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光のもとでⅠ 第十三章 紅葉祭  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
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46~56 Side Tsukasa 09話

 翠のいる場所から少し離れたところに身を隠し、秋兄に通信を入れる。

「翠を保健室から地下道に下ろすからあとはよろしく」

『了解。湊ちゃんがまだ残っているから俺から連絡入れておく』

「助かる」

 それを切ると、今度は会長と朝陽に通信を入れた。

「取引しませんか?」

『何? 俺たちが何か得する話?』

 応じたのは会長だが、通信は朝陽ともつながっている。

 会長が言う「俺たち」が指すもの。それは朝陽と会長だけではない。

 このゲームの仕掛け人である生徒会メンバー全員を指していると思ったほうがいい。

「得にはならないかと……。ただ、期待していることだとは思います」

『んじゃ聞きましょ』

「先日の賭けは俺の勝ち。……今、ソレにしっかりと認識させてきたので回収作業お願いします」

『……え?』

「とりあえず、放心状態のまま放置してあります」

『ちょっと待ってっ!? ソレって翠葉ちゃんでしょ!? 認識って放心って放置ってっっっ!?』

 慌てる会長とは逆に、朝陽は「くくっ」と笑った。

『わかった。姫はこっちで回収する。もとより策はほかにもあったんだけどね。司がこんな取引を持ちかけてくるとは思ってもみなかった。安心して囮になってくれていいよ』

 その「策」というものも気にはなったが、とりあえず連絡事項が先。

「翠の位置は一、二年棟裏の中間あたり、ハナミズキを囲うさつきの垣根の中にいる。マントをかけてきたから衣装は目印にならない」

『OK。嵐子ちゃんが迎えにいく準備に入った。その他プランニングは?』

「これだけの人数に追われていたら翠が地上から図書棟にたどり着くのは無理。地下道を使うからひとまず保健室へ行くように伝えてくれ。保健室には姉さんがいる。地下道に関しては秋兄に指示を仰いで」

『了解』

 通信を切ると、海斗から個別通信が入った。

「何」

『司、うちのクラスのこと忘れてない?』

 クラス……?

『うちのクラスが野獣の中に生贄よろしく翠葉を差し出すわけがないじゃん』

 朝陽が言っていた「策」とは、海斗のクラスのことか?

『もう気づいていると思うけど、最初からこのイベントは予定されていた。よって、うちのクラスもグルだから』

「海斗、必要最低限のことは文章に入れろ」

『司さああああっ、放心状態の翠葉放置してるってことは、どうせ言い逃げしてきたんだろ? それで翠葉が気になってイラつくのはわかるけど、少しはイベント楽しめよ』

「…………」

『何、図星?』

 実際はそれよりひどい。

 キスをして放置してきたといったほうが正しいわけだけど、そこまで話すつもりはなかった。

「海斗……」

 それ以上口を開くな、と言おうとすると、こっちの空気を察したのか、「策」の続きを話しだした。

『桃華の指示で陽動作戦もスタートしてるってこと。『王子』は司だけじゃないし、『姫』は翠葉だけじゃない。遠目ならごまかせる程度に翠葉は三人用意した。司のダミーは和総にやらせてる。和総と司なら背格好同じくらいだしマント羽織ってる分、和総のほうに人がいくんじゃない? ま、そんなわけだからちょっとは鬼ごっこを楽しんでよ』

「……海斗、誰もが知っている鬼ごっこの基本ルールを知っているか?」

『知ってる知ってる! ま、なんていうの? 細かいところ突っ込んでないで逃げ切れよ? ダミーまで使ってて司が捕まったら、俺大笑いする予定だから』

 海斗、覚えてろよ? 次のテスト勉強、理系漬けにしてやる。

 コーヒータイムがなかった際には今日のことを思い出すといい。


 通常、「鬼ごっこ」は「鬼」がひとりと認識している。

 逃げる側がその他大勢になるはずだが、今行われているこれは、高等部敷地内全域で行われ鬼が六〇〇人弱。

 この状況はどう考えても「鬼ごっこ」とは言えないと思う。

 こんな状況を足のみで逃げ切れる人間がいるとしたら、佐野くらいなんじゃないか……?

 まず、普通の人間には楽しめるゲームの域じゃない。

『今からこのインカム桃華に持たせるから』

 そのあと、すぐに簾条の声が聞こえてきた。

『これから私の不愉快極まりない声ばかりが聞こえてくるでしょうけど、インカムからどす黒いオーラだけ電波に乗せてよこすのだけはやめてよね』

「残念だな。電波に不機嫌オーラを乗せられるものなら寿命が縮まりそうなほどに送ってやれるのに」

『藤宮司、言葉の使い方には気をつけたほうがいいわよ? 陽動作戦の指揮をとっているのは私なの。つまり、私の一言で藤宮司のもとに全校生徒を誘導することも可能ということ。そんな状況をおわかりかしら?』

 勝ち誇ったかのような声に、簾条の高慢な笑みが脳裏に浮かぶ。

「……仕返しは倍返しと覚悟しておけ」

 簾条は学内の生徒の状況を逐一知らせてくる。

 生徒たちの発信機は使われていないはずなのに、どうやってその情報を得ている?

