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光のもとでⅠ 第十三章 紅葉祭  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
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46~56 Side Tsukasa 04話

 時刻は二時半を回っていた。しかし、姉さんからの連絡はない。

 翠はまだ起きないのだろうか……。

 携帯を見ると少しの変化が見受けられた。

 脈拍が増え血圧は少し下がっている。

 それらが教えることは体位を変えたということ。

 ……起きたのか?

 バイタルを気にしつつ会計作業を進めていると、イレギュラーな個別通信が入った。

 こちらの使用チャンネルを問答無用で変えてくるのは警備サイドか身内くらいなもの。

 さっきは秋兄だったがこのタイミングなら姉さんが濃厚。

『秋斗と司、聞こえてる?』

『聞こえてる』

「こっちも平気」

『翠葉、二時すぎに起きて今はクラスに戻ってる』

『何があったのか訊いても……?』

『……インターハイの予選、司の試合の日のことを思い出したって言ってたわ。話している最中に倒れたっていうのが周りの人間の証言。その日にあったことは一通り思い出せたみたいだけど、ほかはまだみたいね』

 インハイ予選――あの日、翠は中学の同級生に二度絡まれた。

 よりによってなんでそんな日の記憶を思い出す? ――さっきの男。

 鎌田公一という名前が脳裏に浮かぶ。

 あの男が翠に直接害がないとしても、これ以上は関わらせたくない。

 あんなメモ、早々に破り捨ててしまえばよかった。

『司? あんた聞いてるの?』

「あ、悪い……」

『とにかく、また翠葉が記憶を取り戻そうと躍起になるかもしれないから、あまり刺激するようなことは言わないように』

「わかった」

『じゃ、そういうことだから』

 通信が切れ、窓に向けていた身体をテーブル側に戻す。と、茜先輩に声をかけられた。

「翠葉ちゃん、クラスに戻ったみたいね?」

 なんでそれを知って――。

「今、桃から通信が入ったの」

 それでか……。

「海斗は戻ってくるけど、桃は何か気になることがあるみたいだったから、翠葉ちゃんと一緒にあと一時間クラスに残らせることにしたわ。こっちには実行委員が一段落ついた時点で佐野くんが助っ人に来てくれることになったから」

「了解です」

「翠葉ちゃん、大丈夫なのよね?」

「はい……。体調には問題ないみたいです」

「良かった! 翠葉ちゃんがいなかったら後夜祭の楽しみが減っちゃうものね!」

 茜先輩はにこりと笑い、戻ってきた海斗と交代して図書室を出ていった。


 三時を回り翠たちが図書室へ戻ってくると、簾条が意味ありげな視線を投げてよこした。

 無言で呼びつけられたことを不服に思いながら、適当なファイルを手に書架へ向かう。と、簾条は書架に背を預け、待ち構えるように立っていた。

「言うまでもないとは思うけど、翠葉のこと少し気をつけてあげてほしいの」

 簾条がこんなことを言うからには何かあるのだろう。

「記憶の一部が戻ったみたいだけど、戻った部分がまずかったわ。思い出した箇所はあんたのインハイ予選の日。あの日の出来事はほとんど思い出せたみたい」

「それならさっき姉さんから聞いた」

「……昨日は割と普通に接客できていたと思う。でも、保健室から戻ってきてからは一度も男子のいるテーブルにオーダーを取りに行かなかった。……というよりは、行けなかったぽいわ」

「っ……!?」

「本人に自覚はなし。昨日の奈落での一件もあるから――だから、気をつけてあげて」

「わかった」

 簾条は書架を出ると、何事もなかったように翠のいるテーブルに着いた。


 四時になると一般公開が終わり、来場客が携帯する発信機の追跡作業に移行する。

 生徒会に支給されているパソコン二台と警備から借りているパソコン二台。

 それからカウンター内に取り付けられているモニターの計六台に生徒会メンバーがつき、風紀委員と実行委員にそれぞれ情報を流す。

 このときばかりは放送委員もふたりを残して全員が誘導に出る。

 誘導作業には警備員も充当されるため、三十分強で来場客を外へ出すことができた。

「さてとっ! こっからはお待ちかねの後夜祭だよー!」

 会長は高めのテンションを維持したまま放送ブースに入っていった。

『みんなお疲れ様ー! 五時から後夜祭が始まるので、各自衣装に着替えたら校庭に集合! 用務員のおじさんがキャンプファイヤーに火を入れてくれたらミュージックスタート! 最初はフォークダンス。そのあとはお決まりのワルツとチークタイムに移行します! 自力でパートナーゲットしてね! それから、後夜祭の一番最後に鬼ごっこ大会するから余力残しておいてよー!』

