巫女の言葉
近くから夢とは違うかん高い声が聞こえた。あの少女の声は穏やかで聞いていて心地よいが、この声は嵐のようである。
「…ウォンサナ、起きて」 マトラの声が耳元でガンガン響き、ウォンサナは眉を寄せた。
「…煩い。静かにしろ、マトラ」
微かな吐息のような声にマトラは悲鳴をあげた。そして村長を呼んだ。
…なぜ村長がいる。
うっすらと目を開けると見慣れない高い天井が見えた。重い体を両腕で支え、ウォンサナは体を持ち上げた。上半身だけ服が脱がされ、傷口に包帯が巻かれている。いつもは結んでいる髪もほどかれていた。
ウォンサナは近づいてきた老人に、座ったまま頭を下げた。
「色々と迷惑をおかけして申し訳ございません」
村長はその言葉に深く頷いた。
「やはり傷は深かったですか」
ウォンサナは傷口を包帯の上から触れた。痛くも痒くもなかい。不思議に思い村長を見ると、老人は静かに言った。
「そのことで話がある。マトラ、部屋から出なさい」 マトラは名残惜しそうにウォンサナを見ると部屋から出ていった。村長はそれを確認するとウォンサナに向かい合った。
「ウォンサナ、"白導師"の昔話は知っているな。腕に剣の刺青をした100年前の剣豪だ」
誰でも知っている有名な昔話だ。白導師が隣国との戦で勝利をもたらした英雄であるというものだ。
「はい」
村長は長嘆息をもらす。「今年の春節で、ザッカの大神殿に住まう大巫女様が御神託を下された。"白導師"が甦るという…そして全国の市町村長にお触れを出した」
さすがにウォンサナは苛苛してきた。だから何だというのだろう。
「……ウォンサナ。お前さんは"白導師"の生まれ変わりよ。そう、腕の傷が物語っている」
そう言われても、今一ピンとこなかった。
「生まれ変わりですか。今までそんなこと何もなかったのに、突然なんなのですか。生活は今までと変わらないでしょうに」
村長は目を閉じて、ウォンサナの言い分を聞いていた。
「そう言うのはもっともな話。だがな、王都に出立しなければならんのよ」
「…何をおっしゃっているのですか。ここから王都まで歩いて、のべ2ヶ月少しかかりますよ。それに王都に到着するまでに追い剥ぎや野犬に襲われたら、生きては…」
村長がウォンサナの言葉を遮った。
「知っておるよ。もっとも儂は戻れとは言ってはおらん。王都に骨を埋める覚悟で行ってこい。それが村に貢献する唯一の道だ」
ウォンサナは押し黙る。誰も文句は言わないのだろう。文句を言うのはおそらくウォンサナのみだ。
「…ということは、嫁を見つけるのも王都でですか」ここは重要な点だ。村にいれば、村の女をめとればいいが、王都だといい女を探すのに大変だろう。
ウォンサナが真剣に考えているのを尻目に、村長は呵呵一笑した。
「そうなるであろうな。北部とは違う美女がたくさんおるぞ。……費用は儂持ちだ。無駄遣いするなよ」
決定事項だった。もう何を言っても無駄だった。父親は反対しまい。村長第一主義なのだから。ウォンサナは諦めて、小さく息を吐くと言った。
「行って参ります」と。