず、今歩いているように平行状態が続くのみ。翠が俺を見るまでずっと――。

 すると、隣から聞こえていた息遣いに変化があった。

 規則的に速くなり始めていた息が、突如不規則に乱れる。

 気になって翠に視線を向けると、翠が泣いていた。そして、数歩歩いて足をを止める。

 そこまで体調が悪いのか……?

「翠、具合が悪いなら無理はするな」

 手を差し出すと、躊躇することなくそれを掴まれた。

 間のない動作が久しぶりすぎて泣きそうになる。

 掴まれているのは「手」のはずなのに、心臓を掴まれた気分。

 そんな俺とは裏腹に、

「そうじゃなくて――」

 翠は消え入りそうな声を発した。

 次の瞬間には手をぎゅ、と握られる。

「そうじゃなくて――ツカサ、勘違いしてる」

 俺が勘違いしている……? 何を勘違い?

 俺は誰が何をどのように勘違いしているのかが知りたいわけだけど、翠の言葉は短すぎて内容を把握するのには不完全すぎた。

「翠……頼むから主語、述語、目的語は明確にしてくれないか? 今のだと、体調に関しての否定なのか、その前の話題に関してなのかがわからない」

 つながれた手は追加で力をこめられる。

 握力は意外とあるんだな、なんてどうでもいいことを考えていると、

「私は――私は、ツカサが好きでっ、ツカサに好きな人がいるって知ったときはなくほどショックだったのにっ。……なのに、ツカサは私に好きな人がいるって知っても冷静で……。私は、ツカサに好きな人がいる事実は変わらないなんてそんなふうに平然と言えないっっっ」

 何かむっとしているように見えるのは気のせいか……?

 いや、その前に言われた内容を精査しろ。何を言われたのか把握しろ。

 言葉の濁流が脳内をめぐる。

 ……翠が俺を好き? 今、そう言ったか?

 翠の言葉をリピートさせるものの、どうにもこうにも腑に落ちない。

 翠の視線に気づき、再度言葉が足りてないことを指摘した。

「……翠、また言葉が足りてないと思う。俺の顔が好きの間違いだろ?」

 途端、翠はぐにゃりと表情を歪め、ぼろぼろと涙を零した。

「違うっ。間違ってないっ。どうしてそこを勘違いするのっ!?」

 泣きながら必死に否定する翠を見て驚く。

 勘違いじゃないのなら、自己防衛に走る必要がないのなら――。

「私はツカサが――」

 俺は言葉半ばで翠を抱きしめていた。

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