嵐
「冗談ですよね…脱ぐなんて」
ティルカは苦笑する。しかし、大巫女の目付きは真剣だ。
「誰も全裸になれとは言っておらぬ。生憎だが、そのような趣味は持ち合わせてない。…ただ、背に確認したいものがあるのだ」
背中…あの日からやけに痛む。昨日湯船に浸かると薬湯がしみた。
大巫女の真剣な顔つきに押され、ティルカは躊躇いがちに小袖を脱いだ。襦袢を脱ごうとすると大巫女は「脱がなくていい」と止める。
「見ずともわかる…痣だ。鞭打ち…チェーサが死んだ時と同じ傷」
大巫女は襦袢の上から右手をかざす。ほのかな桜色の光が掌から溢れ、背中に吸い込まれていく。
ティルカは背中が暖かなものに包まれて、ほっと息をついた。
「チェーサは…どのように亡くなったのですか」
自分が女将軍チェーサの生まれ変わりだとは未だに信じられない。
「当時の大巫女が牢に救出しに行った時には、すでに死んでいた。…凍死だ。何年間も大巫女の目をすり抜けて、ずっと皇帝に囚われていた。チェーサが牢で書いた手記があってな…唯一の自由が紙に残すことだった。また見せてやる」
そう言うと、彼女は眉をひそめた。
「騒々しいな…。この気配…そなた、すぐに隠れろ。皇太子だ」
顔面蒼白になった大巫女に対し、ティルカは緊張していない。
確かに試合の時に皇太子様の方を振り向いたけど…にこやかに笑っていらしたわ。背中が痛くなったのもその時だけど、関係ないだろうし。
「なにボケボケしている。几帳の後ろに布団があるから、そこにいろ」
ティルカは小袖を掴むと急いで言われた通りにした。
「大巫女様っ!スジュン殿下が…」
飛び込んできた巫女に大巫女は「今、向かいます」と声をかけた。巫女が急いで部屋を出ていくと、大巫女はティルカに言った。
「私が戻るまでここから出るな。結界を張っておく」
「はい。…大巫女様」
「ツルーシュ・リーだ。リーと呼んでくれ」
ティルカは少し考えてから、笑った。
「はい。…リー」
リーはにやりと笑うと、珠簾の外に出ていった。
「兄上。…書状なしに来られるのは迷惑です」
険を含む弟の言い方にスジュンは曖昧な笑みを浮かべる。
「イサナ…"黒星の瞳"はどこにいる」
近くにいたウォンサナはちらりとイサナを見るが、彼はポーカーフェイスを崩さない。
「そこにいるのは"白導師"――ならば"黒星の瞳"もいるはずだろう」
「ここは神官府です。王族に権限はありません」
扉が開いて女の声が響く。ウォンサナはその声に聞き覚えがあった。昨日、祭壇にいた女性だった。
「これはこれは大巫女様」
スジュンは密かに眉をひそめた。




