試合
スラリとした剣と飛び道具がぶつかる毎に高い音が鳴る。ティルカはその度に瞼をきつく閉じた。
出番を待つために闘技場に出た彼女の目に映ったのはあの金髪の少年だった。
少年の相手は屈強そうな女で、飛び道具を手に持っている。少年は繰り出される攻撃を身軽に避け、自分からは攻撃しない。剣を抜いてもいないのだ。そのためか野次が多くなる。
「「怖じ気づいたのかー」」
「「避けるなーーー」」
大きな声のうねりに少年は眉を寄せ、自分を取り巻く客を一瞥する。そして、すぐに彼は抜刀した。ティルカが持つ剣とは正反対の白銀の刀身だ。それから、金属同士の当たる音がよくし始めた。
すぐ近くであの少女が見ていた。周りから多くの野次が飛びかう中、彼女はずっとこちらを見ている。
ウォンサナは相手の女を見た。肩で息をしている。 そろそろいいか…。
彼は静かに抜刀する。滑らかな刀身が風を斬った。瞳を伏せて、風を感じればいつもと同じ風がふいた。
この1ヶ月でわかったことがある。ウォンサナが剣を薙ぐといつも同じ風が通り抜ける。暖かいようで冷たいような何ともいえない風だ。
目を開けた。迫る飛び道具をかわしながら、ウォンサナは急所を突いていく。 女が体勢を崩した。彼はそれを見逃さず、剣を女の喉に突きつける。
審判が下り、歓声が空を裂いたが、ウォンサナは何高揚も感じなかった。
「四試合目、サンディー対ティルカ」
ティルカはゴクリと生唾を飲み込んだ。舞台の前とは違う胸の高鳴りに戸惑いながらも、砂の上を一歩ずつ踏み出していく。客席に座るシェーラの姿が見えた。あの金髪はどうしても目立つので、町中にいても彼女だとわかる。
ティルカはシェーラに向かって微笑んだ。そして、すぐに顔を引き締める。
「始め!」
審判者の武官の声が響き、ティルカは抜刀した。闇のような真っ黒な剣に観客席から感嘆のさざなみが広がる。
対戦相手の顔をちらと見ると、その男は顔をひきつらせていた。ティルカが不審に思い、剣を見ようとした瞬間、剣を薄く纏う空気が弾けた。バチッと音がして、腕に痺れが走る。
叫び声がしてティルカが前に目を向ける。いつの間にか男は剣を両手に持ち、中段構えで襲いかかってきた。
―ガツッ
すんでのところで食い止めるが、力で叶わず足が後退してしまう。ティルカは横に飛び、すぐに相手との間合いをとった。
何度も剣が交わり、その度にティルカの腕に負担がかかる。だが、相手の動きに隙が出てきたあたりからティルカは相手の懐に飛び込み、隙あらば相手の首を狙った。否、ティルカ自身は狙おうとは考えてないのだ。それなのに、腕が勝手に動く。自分でも気付かぬ間に、相手の首を狙っているのだ。
ティルカの勢いにおされた反動で、男の剣が汗で滑っている指をすり抜けた。
カランと乾いた音をたてて、少し離れたところに剣が落ちた。ティルカは思わず腕を抑えつけた。腕が意思を持ったように、暴れようとする。剣から手を離そうにも、指は柄に吸い付いて離れない。自分の名が呼ばれても、ティルカはその場から動けなかった。すでに抑えつけることができないほど腕が震えている。諦めかけた時、懐かしさを感じる暖かさに包まれた。