 疑問に思いつつ、それらの中継を聞いていた。

 俺は人が少ないルートを選んで図書棟へ近づこうとするものの、すでに図書棟の出入り口はマークされている。

 翠はともかくとして、「学園イベント」の逃げ道に地下道という藤宮ルートは使いたくない。

 俺は仕方なく行き先を変更した。

「簾条、桜香苑に抜けるからルート確保頼む」

『了解。和総、悪いんだけど一度悪目立ちしそうな場所に出てもらえるかしら? 希望は南東方面だけど、そこまであからさまな方角を選ぶとダミーだってばれる可能性があるわね。……第二駐車場の脇を抜けて、芝生広場の方へ行って。茜先輩、嵐子先輩の現在地は? ――了解です。志穂と早穂は捕まってもいいから表に出て。志穂は部室棟方面。早穂は特教棟方面へ走って。めぐはまだ待機。声をかけたら予定通りに桜林館と一、二年棟の連結部分から表に出るように。――藤宮司、図書棟の北西にルート確保』

「了解」

 簾条の指示のあと、あたりで携帯の音が鳴り始め、簾条が話していた内容に沿った情報が飛び交う。

「王子が桜並木の方へ走っていったって!」

「まじでっ!? 俺、部活の人間から姫を特教棟近くで見かけたって情報来た」

「えっ!? 俺のには部室棟って来てるけど!?」

「「「姫と王子が別行動ってことっ!?」」」

「あーーーっ! 情報が錯綜していてどれが正しい情報かわかんねぇっっっ!」

 そんな会話がところどころでなされていた。

 そして、結局はその誤報かもしれない情報に惑わされたまま誘導される。

 周りの人間が減り、俺は速やかに移動を始めた。

 その途中、会長と嵐の会話で翠が無事にピックアップされたことを知る。

 けれど、すぐには動けないようだ。

 それは周りの状況が思ったよりも厳しいということか、それとも翠の体調か?

 急ぎ携帯に意識を戻すもそれらしい数値は並んでいない。

 何かあれば俺よりも先に秋兄か姉さんが気づいて行動に出るだろう。

 それに、俺が地下道を使うといった時点でインカム通信のすべてを秋兄は傍受しているはず……。

『翠葉ちゃん、どうかした? 大丈夫っ!?』

 茜先輩の心配そうな声のあと、簾条の冷静な声が響く。

『翠葉、無理なら動かないで。一度動くと誘導の都合上立ち止まれなくなるの』

『翠葉ちゃん、大丈夫。六時半まで逃げ切れば司と翠葉ちゃんの勝ちだから。あと十分』

 朝陽の声だった。

 あと十分……。

 制限時間ありとか、そういう情報は先に言え――。

 小さく舌打ちをすると、俺は周りに注意を払いながら確保されたルートへと移動した。

 桜香苑に着き、五分と経たないうちにゲーム終了の放送が流れる。

 校舎側から発狂よろしく声があがる中、俺は自分に問う。

「明日から十一月だよな……?」

 思わず声にする程度には汗をかいていた。


 俺が図書棟に戻ると、女子は奥で着替えをしているとのことだった。

「よっ! 兄さんいい汗かきましたね」

 絡んできたのは優太。

 絡まれた腕をぞんざいに払い、とりあえず椅子に座る。

 すると、書架の奥から出てきた嵐に声をかけられた。

「司、秋斗先生が戸締りよろしくって」

「わかった」

「……着替えないの?」

「汗が引いてから着替える」

「あまり長いこと汗かいた洋服のままいると風邪ひくよ?」

「……身体が冷える前には着替える」

 そんなやり取りを終える頃にはほかの女子も着替え終わり、男子も着替え終わっていた。

 俺はこんなにも疲弊しているというのに、周りの連中はさっきの「鬼ごっこ」はすでに過去でしかない。

 漣と話す翠を見ると、心なしか顔が火照っているように見えた。

 翠が好きな男って、まさか漣か……?

 いや――だとしたら失恋はない。

 携帯に目をやると、そこには先ほどよりも上昇した体温が表示されていた。

 三十七度五分……。

 滋養強壮剤の効果とは言えない数値。

 間違いなく疲れから発熱を始めている。紅葉祭期間に客から風邪をもらった可能性だって考えられる。

 打ち上げには行かせずこのまま連れて帰りたい。

 そうは思うが胸に留める。

 モニタリングしている人間は誰もが翠の状態を知っている。

 それでも翠自身に何も言わない。翠の近くにいる俺にすらなんの連絡も入らない。

 つまり、黙認とか容認。

 明日から二日ある休みを代償に許された自由――。

 俺にそれを奪う権利はない。

 騒がしい声はしだいに遠ざかっていく。

 一気に静かになった図書室は、空調の音だけが無機質に響いていた。

 俺は、その無機質さを増すために照明を落とす。

 うるさい音もなければ煩わしい光もない。

 冷たさを感じる月明かりとこの静寂に、いつもの自分を取り戻せそうな気がした。

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