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光のもとでⅠ 第十三章 紅葉祭  作者: 葉野りるは
本編
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01話

 今朝はいつもより少しだけ早くに起きた。とはいっても、蒼兄がランニングから帰ってくる時間の六時。

 幸倉から通っていたときには起床していた時間だし、病院の起床時間とも変わらない。

 いつもなら体力を温存するために、あと三十分くらいはお布団の中にいるけれど、今日明日は紅葉祭ということもあり、集合時間が七時十五分なのだ。

 口の中に基礎体温計を入れると、程なくしてピピ、という音が鳴り、小さなディスプレイに三十七度二分と表示された。

 生理前だから、このくらいの体温が妥当かもしれない。

 相馬先生がもとに戻りつつある、と言ってくれただけのことはあり、体温も三十七度五分を超えることが減ってきた。それもこれも、体調に合わせて作業をできるように環境を整えてくれたみんなのおかげ。

 ベッドの上で大きく伸びをし、隣に寝ているラヴィに朝の挨拶をする。

「ラヴィ、おはよ」

 これも今となっては日課になっていた。

 この季節は夏と比べると窓から差し込む光はだいぶ少ないものの、その光がラヴィにあたると、ビー玉のような黒く光沢のある目がよりきれいに見える。

「ラヴィ、きれい……」

 口にしたら、自分の口角が上がるのがわかった。

「さ、洗顔しなくちゃっ!」

 ヘアバンドで前髪を上げ、以前小宮さんからいただいたシュシュで髪の毛をまとめる。

 普通のヘアゴムを使うよりも、シュシュのほうが髪にあとがつかないことを知ってからは、毎朝シュシュを使っていた。

 洗面所に向かいながら、今日一日の流れをざっと頭の中で確認する。

 学校に着いたら生徒会のミーティングが十五分。そのあとは生徒会と紅葉祭実行委員の合同ミーティングが十五分。

 これらのミーティングは話し合いというよりは、主に確認作業のようなもので、問題がなければ十五分もかからない。

 予測できるアクシデントは粗方リストアップされており、対処法もあらかじめ決めてあるのだから、誰かに指示を仰がなくてはいけない状況なんてそうそう起こらないはず。

 八時には各自クラスに戻り、ホームルームで出欠確認。それが済めば、クラス展示のオープン準備が始まり、八時半には紅葉祭がスタートする。

 生徒会メンバーと紅葉祭実行委員の各学年代表は十一時半に進捗状況の短時間ミーティングがあり、その後、早めの昼食を済ませると午後のライブに備える。

 朝八時半からスタートした紅葉祭は午後一時半から桜林館でのライブへ移行する。

 生徒は全員桜林館へ移動し、人がいないと機能しない催し物をしているクラスの教室はロックがかけられ、お客様が入れない状態となる。

 それもそのはず。飲食店をやっているのにスタッフがいなければお茶もケーキも出てこないし、お化け屋敷では驚かす人もいないのだから、単なる真っ暗な迷路になってしまう。

 そのほか、たとえば美術部の展示室や写真部、映像研究部の展示室などは、警備員が立ってくれるため、お客様はライブ中でもゆっくりと見て回ることができる。


 一日目の今日は、生徒がほかのクラスや文化部を見て回れる時間は限りなく少ない。時間で言うなら、午前の八時半から一時半までの五時間のみ。

 五時間といえど、クラスの催しを運営しなくてはいけないのだから、必然的にフリータイムは限られる。

 とくに、うちのクラスは生徒会メンバーが三人と実行委員がふたり。それから、本業はクラス委員だけれどクラス委員の仕事をせずに生徒会サイドに足をどっぷり突っ込んでしまっている人が約一名……。

 三十人中六人が外にでてしまう状態なので、二十四人でクラスの催し物を切り盛りしなくてはいけないのだ。

 私たち生徒会メンバーは最初の八時半から十時までをクラスに充当することにしていた。

 その間、手が空いているクラスメイトはフリータイムとなる。

 こういうとき、少人数編成だと少し大変。

 でも、うちのクラスはこの境遇に関して誰が文句を言うでもなかった。

「ライブ、すっごく楽しみにしてるんだからね!」

 と、励ましの声ばかりをかけてもらっていた。

 絶対的に人出が少なくて大変なはずなのに……。

 焼き菓子を作るために調理室とクラスを行き来する人がふたり。バックヤードで盛り付けやプレートの洗い物をする人が四人。受付とホールスタッフが男女合わせて六人。全部で十二人。

