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光のもとでⅠ 第十三章 紅葉祭  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
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46~56 Side Tsukasa 07話

「ツカサは保険屋さん。いつも自分にも人にも厳しくて……。根本はすごく優しいのに、気づくまでにちょっと時間がかかる。わかりづらい優しさだけど、それに気づけたときはすごく嬉しいと思う」

 言った直後に添えられた笑みがきれいだと思った。

 目が潤んでいるからそう感じたのか、後夜祭というイベントや炎の演出効果かなのかは不明。

 ただ、目を奪われるほどにきれいに見えた。

「笑顔の使い方は間違えていると思うけど、とても頼りになる人、かな」

「……そう」

「頼りになる人」の先を望むようになったのはいつからだろう……。

 そう遠くない過去だと思う。

 翠と出逢ってからまだ七ヶ月しか経っていない。なのに、異様に長い七ヶ月だった気がする。

 思い出そうとすればするほどに、一緒に過ごした時間を膨大に感じる。

 七ヶ月という時間は間違えようがないのに、実際七ヶ月以上の歳月を共に過ごしたような錯覚。

「ツカサにとって、私はどんな存在?」

 交換条件はどこまでも続く。

 ある意味、俺と翠の平行線はデフォルトなのかもしれない。

 それなら、こんなに距離は開けずもっと近くで――限りなく一本の線に近い距離で並行を保ちたい。

 でも、そんなことに満足していられる時間はきっと長くは続かない。

 ごく間近で並走ができるようになれば、次は交わることを望むだろう。

「頼られること」を目標としていたのに、それを得た途端にそれ以上を求めるようになったのがいい例。

 だが、並行が平行である限り、ふたつの線は決して交わらない。

「俺にとっての翠は……。一言でいうなら破天荒。予想だにしない行動に出られること多々で、おちおちしていられない。目を離したが最後――そんな感じ」

 どんな顔をして聞いているのか、と隣を見てみると、翠の顔は髪で隠れて見えなかった。

 たぶん泣いている。理由はわからないけど、翠がこんなふうに顔を隠すときはたいてい泣いている。

 今の翠は何がスイッチになって泣くのかすら予測ができない。

「翠……」

「何、かな」

「前見て歩かないと危ないと思う」

「うん。でも、足元も危険だからね」

「じゃぁ、ひとつ」

「何?」

「観覧席にぶつかる寸前」

「えっ!?」

 慌てて顔を上げた翠はやはり泣いていた。

 前方を視界に入れ状況を把握すると、

「ツカサの嘘つきっ」

 威勢よく文句を言われる。

「あぁ、今始めて嘘をついたかもな。……っていうか、情緒不安定にもほどがあるだろ? 昨日から何度泣いたら気が済むんだか……」

「そんなこと言われても、涙腺が壊れたみたいに勝手に出てくるっ」

 涙が止まらなくなるような感情を翠は自己完結させることができるのか、と問い質したい。

 泣き顔が見たいわけじゃないけど、自分の前で泣かれている分にはまだ許容できるし対処のしようがある気がした。

「座って」

 翠を観覧席に座らせ、自分のマントの中に収納する。

 ほかの人間から見えないように、自分だけに翠の声が聞こえるように。

「十数える。だから、その間に泣き止め」

「……十じゃ足りない」

 篭った翠の声が聞こえた。

 それと同時に、声が腹のあたりに響いた気がした。

 確かに音は振動して伝わるんだな、なんて当たり前すぎることをいちいち再確認する。

「繰り返し数えてやるって言っただろ。壊れるたびにリカバリーしてやるって……。保証期間は俺が死ぬまで半永久的」

 これは記憶をなくしたあとの出来事。

「忘れたとは言わせない」

 何を忘れたままでもいい。だけど、それだけは忘れるな――。


 俺の声は会長の放送によって遮られた。

『結果発表! 総来場者数の一位は、一年A組と三年B組の合同お化け屋敷でした! 得票ポイント最多は写真部とコーラス部が同票同順位! ですが、MVPに輝いた三年A組里見茜がコーラス部にボーナスポイントを加算したため、コーラス部の勝ちです! 以上、紅葉祭の上位発表でした』

 曲がフォークダンスに戻ったかと思えば、次なる声が聞こえてくる。

『はーい、観覧席に座ってる人も立ってる人も、みんな輪に加わって踊ってくださーい! フォークダンスなので、ペアになる相手がいなくてもOK! 曲が終わったら鬼ごっこ開始です。逃げるのは生徒会メンバーでおなじみ、姫こと御園生翠葉と王子こと藤宮司。レッツ、姫と王子を捕まえろっ! です! 捕まえた暁には俺が撮ったふたりのプレミアムベストショットをプレゼント! さぁて、王子に姫、用意はいいですかっ!?』

