王都
王都の賑わい様は初めて見るものだった。大路は壁に沿って小間物屋が並んでいるにも関わらず、多くの人が行き来している。
ウォンサナは長靴を鳴らしながら人の波の合間を縫っていった。笹傘は雨風に打たれ、ぼろぼろになっている。麻絹の上着は軽くて使いやすいため捨てないが、笹傘はさすがに使えないだろう。
村長からの餞別は1500カラン、すなわち銀貨15枚。パンは1斤5カランだ。
北部に比べて中部は暑く感じる。まだ夏が抜けきっていないようだ。
ドンと誰かと肩がぶつかった。
「すみません」
ウォンサナはそのまま立ち去ろうとした。だが、その前に肩を掴まれ、進行を阻まれた。
「小僧。ぶつかっておいてその謝り方はなんだ」
ウォンサナは振り返った。屈強そうな大男で、肩には長剣を担いでいる。
「すみません。先を急いでいるもので」
ウォンサナはしおらしく謝った。しかし、大男は放してくれそうにない。
宿取りしないといけないのに…。
とウォンサナは心の中で眉間を寄せた。
いつの間にか、二人の周りには輪ができていた。取り巻き達は皆事の行く末を見守っている。
傘を目深に被ったままのウォンサナに、大男は苛立ちを感じた。そして背負った長剣を振り上げた。ウォンサナは小さくため息を漏らし、ジャケットのポケットからアーミーナイフを取り出した。
ウォンサナは長剣を振り上げた男の懐に飛び込むとアーミーナイフを男の喉に突きつけた。
「俺が引いたら死ぬよ」
実際は死なない。たかがアーミーナイフでは傷つけることさえできないが、彼の本気の瞳は相手を怯ませるには十分だった。男は構えたまま動かない。
「じゃあ」
ウォンサナはさっさとその場から立ち去った。
宿取れるかな…。
心配になって宿に行くと、厩なら泊められると言われた。部屋はすべて貸し出されるというのだ。
ウォンサナには初耳だったが、来月から皇帝の60歳の誕生祭が始まる。そのとき、武道好きの皇帝の為に催されるのが武術大会だ。それにエントリーしなければ、部屋には泊めてもらえないらしい。ウォンサナは女将に言った。
「女将さん、俺エントリーします」
「私に言っても…。中央局に言ってこなけりゃ。あんた武器は?」
「武器…ですか」
「武器がないと戦えないだろ。格闘技ができりゃいいが、あんたは見た目からしてできなさそうだしねぇ」「剣はどこに売ってるんです」
「どこって…うちの斜向かいさ。ヤンザじいさんの店だよ」
ウォンサナはその『ヤンザじいさんの店』へ足早に向かった。傘を取って店に入る。
「すみません」
「どうかしたかね」と声をかけたのは眼光の鋭い老人だった。
「剣を下さい。武術大会にでるんです」
老人は目を細めた。シワが刻また顔で見つめられると、品定めされている気分である。
「坊主、名はなんという」「ウォンサナです」
「剣を使ったことは?」
「全然。ラソック村から上京してきました」
老人は目を見開いた。
「ラソック村からよくもまぁ…どうしてだね」
「"ツィラ"です」
"ツィラ"とは白導師の隠れ名で鍛冶屋に名乗ったとされる。村長は鍛冶屋に行くときはそれを言えとウォンサナに教えた。
「なるほどな…証はどうたてる」
証は腕の痣しかない。醜いため、他人には見せたくないが、ウォンサナはジャケットとシャツを脱いだ。 左腕には赤くひきつった十字架のような剣が刻まれている。
「確かにな…」
老人はそう言うと奥に戻り一振りの剣を持ってきた。雪のように白い剣だ。
「これは俺が文献を参考にして打った剣だ。切れ味は悪くねぇが、幻の剣の模造品だからな、価値が高いか低いかはわからねぇ。てめえにやるよ」
ウォンサナは目を見開いた。見るからに高そうな剣なのに。
「金はとらねぇ」
ウォンサナは差し出された剣を見た。神々しいまでに白い。
「有り難くいただきます。…あの…また来てもいいですか」
老人はにやっと笑った。白い歯が赤茶けた肌によく映えた。
「いつでも来な」