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光のもとでⅠ 第十三章 紅葉祭  作者: 葉野りるは
本編
10/110

10話

 蒼兄たちのオーダーをバックヤードに持っていくと、桃華さんと鉢合わせた。

「桃華さん、お願いしてもいい?」

「何を?」

 ほんの少し傾けた顔に伴い、きれいに切り揃えられた髪の毛たちがさらりと動く。

「そのトレイとこれ、取り替えて?」

 桃華さんの返事は聞かずに素早くそれらを取り替えた。

「蒼兄のところにケーキ運んでね」

 にこりと笑って最後の一押しをすると、桃華さんは少し顔を赤らめ「お安い御用よ」と答えてくれた。


 一時間半とはなんとも短い。

 人が途切れることなく来ていたからか、あっという間に時間が過ぎていった。

 途中、お父さんとお母さんも来てくれ、飛鳥ちゃんと佐野くんをお父さんに紹介することもできた。

 栞さんと昇さんは混雑具合に身を引き、クッキーのみ買ってくれた。

 クッキーの販売は受付でできるうえ、クッキー購入者も来場者数にカウントされるのが嬉しい。

 どうやっても教室に入れるお客様は人数が限られるし、待ち時間も発生する。

「待ち時間ってなんだか申し訳ないね」

 廊下を見て思ったことを口にすると、バックヤードで次なる広告メールを作っていた和光くんが顔を上げた。

「遊園地みたいにファストパスがあればいいのにー」

 飛鳥ちゃんの言葉に「それは意味がないっしょ」と和光くんが即答。

「ファストパスは、今はダメだけどこの時間ならOKですよ、って仕組みだ。身内客にはいいかもしれないけど、それじゃ制限時間内でフリータイムを楽しむ生徒には使えない」

 和光くんは言いながら、何かひらめいたように高速でタイピングを始める。

「今から予約制度取り入れる」

 そう言ってから無言になった。

 私たちが次にバックヤードに戻ってきたときには広告メールが配信されたあとで、さらにはテーブルの半数が予約できるシステムに変わっていた。

 予約ができるのは学園の生徒のみ。つまり、フリータイムの時間制限が課せられている人間のみ、ということ。

「おっ! 早速反応あり! そうだよねそうだよね、そうこなくっちゃ!」

 言いながら受付へと歩きだした和光くんの足取りはいつもより軽やかだった。

 みんながみんな浮き足立つくらいにテンションが高い今日――そこに自分がいて、ちゃんと参加していることが未だに信じられないでいた。

 学校の行事にこんなふうに参加しているなんて、なんだか不思議……。ふとすれば、夢なんじゃないか、と思ってしまう。

 そんな中、人と言葉を交わすたびに夢ではないことを胸に刻みつけた。


 男子は白いシャツに黒のベスト。パンツは制服を使用。その上から黒いギャルソンエプロンをつけるだけなので、着替えは楽。

 女子はワンピースからワンピースに着替えなくてはいけないため、タイミングを見計らいつつ交代をする。

 結果、一時間半のウェイトレスから完全に解放されるまでには二時間近くかかった。

 教室を出ると、蒼兄が廊下で女の子三人に囲まれていた。

「……蒼兄?」

 側に行っていいのかわからなくて立ち止まると、蒼兄のほうからにこりと笑って「お疲れさん」と寄ってきた。

 すぐに海斗くんと桃華さんに視線を移し、

「桃華と海斗くんはこれから校内巡回なんだろ? それ、俺も一緒させてもらっていい?」

 桃華さんに訊くというよりも、海斗くんに訊いた感じ。

 海斗くんは何かピンときたようで、

「もっちろんっ! っていうか、俺さぼっていい?」

 と、にんまりしながら桃華さんに尋ねる。

「……いいわよ」

 桃華さんは頬を赤らめ小さな声で答えた。

 蒼兄の前だと、桃華さんがいつもの桃華さんぽくなくて少し新鮮。

「御園生さんっ、これっっっ、ありがとうございました」

 佐野くんがカードケースを握りしめお礼を言う。と、

「気に入ってもらえて良かった。それ、あると便利だからさ」

 佐野くんは再度、「ありがとうございます」ときっちりと腰を折った。

 蒼兄の視線は佐野くんの後方へと向けられる。

「空太くんともうひとりは……香乃子ちゃんかな?」

「あ、はい。初めまして、七倉香乃子です」

 香乃子ちゃんが動揺しているのが見て取れた。

 きっと、香乃子ちゃんは私と少し似ていて、人見知りの気があるのだろう。それはウェイトレスをしているときにもなんとなく感じていた。

「翠葉の兄で、蒼樹といいます。妹が今日は――いや、今日も、かな? お世話になると思うけどよろしくね」

 空太くんと香乃子ちゃんはふたり揃って「はい」と答えた。

「じゃ、翠葉。午後のライブステージ楽しみにしてる。桃華、行こう」

 蒼兄は桃華さんと連れ立って廊下を歩き始めた。

「なんか意外……」

「何なに? 蒼樹さん取られた気分?」

「ううん、そうじゃないの。なんだか桃華さんの様子がいつもと違って見えたから」

