ひっかかり
「その話はお前がどれだけ国について知っているかを確認してからだ。聞いたはいいが、わかりませんでは俺も嫌だからな」
彼はテーブルの上にコップを置くと、椅子に座り直す。
「国の中枢が三府によって成り立っていることはわかるな?…その顔からすると座学は嫌いか。
三府ってのは、中府・軍府・神官府のことだ。中府は文官、軍府は武官、神官府は神官が勤めている」
聞いたことがあるようなないような…。座学をさぼって町に繰り出していたのが丸分かりだ。
ティルカが苦笑いを浮かべると、座長はため息をついて、メモ用紙と羽ペンを用意した。
「一番上に皇帝がいて、中府と軍府がある。中府には三省六部が、軍府には近衛右左林軍がある。神官府で頂点に立つのは皇帝ではなく大巫女様だ」
大巫女様のことは知っていた。一年がどのような年であるかを占い、年始に開示するのだ。それを"玉詞"という。
確か大巫女様は亡くなる寸前、優れた巫女へ今までの大巫女様の記憶を受け継がせるらしい。今の大巫女様は10年前に15歳でおなりになり、聡明で美しいと誉れ高い。大巫女が持つ権力は時に皇帝を凌ぐと言われている。
「神官府には大巫女様を頂点に、神官寮・巫女寮・兵寮と別れている」
ティルカの頭の中で何かが繋がろうとしていた。だが、繋がりそうで繋がらないそれに少しむしゃくしゃする。
座長は服の下から革紐にぶら下がった銀板を取り出した。
「…俺とあいつら三人は神官府兵寮"大巫女の目"と"耳"だ」
それは印字された身分証だった。
"大巫女の目"と"耳"!…そんなすごい人だったの!?お伽噺に登場する大巫女様の使徒…。
「朝、寮官長から伝書が来た…『使者が来る前に宮に匿え』とな」
ティルカは納得いかなかった。なぜ…
「なぜですか?…私がそこまで目にかけられる訳は」
座長はベッドの縁に立て掛けてあるティルカの剣を見た。
「その剣…"オルシャの剣"はその女将軍の剣だ」
ティルカはバッと自分の剣を見た。そんなことを突然言われても正直困る。
「"オルシャの剣"は魔剣だ…使い手を自分で選ぶ。その剣と対になるのは"テーラの剣"。雪のように真っ白な剣だと言われている」
ティルカはそれを聞き、何か引っかかるものがあった。しかし、それを考える時間を彼は与えてくれなかった。
「今から宮へ向かう。大巫女様と寮官長が首を長くしておられる。向こうで詳しい事情は聞け」
彼は立ち上がると足早に部屋を出ていく。ティルカが布団から起き上がり、剣と荷物を掴むと、急いで座長の後を追った。