記憶
ウォンサナは夢を見た。劇の一場面を見ているような…そんなことを感じた。
薄暗い…。窓は上にひとつ。机には書き散らされた紙とペンがあり、蝋燭が不気味に揺れている。固そうな木のベッドには藁が敷かれ、その上に女が倒れていた。――チェーサだった。
額にはべっとりと黒い血が固まっており、頬には殴られた痕がある。彼女は微かに目を開けると、切れた唇で呟いた。
「レ……ウ…ンさ…ま」
頬を伝う涙が痛々しい。
ガチャリと扉の外から南京錠を開ける音がする。しかしチェーサは、逃げようという素振りはおろか、身動ぎすらしなかった。
ひとりの男が扉を開けて入ってくる。彼女は虚ろな瞳で男を見た。
「チェーサ…。レンウィンはどこにいる」
チェーサに答える気はなかった。先程の拷問に耐えたのに、なぜ皇帝に言わねばならぬのか。彼女はレンウィンの居場所を知らなかった。だが、おそらく…あの地にいるだろう。
皇帝がここに来るのは、レンウィンの居場所を訊くためではない。囚われの身になって一年…同じことの繰り返し。昼に拷問を受けて、夕方に皇帝がやってくる。そして湯あみをしてから、医師に傷を治され、皇帝の寝所に喚ばれるのだ。この間まで腹にいた王の子はレンウィンの子と間違われ、産んでから殺された。つくづく宮廷が嫌になる。頭の悪い奴等ばかりだ。
今日の飯には何の毒が盛られていたのか。一昨日は媚薬だった。今日は四肢が何も感じない。…ザンカスの花かそこらだろう。
「…連れていけ」
いつもと同じ大柄な兵が自分を担いで牢を出る。鞭打たれた背が風に当たってヒリヒリと痛んだ。
もう涙は出なかった。
ウォンサナはハッと目を覚ました。背と布団が汗でびっしょり濡れている。息も少し荒かった。
あの王と同じ空気を以前垣間見た気がする。何だったか…。
一呼吸おいてから、備え付けの洗面所で顔を洗い、側においてあった服を着る。手触りがよくて高そうだ。
誰かがノックをした。
「どうぞ」
中に入ってきたのは、イサナとめかし込んだティルカだった。
「…イサナさん、やっぱり似合いませんよ」とティルカの泣きそうな声がする。
似合っている。真っ直ぐな黒髪は緩く編み込んであり、服は薄紫の木綿地だ。昨日見た巫女が着ていたのと同じである。
「大丈夫です。似合っていますから」
イサナはそう言って屈託のない笑みを浮かべる。それを聞き、ティルカは安堵したようだった。
「大巫女様がお待ちかねです。参りましょう」
イサナはにこやかに微笑みを浮かべてウォンサナを見る。しかし、その目は笑っていなかった。
昨夜何があったのか、ウォンサナは何も覚えておらず、ただイサナの行動をいぶかしむしかなかった。