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光のもとでⅠ 第十三章 紅葉祭  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
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46~56 Side Tsukasa 06話

 翠は複雑そうな顔でおどおどとしている。

「右手はこのまま。左手は俺の肩」

 翠は言われたとおり、俺の肩に手を置いた。

 それを確認してから自分の右手を翠の腰に添える。

 翠の身体がビクリと震えたのは気のせいじゃない。

「つ、ツカサっ、せっかくだから好きな人を誘ったら?」

 それは俺の右手が原因? それとも、やっぱり好きな男にこういう場を見られたくないから?

 この学園において、俺と踊っている相手を略奪しにきそうな人間がいるとは思えないが……。

 あぁ、そのくらいなら翠にもわかるのかもしれない。だからこそひとりになりたいと……?

 悪いけど、そんな考えを察してやるつもりは微塵もない。

「相手は俺の気持ちすら知らない」

 翠があくまでも俺の好きな女を材料に話すのなら、その話のまま返してやる。

「……告白、しないの?」

「そうだな……」

 今思えばそれっぽいことは何度も言ってきたように思うが、直接的な言葉を口にしたことはなかった。

「こんな場で言ったら逃げられるか、フリーズするんだろうな。……もしくは、告白しても気づかないか」

 そんな行動に出ずとも翠はぎこちなく俺に寄り添っている。

 腰に添えた手を離したら、「観覧席で見ている」と即座に逃げられそうだ。

「……そういう人なの?」

「そう。意外と扱いが難しい人間」

「意外と」というよりは、完全に持て余している。

 翠の操縦なんて一生かかってもできない気がする。

 初めて会ったときから変な反応が返ってくる人間だとは思っていた。それを新鮮に感じて興味がわいたわけだけど、面白いと思っていられたのはいつまでだったか――。

 気づいたら自然と目で追うようになっていて、感情はいつしか「気になる」を通り過ぎ、「好意」というものへ変化していた。

 翠はどんなふうにその男を好きになったのだろう……。

 知りたくて知りたくないことばかりだ。

「翠こそ、言わないのか?」

「え……? 何を?」

「……好きなやつに告白。相手は、秋兄?」

「……ち、違う」

 咄嗟に否定したとも思えなくはないが、ここで俺に嘘をつく必要はない気がした。

 だとしたら、本当に違うのかもしれない。

「……ふーん、意外。俺の知ってる人間?」

「……秘密」

 秘密と言われるのなら、秋兄は圏外に入らない。

「別に隠してるわけじゃないよっ!? ただ、このまま話していったら全部話しちゃいそうな気がするから、黙秘っ」

「……それ、つまり俺に言いたくないって言ってるようなものだと思うけど?」

 翠は今気づいた、という顔をして瞠目する。

 そして、唇を一度引き結んでから話し始めた。

「言えることがあるとしたらね、この人が好きなんだってわかったときにはもう失恋が決定していたの。でも、すぐには諦められそうにないから……だから、もう少し好きでいたいな――」

 秋兄が相手で失恋はあり得ない。それなら誰を……?

