心の疼き
「不戦勝で良かったわねぇ…」とアジェンダの声が聞こえた。ティルカは額に置かれた冷えた手拭いを押さえて起き上がる。
先程目を開けると、ベッドの上で横になっていた。闘技場の医務室に寝かされていたようだ。
「不戦勝…」
確か、試合の相手はいたはずだ。アジェンダは生暖かくなった手拭いを氷水に浸して、言った。
「貴女と二回戦で戦うはずだった人が出られなくなってしまったのよ。一回戦で自滅したみたい」
あの…とティルカは呟いた。
「アジェンダさん。私、なぜここにいるのですか?」
「覚えてないの?」とアジェンダは驚いた。「ふらふらと控え室に入ってきて、そのままソファーに倒れ込んだのよ。…みんな二回戦は通ったわ。三回戦は昼過ぎだもの。まだ3時間はあるわ。お昼食べる?」
ティルカは頷いた。腹が減っては戦はできぬというが、この腹の減り様では試合より飯が気になって仕方がない。
アジェンダは近くに置いてあるバスケットの中からサンドイッチを取り出している。
「ルルーがひとっ走りしてくれたのよ」
後でお礼を言わなければとティルカは思った。
ゆで玉子と野菜を挟んだもので、さっぱりとしたドレッシングがかかっている。彼女自身は五穀米派なのであるが、このサンドイッチは美味しいと思った。
「強そうな人はいた?」
とティルカは三口目を飲み込んでから尋ねた。
「結構いたよ。ティルカが次に戦う相手も華奢な割りに勢いがいいし…」
ふーん…とティルカはサンドイッチを食べるのに勤しみながら曖昧な返事をした。
「暇だから、思い出話でもしましょうか。男二人は市街に出てるもの」
アジェンダの提案にティルカは勢いよく首を縦に振った。
ウォンサナは運ばれてきた緑茶を口に運ぶと一息ついた。しばらくしたら三回戦すなわち準準決勝が行われる。相手はあの少女だ。チェーサに顔が似ているあの娘。
「お待たせしました」
白いおむすびが3つ、お盆に乗せられて届く。北部の主食はパン中心だが、中部は米とパンの両方を食べるようだ。ウォンサナが王都に来て、魅せられたのはこの米だ。白米もうまいがウォンサナ自身は玄米や五穀米が好みである。
一口二口と頬張る。醤油だれがついた海苔が白米と合わさって絶妙なうまさを出している。
次はあの娘だったな…とふと思い出し、頬が緩む。「…名前はなんと言うのだろう」
先程は聞き逃してしまったのだ。
胸の奥が疼いて仕方がない。