祭壇
「見つけた」
心地よい声がすぐ近くから聞こえた。
ティルカが振り向くと、そこには青みがかった黒い短髪に緑色の瞳をもった一人の少年が立っていた。
「ティルカさんもご到着なさったので、お部屋にご案内します。遅れましたが…私は神官のイサナと申します」
「…最年少兵寮長で、第二皇子でしょう」
横から挟まれた言葉にイサナは微かに目を見開き、人差し指を自らの唇に押し当てた。
「ウォンサナ殿、それ以上はここでは申さぬように」
ウォンサナはイサナをちらりと見ると立ち上がった。彼らの身長はそこまで変わらず、続いて立ち上がったティルカは居心地が悪かった。なにせ自分だけ身長が低い。
「…ティルカさん。皆は無事ですよ」
柔らかな笑みと共に向けられた突然のそれにティルカは安堵の息をもらす。
よかった…無事で。
「それでは案内いたしましょう」
すれ違う神官達は皆、イサナに礼をする。
「湯あみをしてから、明日に大巫女様とお会いすることになっております」
ティルカは少し奥まった部屋に通される。部屋の中には若い巫女たちが数人並んでいた。
「お待ちしておりました、ティルカ様」
有無を言わさぬその物言いは、ティルカに逃げる隙を与えなかった。
「ウォンサナ殿には一度寄っていただきたい場所がございます」
そう言うイサナの瞳は先程とは違い、鋭くウォンサナを射抜く。
ウォンサナは頷くと何も話しかけなかった。この先にあるのはおそらく、以前夢で見たレンウィンという男に関係することなのだろう。それは前々から知りたかったことだ。レンウィンとは…チェーサとは一体誰なのか。自分とはどんな関係があるのか。
「…こちらです」
案内されたのは祭壇だった。四方を流れる聖水に囲まれ、その中心にある白い石には一人の女性が足を組んで座っている。
女性はウォンサナが今まで見た中で最も美しく、洗練された清らかさを放っていた。背に流れる真っ直ぐな髪は黒色だが、瞳は知的に輝いている。それは、右目が黒で、左目は淡い青。
「ウォンサナ殿、これを」
とイサナから水が入った杯を渡される。ウォンサナは何も考えずに杯を空けた。気付くと、体がその場から動かない。いや、動けないのだ。杯が指から落ち、床に当たって砕け散る。
女性が立ち上がり、こちらに近づいているのが見える。
目の前が霞む。意識を保つのもやっとの中、なにかがウォンサナの心に被さった。懐かしく、優しい、誰かに包まれているような気持ち。
「レンウィン殿下…」
若い女の声を耳にした後、彼の意識はゆっくりと沈んでいった。