白磁の宮
"白磁の宮"と唄われるサーシャ宮は街を出て少し外れた郊外にあるという。そこは美しい森に囲まれているらしい。
ティルカは座長の後に続き部屋を出るが、食堂を通る時、宿主に止められた。
「シンザ!外を兵が囲ってやがる」
兵が…?
いぶかしむティルカの横で座長は冷静に考える。
「もう来たか…いや、待てよ…ログ、兵が着けてる手袋の色は何色だった?」
座長と宿主は古くから親しい仲なのか名前で呼びあっている。宿主ログは先程見たばかりの記憶を思い出した。
「青…」
「皇太子かっ……ログ、あの道を開ける。…ティルカだけ、向こうに飛ばす!」「どういうことですか!?私だけって…」
座長は激しい剣幕でティルカの方を振り向いた。
「今あの皇太子の手に堕ちたら500年前の繰り返しだ――今からお前だけ宮に移す。大巫女様から『一度だけなら』と授けられた魔法だ。俺らとはここでお別れだ。また会えるだろうよ」
ティルカはシェーラの方を見た。だが、彼女はラフィに抱かれて泣いている。「みんな…ありがとう。また会おうね!」
「ティルカ、目を瞑れ。『タンシェ・クロウ・セン・ダーカ』サーシャ宮へ…」 会おうと言ってもそう簡単には会えないだろう。そう思うと涙腺が緩み、涙が頬を伝った。
「ティルカっ!」
シェーラの声が聞こえ、ティルカは咄嗟に目を開けた。
「開けるな馬鹿っ」
手を伸ばすシェーラと共に座長の焦った声が聞こえた。しかし、その瞬間、足下を何かが這った。ティルカは怖くなって、目を閉じた。
幾ばくか経った後、急に体が空気のように軽くなっる。そして、一瞬にして足場が崩れた!
「うっ……いってぇ」
下から声がして、ティルカはそっと目を開けた。目と鼻の先に見たことのある顔があった。
「あんた…」
相手の微かな息が頬を掠め、ティルカは驚いて顔を上げた。周りを見渡すとそこには見たこともない、真っ白な宮殿がそびえ立っていた。
「ここは…」
「サーシャ宮だよ。あのさ…、退いてくれないかな」そう言われてティルカは気が付いた。ティルカと彼の体勢はそう…健全な体勢とは言いがたかった。
「ごめんなさい」
飛び退くように離れると彼はゆっくり身を起こす。
「ティルカ…」
突然呼ばれ、ティルカは驚いた。
心臓に悪い!…しかも、よく私の名前覚えてるわね。この人……名前なんだったかな。
「…て呼んでもいいかな」 彼の問いにティルカは「はぁ…構いません」と少し気の抜けた言葉を返す。だが、そのような返事に彼は柔らかい笑みを溢した。
「…よかった」
別のことに気を取られていたティルカはその呟きを聞いていなかった。
ザクッと、側から草を踏みしめる音が聞こえた。