 三十人編成なら、二グループ作ってもフリーになる人が六人いるはず。けれども、私たちが抜けることもあり、二十四人で二グループ。ぎりぎりの人数でカバーしなくてはいけない。

 忙しくなるんだろうな、と思えば、クラスをあまり手伝えないことが申し訳なく思えてくる。すると、

「翠葉ちゃん、イレギュラーってそんなに悪くないと思うの」

 そう言ってくれたのは希和ちゃんだった。

「確かに人数が少なくて大変なこともある。でも、そういうのをみんなでがんばるから連帯感が生まれるのだと思うし、ほかのクラスが味わえないものをうちのクラスは味わっているのだとしたら、それは得だよね?」

 そんなふうに話てにこりと笑ってくれた。

「私はカノンが実行委員になったこともすごく嬉しいし、カノンがクラスにあまり顔を出せない分、私ががんばろう、って思う。……たぶんね、みんな同じだよ? 翠葉ちゃんや海斗くん、桃ちゃんたちがこの紅葉祭の要でがんばってくれているから私たちが楽しめるものになる。さらには紅葉祭を支えるのが各々の団体の催し物や展示物っていうのなら、私たちはそこでがんばれるよね。だから、翠葉ちゃんは自分が必要とされている場所でがんばればいいんだよ。誰にも何も悪いことはしてない。もし、引け目とか感じてるのなら、私許さないよ? これと同じこと、カノンにも言ったの。引け目を感じる程度の仕事しかしてないんだったら、もっとがんばってこいっ! って」

 途中、怖い顔をしたけれど、それはつくりもので、最後にはいつもの笑顔を見せてくれた。

 こうやって、クラスメイトは私の心を掬い上げてくれる。

 何度落ちて何度沈んでも、そのたびに掬い上げてくれる。

 ――みんな大好き。

 とても優しい人たち。

 私も自分のことばかりではなく、人を思いやれる人になりたい。人に、手を差し伸べられる人になりたい――。


 洗顔を終え自室に戻ってからは、化粧水で肌を整え櫛で髪を梳かすだけ。今日は髪の毛を結わえずに来てほしい、と嵐子先輩に言われていたから。

 目の前に置かれているとんぼ玉を見て少し考える。

 今日はこれを使って髪の毛を結ぶことはできない。でも、不安になったとき、これがあるとなんなく落ち着く。

「……やっぱり、持っていたい」

 デスクの引き出しから持ち手がブルーのハサミを取り出しゴムを切り、とんぼ玉をもらったときに付いていた短いチェーンに通して身に着けた。

 夏服では無理だけれど、冬服ならば、ブラウスで隠れて見えなくなる。

 髪の毛につけていたときのように、咄嗟に素手で触ることはできないけれど、「ここにある」というだけでも安心材料になる気がした。

 毛先を丁寧に柘植櫛で梳かしながら、さらに頭の中で流れを追う。

 一日に二回ある校内巡回は沙耶先輩と一緒に回ることになっている。

 準備段階では生徒会と実行委員が校内巡回をしていたけれど、実際にお祭りが始まれば、生徒会も実行委員も持ち場に拘束されることが多くなり、隅々までの巡回はできなくなる。そんなときに力を貸してくれるのが風紀委員。

 私は今まで校内での仕事をあまりしたことがなかった。

 最初の頃は実行委員と合同ミーティングにも出ていたし、数回だけれど校内巡回をしたこともある。けれど、早々に会計作業で図書棟に缶詰になってしまったし、そのあとはゲストルームでの作業に入ってしまった。

 ……不安はある。でも、きっと大丈夫。きちんとやれる。

 時に人は、思い込みや勢いで乗り越えられることがあると思う。きっと、今日はそんな日。

「がんばろう」

 鏡に映る自分に向かって気合を入れるように声を発し、制服に着替えた。

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