大巫女
「ティルカさんだけ中へお入りください」
イサナは豪奢な扉の前でそう言った。ティルカは驚いた様子を見せながら、躊躇いがちに扉の中へ消えていく。
イサナは廊下に残されたウォンサナに単刀直入に訊いた。
「正直どこまで知っているのですか」
それがレンウィンのことであるかは薄々感じられた。
「夢に出てくるレンウィンとチェーサが自分に関わっていることくらいだ。…それより、その敬語やめてもらえませんかね」
イサナは押し黙ると、再度口を開けた。
「敬語は訓練だからな。日々練習してるだけだ。…君がレンウィン様に関わりがあることを知るのは私と大巫女様だけだ。王侯貴族には言うなよ。…私も王族だが私は別だ。どこに間蝶が潜んでいるかわからん」
「今はいいのか?」
イサナは「今はいい」と口角を上げる。「私がさっき結界を張った。盗聴防止だ。……私は先祖返りだ」
先祖返りという言葉が示すのはひとつだけだ。魔力持ち――魔法が操れる。今では大巫女のみがその力を持つと言われる。ただ稀に魔力を持つ子供が生まれるそうだ。継承によってその力を受け継ぐ大巫女の魔力とは違い、彼らの魔力は使わなければ退化してしまう。そのため、彼らは魔力持ちとわかると神官府に預けられるのだ。
「特に父上や兄上には気をつけろよ。君を狙うは父上だ。今は"蒼の皇子"を捕らえようと躍起になっておられる」
ウォンサナは微かに疑問を感じ口を開きかけたが、それは騒々しい足音に掻き消された。
「術を解く」とイサナが言った。すると、空気が澄んだ。ウォンサナが驚いていると、向こうから巫女が慌てて走ってくる。
「イサナ様っ!!殿下が…スジュン殿下がお目通り願いたいと――」
イサナの顔が蒼白になった。
ティルカは部屋に入ると「大巫女様、ティルカでございます」と正式な礼をとった。
「苦しゅうない。顔を上げよ」
珠簾の向こうから低い声がする。ティルカは顔を上げた。
「中に入れ」
中…まさか珠簾の中?
言葉の意味が取れず、動かないでいると珠簾の中から大巫女が姿を現した。
「入ってこい。話が進まん」
こんなに美しい女性を今まで見たことがなかった。ティルカは胸を高鳴らせながら、珠簾をくぐる。
大巫女の書斎だった。文机や畳に木簡や大判紙が乱雑に置かれている。
「すまんな。女同士だから別に構わぬと思ったのだ」
秀麗な大巫女は畳にどかりと胡座をかくと「まぁ…とりあえず座れ」と言う。ティルカは躊躇いながらも空いた隙間に腰を下ろした。
「男はこの顔に理想を求めるから困る。…にしても、チェーサにそっくりだな」
美人にまじまじと見つめられ、ティルカはどぎまぎした。
それにしても、チェーサというのは誰のことだろう。以前にも聞いたことがある気がするのだが…。
「あの…チェーサというのはどなたでしょう」
「チェーサ…女将軍で話を通されているかもな。そなたはチェーサの生まれ変わりなのだが、知っていたか?」
ティルカは首を横に振った。彼女の話し方には耳が慣れてきた。大巫女は少し思案すると思い出したように「服を脱げ」と真剣な顔つきで言った。