 外から聞こえてくる雄たけびのような声にうんざりする。

 自分に用意された衣装はさっき嵐に見せられた。

 なんで俺が吸血鬼なんだか……。

 衣装にはまたしても「マント」が含まれる。

 姫と王子が決まった際にもマントを羽織わされた。

 そのときのものと比べると、今回のはやたらと長くて重い。

 秋冬仕様とでも言うのだろうか。

 衣装に着替え、周りを見回して思う。

 漣や海斗、会長よりもましだと……。

 漣は誰がかぶっても頭でっかちになるであろう、半着ぐるみっぽいジャックオウランタンに扮している。そのうえ、マントが緑と最悪を極めている。

 海斗は明日から十一月だと言うのに半袖という薄着。

 会長は寒そうには見えないが、狼の耳に尻尾、手にはアームウォーマー。着ぐるみを着たほうが早かったんじゃないのか、と思わなくもない。

 朝陽は三銃士らしく、優太は――なんの王子役だか忘れた。とりあえず、嵐とセットで王子の格好。

 俺と優太は似たような服装だが、徹底して色彩が違う。

 俺が黒多めの白黒に対し、優太は白を基調とし、トルコブルーに金糸の刺繍が施された生地を裏地やジレに使った華やかな衣装。

「司、小道具忘れてる」

 優太に言われ、なんのことかと視線で尋ねる。

 この、羽織たくもない長ったらしいマントだっておとなしく羽織っているというのに……。

「ほら、牙つけろよ。せっかく嵐子が用意したんだからさ」

 と、半ば強制的につけられた。

 その直後、書架から女子たちが出てきて翠と一瞬目が合ったものの、それはすぐに逸らされる。

「見て見てっ! 赤ずきんかわいい?」

 茜先輩がターンして見せれば、会長が「かわいいかわいい」と絶賛する。その隣では嵐が優太と手をつないでいた。

 あれはふたりの世界に入る数秒前だろう。

 簾条は俺と同じくらい長いマントを羽織っているものの、それの色は白と赤。手に持っている王笏にはハートモチーフがついていることから、ハートの女王と見て取れた。

 翠は――視線を移したとき、

「も、桃華さんっ、校庭へ行こうっ?」

「翠葉っ!?」

 翠は簾条の手を掴んで図書室を出ていってしまった。

 後ろ姿からわかったもの。

 水色のワンピースで、腰の辺りに白いリボン。前から見たときは白いものの面積が多かった気がする。

 そんなことを考えながら図書室を出る。

 外は街灯やランタンの光がなかったら真っ暗だっただろう。

 もう陽は完全に沈んでいるし、桜香苑から吹いてくる風もかなり冷たいと感じた。

 翠はあの格好で大丈夫なのか……。

 前方に視線をやると、またしても簾条に呼びつけられる。

 インカムでは呼び捨てで名指し。図書棟へ戻ってきたときも無言で呼びつけられた。

 そのどれもが無駄なものではなかったから文句は言わなかったが、呼びつけられて愉快なわけがない。

 そこに翠がいなければおまえが来い、と視線を返すところだ。

 俺が一歩踏み出すと、翠は簾条の陰に隠れた。

 簾条のマントを握る手に力が入っているのが見て取れる。

 そんな翠の状況を知ってか知らずか、

「姫のエスコートは王子でしょ?」

 と、俺に翠を差し出した。まるで生贄か何かのように。

 が、その手はすぐに消失。翠は勢いよく引っ込めた。

 いつもなら間髪容れずに問い質すところだが、今はとりあえず簾条に話を振る。

「……っていうかそれ、アリスっぽいけど?」

「そうね。あんたも吸血鬼だし。……間違っても翠葉の血とか吸わないようにね?」

 簾条は笑みを浮かべ、俺たちに背を向けて立ち去った。

 俺と秋兄を一緒にしてくれるな……。

 翠に視線を戻せば、キョロキョロとしていたのも束の間。視線は図書棟脇の階段下に固定されていた。

 視線の先では会長たちがこっちを見て手を振っている。

 俺は小さくため息をつく。

 ため息というよりは翠と話すための前準備、言わば深呼吸みたいなもの。

「今日も俺を避けるつもり?」

 訊くと、翠の眉がハの字型になる。

 それはきっと、「ごめんなさい」か「困ってます」のサイン。

 わかってはいるけど、俺もここだけは譲れない。

「そういうのだけはやめてほしいって言ったはずだけど」

「ち、違うのっ」

「何がどう違うのか教えてくれないか?」

 俺が一歩近づけば翠も一歩下がる。どこまでいっても平行線。

「翠……俺は昨日のほかに何をした?」

 訊かないことには始まらない。教えてくれなければわからない。

 俺はきっと、これから何度でもこんなふうに翠と向き合っていくことになる――。

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