「確かに、ちょっとしおらしかったよな」

 私と海斗くんは図書棟へ向かおうと廊下を移動し始める。と、テラスから一、二年棟に向かって歩いてくるツカサと出くわした。

「ツカサ、これ、うちのクラスのクッキーなの」

 先ほど買ったクッキーをツカサに渡すと、ツカサはそれを見て瞠目する。

「……そんなに驚くこと? ……それとも、やっぱりだめだったかな?」

 海斗くんは大丈夫って言ってくれたのだけれど……。

「いや、大丈夫。お礼するからうちのクラス来て」

 ツカサのクラスはラテアート。とてもじゃないけど私が飲めるものはひとつもないだろう。

「ノンカフェインのコーヒーも用意してある。味も風味も劣るけど、香りだけならドリップコーヒーの香りを楽しめるだろ?」

 喜んでいいのか悪いのか、悩みたくなる台詞だ。

 早い話が、「味も風味も劣るけど来い」と言われた気分。

 海斗くんを仰ぎ見ると、

「しゃぁない、行ってやりますか。佐野は? おまえも行く?」

「いや、俺は姉貴たちんとこ行かなくちゃだから」

「了解。じゃ、翠葉は俺が図書室まで届ける」

「頼んだ」


 ツカサの教室は窓際と黒板側の二辺をL字型のカウンターにしてあり、等間隔にスタッフが並んでいた。

 オーダーはその場その場で取る仕組みみたい。

 メニューにはカフェラテのほかに、抹茶ラテやココアラテ、ほうじ茶ラテとかなり豊富な品揃え。

 どうやらカウンターはラテアートの難易度が高い順にスタッフが並んでいるらしく、窓際の奥が一番上手な人ということだった。

 三つのリーフを描くものや、動物の顔を描くものなど、ラテアートの種類も多種多彩だ。

 因みに、ツカサが立ったところは一番最下位の教室の入り口。

 メニューを見せられたものの、

「俺が淹れられるのはこれだけ」

 と、罰の悪い顔で言われる。

 ツカサが指差したそれはハート型。

 どうやら、クラスの人たちは準備段階で練習を積み、最低限二種類以上のラテアートを作れるようになったのだという。しかし、生徒会で忙しかったメンバーはハート型を作れるようになるのが精一杯だったらしい。

 朝のトップバッターでクラススタッフをしていた嵐子先輩と優太先輩はもういないけれど、ふたりもツカサと同じようにハートしか作れなかったという。

「司がハートだって、ぷぷぷ」

 笑うのは海斗くん。

「嫌なら飲まなくていい」

 無表情で言うツカサに、

「じゃ、俺は違う模様を作ってもらいたいからほかのところに並ぶわ」

 海斗くんはクラスの中央へ足を進め、難易度の高い窓際カウンターへと向かった。

「翠は? あっちにはリーフ型とか猫の顔とか色々あるけど?」

「え? 私はツカサが淹れてくれるのがいい」

「……了解」

 まず始めに、カップにノンカフェインのコーヒーを注ぎ、そこに泡立てたミルクを少し高い位置から流し込む。と、次にはミルクピッチャーの高さを低めに変え注ぎ足す。

 それは見る見るうちに、ハートの形になった。

「すごーい!」

「練習すればこのくらいは誰にでもできる」

 そう言って、コロンとしたハート型をこちらに向けて差し出された。

 温度が七十度くらいということもあり、飲むのにはさほど時間はかからない。ただ、飲むたびにハート型が崩れていくのがもったいなくて、少しずつ少しずつ、形が壊れないように努力しながら飲んだ。

 飲み終わって気づいたこと。

 いつの間にかツカサのカウンターには長蛇の列ができていた。

「相変わらず人気者だね」

「……嫌みだけは一端になってきたな」

 ツカサからは冷ややかな笑みが返される。

「ツカサ、嫌みじゃなくて人気者だね、って言ったのよ?」

 訂正を試みたけれど、あまり意味はなかったみたい。

 笑みは消えうせ、見られた人間が軒並み凍てつきそうな鋭い視線が返された。

「ふたりとも、いい加減本部に戻って仕事しろ」

「なんだよ、おまえが寄ってけって言ったくせに」

 海斗くんは文句を零しつつも、「ごちそーさま」とカップをカウンターに置いた。

「翠葉行こうぜ」

「ツカサ、ごちそうさまでした」

「どういたしまして」

 慌しく廊下に出ると、

「どうしたらあそこまで捻くれ者になれるんだか……」

 海斗くんが愚痴っぽく零した。

「でも、ツカサを教室の入り口に立たせるって、すごい効果的な戦術だよね?」

「え?」

「コーヒーの香りに釣られるのは当然で、廊下を通りかかってツカサが立っていたら、女の子はみんな寄っていくと思うもの。それは明日の一般客にも有効だと思うし……。しかも、ハート型のラテアートは作るのに時間がかからないから、数捌けるでしょ? すごいなぁ……よく考えてるよね?」

「いや、翠葉さん……。俺、そこまでは気づかなかったわ」

「え? そう? これ、絶対に戦術だと思うよ?」

 そんな話をしながら図書棟まで移動した。

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