ティルカ vs. ウォンサナ
ティルカは再び闘技場に降り立った。目の前に立つ者は以前に見た――。
「ティルカ対ウォンサナ」 少年…ウォンサナは朝に見た時とは違い、長めの髪を垂らしている。蒼穹を見つめる瞳は綺麗な海色をしていた。その姿はまるで太陽神の偶像さながらだ。
観客たちも同じようなことを思ったのだろうか。静寂が満ちた。
ウォンサナが抜刀した。白い刀身が日の光に反射して眩しい。ティルカも負けじと剣を抜く。
―黒と白。
「始め!」
審判の張った声が耳に届き、最初に打ち込んできたのはウォンサナだった。
重い一撃を受け、ティルカは幾分後退してしまう。黒の剣と白の剣が互いに交差することに火花が散る。「……っぅ」
いくらか打ち合った時、ウォンサナが顔をしかめた。だが、彼は何も気にせず剣先をティルカに向ける。
土に赤い雫がぽたりぽたりと落ちるのをティルカは見てしまった。それは指から滴っていた。心配して相手の顔を伺い、肌がぞわりと逆立った。
先程まで海色だった瞳は透けるようにじわじわと新緑の色に移り変わっている。そして、完全に緑になった。
相手が目を見開いた。彼はなにか言いたそうに唇を開く。しかし、すぐに唇は閉じられ、ティルカに打ち込んできた。慌てて応戦するものの、先程より動きが俊敏になったようで、容赦がない。
剣が交わり、相手の顔が近くにある。そして、ウォンサナの微かな呟きが滑りこんだ。
「……チェーサ…」
刹那、その言葉に縛られたように突然体が動かなくなった。
気づいた時には剣が手を離れていた。膝が折れ、布越しに土の気配が伝わってくる。
宙を舞う黒い剣に、喉に突きつけられた白い剣。だが、それを気にするより前に、ティルカは新緑の瞳を見る。温かみのない冷たい瞳――。
今、自分の頬を伝うのはなんなのだろう。胸の奥から込み上げてくるものは一体なんなのか。
突然、背中にひきつるような痛みが駆け抜けた。二度三度と激痛が走る。肩で息をしながら首を回して後ろを見た。そこからはちょうど王侯貴族が座るバルコニーが見える。
ティルカの瞳が映したのは、ひとり悠然と微笑する青年だった。
「……へ、い…か」
その青年を見たことはないはずなのに、喉から出たのはそれだった。
鋭い一撃を再度背に感じ、体が傾ぐ。霞ゆく意識の中で、ティルカが最後にとらえたのは女の鋭い悲鳴だった。