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白星の聖剣♚黒星の瞳  作者: 東雲 滉那
一章 ティルカ
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 体の節々が痛んで痛んで仕方がなかった。ティルカは湿布を患部に貼ると、揺れる荷馬車の壁にもたれかかった。

 ティルカはニットの耳たれ帽子を目深に被り、ポンチョを着る。秋とはいえ、夜は寒いのだ。周りは皆寝ているが、ティルカは寝つくことができなかった。シンザ座長の指導は厳しい。ティルカが疲れても、一曲通すまで終わらない。それに加えて剣稽古もある。こちらは大分腕がたつようになってきた、と思いたい。 剣が男用だから重いのよ。

 ティルカは横に置いた剣に触れながら思った。シンザは次の町に着いたら自分用のを買えと言っていたが、女用の細身の剣があるかどうか。女用は需要が低く、鍛冶屋も打たないのだ。「道端に落ちていればいいのに…」とティルカはいい加減なことを漏らした。

 明日になれば次の町に着くトッサ街道沿いの町だ。そこではティルカの仕事はない。まだ見世物にできる状態ではないのだ。一週間滞在するが、その間に剣を探さなければならない。

 馬車が止まった。帆布の隙間から朝の光が見える。 ティルカは浅い眠りから目を覚ます。


 朝日が昇ると町の門が開き、荷馬車は町の中心を通り、広場に出た。

 座長・楽士のラフィ、アジェンダ・舞手のゼンの男四人組は荷馬車を下地に舞台を組み立てる。残る女三人組、歌い手のシェーラ・楽士のテスター・舞手のルルーは市井で呼び込みとビラ配りだ。ティルカは座長にこう言われた。

――もしも剣が見つかったら、最後の日に出してやらんでもない。

 それを耳にしたゼンが言った。

――最初のへなちょこより上手くなったからな…。2ヶ月もよく座長の重い剣で我慢したよ。トッサの町は職人が多いから、鍛冶屋も見つかるさ。

 ティルカはそれを聞いて少し安心した。

 ティルカは鍛冶屋を探すことにした。町の住人に尋ねると、この町に鍛冶屋はないと言われる。鍛冶屋に行くにはトッサの町の北西にあり、歩いて三週間のファンの町に行かなければならないという。

 次の町は確か王都だからファンの町に行くのは無理だ。

 彼女は一日目で探す当てをなくしてしまったのだ。 道端に落ちてないかな…落ちていたらそれでいいのに、とこそ泥のようなことを考える。決していい考えではないが、この際仕方がない。ティルカは今が昼前であることを確認すると、町から一歩出て、トッサ街道を散歩することにした。


 トッサ街道は雑木林に囲まれているが、広葉樹はみな赤く染め上げている。

 日が沈む前に帰ろうとするとあまり遠くへは行けないだろう。ティルカはそう思い、脇道へ逸れて雑木林の中に入ることにした。

 そんなに奥に入らなければいいだけだもの。

 雑木林とはいえ、実際は丈のある木より、実を付けた背丈の低い木の方が多く、視野は広い。

「野苺なんかがあるといいな…秋だったか春だったよね。それより栗かな」

 ティルカは胸のうちでひとり心躍らせると、どんどん奥に入っていった。

 木綿の鞄に見つけた木の実を詰め込んでいく。茸の類は毒茸だと困るので採らなかったが、栗や青い実に包まれた胡桃などティルカが確信したものを採っていく。

 気づくと木々に影ができていた。太陽は今にも沈みそうだ。

 彼女は来た道を戻ろうとしたが来た道がわからない。真剣に秋の産物を探していたため、自分が林のどこまで来たのか一向に気にしていなかったのである。ティルカは努めて平常心を持続させ、焦らないように気をつけた。

 地平線に太陽が消えるのもあと少し。ティルカは一度立ち止まり、木に手を預けた。その時、どこからか大きな黒蝶が現れ、指先に止まった。その黒蝶は羽に銀色に輝く薄化粧をして、優雅に羽を動かしている。一瞬目が合った気がした。 蝶はそのまま指を離れ、前に進む。

 何かに引き付けられるように体が前へ前へと進み出した。蝶はゆっくりと飛んでいく。ティルカはゆっくりとしか前に進めない。

 とうに日は暮れていたが、蝶の薄化粧は暗闇で光り輝いてティルカの目にはそれしか見えなかった。

 先の方にぼんやりと大きな蛍火が見えた。蝶と同じ色の煌めく銀化粧。

 蝶とティルカはそれに向かっていた。蝶はそれに近くなると滑るように飛んでいき、その光と一体になった。するとそれはますます輝きを増し、第二の月明かりのようになった。

 ティルカは恐る恐るそこを覗きこんだ。

「……剣」

 光の中心には細身の剣が横たわっていた。手を伸ばし柄をしっかと掴む。すると光は凝縮し、剣にまとわりついて硬い鞘になった。 軽いわね。細身だから女用だわ。

 さて、ここからどうしよう、とティルカが辺りを見渡すと視界に明るい灯火が映った。いつの間にか町のすぐ近くまで歩いていたのだ。

「この町が城壁のない町で良かった」

 城壁があったら、日が登っている間しか門は開いていない。城壁がある町は数少ないのだが、ティルカはそのことについて知らなかった。

 疲れを忘れて、ティルカは小走りで荷馬車を停めてある広場に向かった。

 荷馬車の前にランプを持った人影が見えた。

 座長だった。足早だった足が段々と速度を増す。怒られるとは考えなかった。 自分の剣が見つかったのだから。

 ティルカは息を弾ませて座長に駆け寄る。

「剣が見つかりました」

 だが、座長は何も言わなかった。彼女が不思議に思って首を傾げたと同じ瞬間、頭の頂が鈍い音をたて、すぐに鈍痛が響いた。

「遅い。みんな起きて待っているから謝れよ」

座長の声が耳に届く。

「ごめんなさい」

 ずり落ちた耳たれ帽を目上にあげると、座長の顔が笑っているのが見えた。ティルカも嬉しくなって、口角をあげる。

「謝ったら早く寝ろ」

 座長が踵を返して、荷馬車に入っていく。ティルカはその後ろを追いかけた。

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