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或彼の話

掲載日:2014/07/04

男はいつもアイスコーヒーを飲みながら、窓際で読書をしていた。

誰にも邪魔されずに読書をしている時は、幸せだった。

最近は便利になったもので、薄い端末一つで何冊もの本を持ち歩ける。

それなりに速読の彼には嬉しい時代だ。

もう鞄が本でパンパンになる事もない。

一冊読み終わってしまって、手持ち無沙汰になる事もない。

彼は自身でも小説を書いていた。

本人は一人前の芸術家気取りだが、その実ただのプータロー。

会社勤めや学生を、不自由な奴らと笑いながら、笑われているのは彼の方なのだ。

金もなく、妻には苦労のかけ通しだった。


一人前の芸術家気取りだが小説で食えない彼は、アルバイトをしていた。

日当いくらのアルバイト。

入ってくるお金より出て行くお金の方が多く、当たり前のように生活に窮していた。

しかし、金は無くても腹は減る。

彼はなけなしの金で特売の唐揚げ弁当を買った。

唐揚げとご飯を食べ、唐揚げの下のパスタを口にして笑われた。

このパスタは、唐揚げの油を吸うように入っているらしい。

今まで何の疑いもなく口にしていたが、そう言われると、途端に味も素っ気もなく感じる。

金がある奴は、食べないのかもしれない。

まるで太宰の水仙だ。

もっとも、あちらは蜆汁の蜆だったが。


彼は自身を軟派だとは思わない。

浮気や不倫をするつもりもない。

そんな行為を汚らわしく思う。

しかし、妻のいる身でありながら、他の女性と寝ることもある。

彼にも言い訳があるのだ。

気障な、気取った言い方をすると、恋する女性ひとと愛する女性ひとは、違う。

下卑た言い方をすると、一晩共にしたい女性ひとと妻にしたい女性ひとは、違うのだ。

そこに気持ちがあるかどうか。

快楽だけを求めているかどうか。

ただ可愛い可愛いだけを言っていればいいのなら、そんなに楽な事はない。


彼は人生に疲れていた。

きっと、自分は大成する事はないだろうとわかっている。

妻には苦労しかかけず、旅行の一つも連れて行ってやれない。

そうして、自分はまた違う女性と寝る。


最低だ。


言い訳を、なんて言い訳をしようと最低だ。

考えれば考えるほど、気分が沈む。

手首を切ったくらいで死ねないのはわかっている。

だけど、止められなかった。

妻が飛んで来て、止血の処置をした。

まるで子供が怪我をしたように優しく。

涙が出た。

涙が、止まらなかった。

妻は彼をそっと抱きしめた。

彼は、いつまでも泣いていた。

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