「なっ!?」

「えっ!?」

 俺たちの驚きに反し、周りの人間は嬉々として炎の周りを囲み始める。

「翠、とりあえず逃げるから」

 俺は翠の手を掴み、引き上げるようにして階段を上った。

 会長に限ってあの写真を表に出すとは思っていないが、万が一ということもある。

 とりあえず、ルールの概要くらいは知らされてしかるべき。

 俺は即座に通信を入れた。

「会長、どんなルールですか」

『捕まらずに図書棟へたどり着けたら君らがウィナーってことで』

 たったの一言で通話を切られた。

「翠、とりあえず校舎裏っ」

 表から行くよりも裏の方が木々が多い。もし翠が動けなくなったとしても、木の陰に隠して自分が表に出れば注意を引けるはず。

 頭の中でいくつかの逃げ道を考えていると、流れていた曲が止まった。

「曲が――」

 と口にしたのは翠。インカムからは茜先輩のカラっとした声が聞こえてきた。

『翠葉ちゃーん、ごめんねー? 曲が終わっちゃったみたい』

 先輩ではあるものの、訂正を強要したくなる。

「終わっちゃったみたい」ではなく、「明らかに終わらせただろうっ!?」と。

 次には朝陽の声が聞こえてきた。

『一陣速いよ。もう観覧席を登り上り始めてる。翠葉ちゃん、気をつけてね。司、Good luck!』

 ふざけるな……。

 俺は逃げ道確保のため秋兄に連絡を入れた。

「秋兄、まだ校内にいる?」

『あぁ、いる……っていうか、何か始まったみたいだけど翠葉ちゃんは大丈夫なのか?』

「主にそのことで頼みがあるんだけど」

『わかった。できる限りのフォローはする』

「俺と翠が図書棟に戻れれば俺たちの勝ちらしい。一応それを目標にはするけど、最悪、俺が表に出て翠を地下道に下ろす」

『誰が誘導する?』

「そんなの決まってる。騒ぎを起こした人間たちに回収させる」

『なるほど。とりあえず、警備員はいつでも動かせるようにしておく』

「助かる」

 通信を切ると翠がいなかった。

「翠っ!?」

 俺、いつの間に手を離したっ!?

 後方に翠の姿を見つけたが、そのまた後方に生徒が見え、咄嗟に木の陰に身を隠した。

 翠まであと少しだったが今は動けない。

 もう少し――あと少しで翠がこの木の脇を通る。

 その瞬間に翠の腕を掴み引き寄せた。

 目立ちすぎる水色の衣装をマントの中に隠し、声を発しないように手で口元を押さえる。

「姫ーっ!?」

「今、絶対にいたよな?」

「いたいた。あれー? アリスの格好って暗くっても意外と見つけやすいはずなのに」

 マントの中に収納して正解……。

 胸元から、「行った?」と小さな声が聞こえてきて、「行った」と答える。

 顔だけ出してやると、翠はほっとしたように息を漏らした。

 そんな音すら聞こえる距離。

「ツカサ――」

 翠が声を発したと同時にほかの声も聞こえてくる。

 翠は咄嗟に自分の口元を両手で覆い、息も止めたのではないか、と疑うくらいに身体を硬直させた。

 そこまで硬くならなくて大丈夫だから……。

 抱き寄せる腕に力をこめたのは無意識だったと思う。

 何も考えず、このまま抱きしめていられたらいいのに……。

 腕や胸に翠の体温を感じ、艶やかな長い髪からは鼻腔をくすぐるハーブの香りがする。

 この時間がずっと続いたら、これほど近くにずっといられたら――。

 そんなことを考えていると、周辺を探す人間の声が聞こえてきた。

 会話内容はどれも翠にまつわるもの。

 翠が運動をできないということが周知され、徐々に翠についての誤解も解け始めたらしい。

 誤算があったとしたら、「話しかけてみたら話しやすい子だった」というもの。

 男性恐怖症の噂もちらほらと出回りつつあるらしいが、紅葉祭準備が始まってからというものの、翠に近づく男が如実に増えた。

 問題は多々あるものの、呼び出していた一部の女子とも和解し打ち解けているという話なら青木から聞いている。

「へ~……。なんつーか、あの藤宮に平気で物申す人間は今までいなかったよな?」

 本当に――そんな人間は翠が初めてだったんだ。

「最初は単にかわいいだけかと思ってたんだけど、ちょっと不思議な子だよね」

「藤宮くんのあんな顔めったに拝めないよ~。誰か写真撮るの成功してる人いないかな?」

 紅葉祭が終わったら、肖像権についてくどいくらい記したプリントを配布しようか……。

 俺は真面目にそんなことを考えていた。

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