 翠に視線を落とすと、頭の角度が変わっていた。

 今は思い切り下を向いている。

 次の瞬間にはきらり、とオレンジ色に光るものが落ちた。

 それは、炎が映ってオレンジ色に光った涙。

「……泣くくらいなら言わなくていいものを」

「ごめんっ、昨日いっぱい泣いたのにまだ泣き足りないみたいで――やだ、どうしよう……。私、顔を洗いに――」

 肩に乗せられた手が浮いた瞬間、俺は翠の腰を引き寄せた。

 俺との会話で泣いたのなら、俺に責任を取らせろ。最後まで面倒を見させろ。だいいち――。

「そんな顔で離れるな。……泣くならここで泣け」

 泣き顔を見られたくないのなら見ないでいてやるから……。

「そもそも、チークダンスってこういうもの。顔が見えないほうが都合いいだろ」

 ゆったりとした曲に身を揺らしつつ、俺はバイタル装置を知った日のことを思い出していた。

 翠は覚えていないが、あの日、仮眠室に篭った翠を同じような理由で抱きしめた。

 あのとき、生まれて初めて人を抱きしめたと思う。

 俺はいつ翠を好きになったのだろう。

 あの日苛立ったのは、単に自分に隠し事をされていたからなのか……。

 今となってはもうわからない。


 少し時間を置いても翠は泣き止まなかった。

「……そんなに好きな相手?」

 翠は小さく頷いた。

「翠なら告白すれば一発OKな気がするけど……」

「意味わからない……。それを言うならツカサが、でしょう?」

「俺のは相手が悪い……。本当に、嫌になるほどうまくいかない」

 実際のところは相手が悪いのか自分が悪いのかすらわかりかねる。

 恋愛経験値や恋愛偏差値なんて言葉、俺には無縁だと思っていた。

「経験値ゼロ」というものに、ここまで影響を受けるとは思ってもみなかった。

 何をするにも手探りで、何を探っているのかすらわからなくなることがある。でも、すべてにおいて後手に回ってしまったのは、臆する気持ちの表れでもあっただろう。

 経験値がないとかそういうことではなく、消極的なそれがすべての行動に反映していたように思える。

 ならば、変えるべき部分はかなり明白だ。

 保守的な自分は捨て、受動から能動の姿勢に変われ――。

「翠の好きなやつって風間?」

「違う……くないけど、秘密」

「何、今の答え……」

「……だって、私が話せる人や話したことのある人は限られているでしょう? だから、風間先輩じゃないって言ったら限られた人数から頭数ひとり減っちゃうもの……。そしたら、もっと当てやすくなるでしょう? だから秘密」

「その時点で違うって言ってるようなものだと思うけど?」

 なんか、さっきも同じような会話をした気がする……。

「え? あ、わ……違うっ。違うけど違わなくないのっ」

「それ、日本語として成立してないから。あと、秘密にしておきたいならもう少し声のトーンを落としたほうがいいと思う」

 そうは言ったが、周りにたくさんの人間がいるわけじゃない。

 十分な間隔がある中でそれぞれのペアが踊っている。

 チークタイムに踊る人間は想いを通わせたペアであることが多いため、フォークダンスやワルツのときのような混雑は見られない。

 長い一曲が終わり翠を観覧席へと誘導しながら、

「翠の好きなやつってどんな人間?」

 今を逃がしたら訊けなくなりそうで、訊きたいことは全部訊いてしまおうと思ったのがすべての始まり。

「翠の好きなやつがどんな人間なのか知りたい」

「えっ!? 誰かなんて教えないよっ!?」

 翠の耳は大丈夫だろうか……。

 もしくは耳に聞こえたものは正常でも、それらが脳に伝わるときに奇々怪々な変換がなされるとか?

「……名前を知りたいとは言ってない」

「……ツカサも同じことを教えてくれるなら言う」

 意外な切り替えし……。

 でも、こんなのはよくある交換条件ともいえる。

「とりあえず、鈍い。たぶん、あれの上を行く人間はいないだろうな。いたとしても、一切関わりたくない。それから、真っ直ぐ。相手がなんだろうとかまわないっていうか、自分の中にしっかりとした基準を持った人間。あとは……今まで会ったことがないくらい感受性が豊かな人間」

 きっと、俺が自分の持ち得るすべての情報を話したところで、翠は「自分」という答えにはたどり着かない。もっと直接的な言葉を使わない限り、気づきはしない。

 そんなことは何度も思ってきて、今となっては確信に到達している。

「次、翠の番」

 翠は少し考えてから口を開く。

「……すごく、優しい。いつでも優しい。その人がいるとほっとする。ドキドキするのにほっとするの」

 頬がわずかに緩んだ気がした。

 きっと、その男を思い浮かべながら話しているのだろう。

 翠の頭の中をどれだけその男が占めているのか、と考えると、少し複雑な心境になる。

 翠は最後に「変だよね」と俺に向けて言葉を発した。

「別に変だとは思わないけど……。俺も……それと一緒にいるときは素の自分になれる気がする」

「素の自分」とは、取り繕うことを何もしていない自分。

 つまり、それだけ感情が表に出やすい状態なわけで、悔しいことに、取り繕う余裕がないだけという事実。

「気づけばペースは乱されっぱなし。自分の思いどおりにいくことなんてひとつもない。でも、それを煩わしいとは思わないし、逆に気になって仕方がない。挙句、目の届くところにいてほしいと思うから謎。自分すら知らない自分を引き出される」

 翠は少し口角を上げ、薄く笑みを浮かべた。

「気持ちが伝わるといいね」

「言葉にしないと無理ってわかってるからそのうちどうにかする予定」

「……そっか」

 あとどのくらいのヒントを与えたら気づく……?

 いや、わかってる……。「ヒント」くらいじゃ気づかないなんて百も承知。

「翠は?」

「……私は――言うつもりがない、かな……」

 俺はその返答に驚いた。

 こんな気持ち、ずっと内に秘めていられるわけがない。

 少なくとも、俺は想うだけで自己完結なんて無理……。

 俺はその疑問を直接翠に問う。

「なんで?」

「だから、失恋決定ってさっき話したでしょ……」

 翠の声が硬質なものに変わる瞬間だった。

「翠……」

「ん?」

「翠にとって俺って何……」

 今俺が一番知りたいこと。

 翠にどう思われているのかを知りたい。

「普段人にどう思われているのかなんて気にすることはないから訊いたことはない。でも、今はなんとなく知りたい。……教えてくれないか」

 気持ちも伝えずにそれを知りたいと思うのは、卑怯だろうか――。

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