だっふんだ伝説
1980年代後半、
志村けんというコメディアンが大ブレイクした。
さまざまなギャグを作り出した志村けん。
志村けんの冠番組であった『だいじょぶだあ』は空前のヒットとなり、子どもたちはこぞって志村のギャグを真似するようになった。
中でも、志村ふんする変なおじさんのギャグ
『だっふんだ』
は子どもたちのハートを見事につかみ、
子どもたちはこぞってそれを口にした。
当時の志村けんは子どもたちのアイドルだった。
当時『だいじょぶだあ』は月曜日の夜に放送されており、
翌日の火曜日は小学校で話題の的だった。
「ねえねえ昨日のだいじょぶだあ見た?」
「見た見た!変なおじさんおもしろいね」
「だっふんだ!だっふんだ」
この「だっふんだ」を当時の子どもたちは口々に真似をした。
「だっふんだ」「だっふんだ」
とある小学校でもそれは変わらなかった。
志村けんの真似をする小学生はあとをたたない。
「だっふんだ」「だっふんだ」
昼休みになった頃、子どもたちが相変わらず「だっふんだ」と口ずさんだ時に、担任の先生が注意をした。
「ただちに『だっふんだ』をやめなさい!!」
子どもたちはシーンと静まりかえった。
『だっふんだをやめなさい?』
子どもたちはわからなかった。
何を先生はそんなに怒っているのか。
ただ単に騒いでる子どもたちに対してうるさいとでも言いたいのか。
先生の顔は重く険しい表情をしていた。
「みんな、ちょっと席につきなさい」
先生に言われるまま子どもたちは不思議そうな面持ちで席についた。
「いいかい君たち、だっふんだという言葉は決して口にしてはいけない。ましてや、ふざけ半分で口にするのはもってのほかだ!」
先生が何を言っているのかわからない様子で子どもたちは聞いている。
だっふんだの何がいけないのか全員がわからなかった。
「先生、何を怒っているの?」
生徒が問いかけると先生は
「私は怒っているんじゃなくて悲しいんだ」
と言った。
「いいかい君たち。だっふんだという言葉はおもしろおかしく言っていい言葉ではないんだ。意味もわからずに口走ってはいけないんだよ」
続けて先生は話をする。
時は第二次世界大戦の真っ只中、幾多の若者たちが戦争に駆り出された。
当時の日本の軍隊は悲惨きわまりない状態だった。
特に上官と下部の兵士との上下関係は非常に厳しく、上官の命令は絶対であった。
上官から殴る蹴るの暴行は日常茶飯事だった。
「貴様らそれでも日本男児か!」
これが上官の決まり文句だった。
あまりにだらしのない兵士への扱いはひどいもので、全員の見てる前で丸裸にされるのは日常茶飯事だった。
そして上官は言う。
「脱糞だ!!」
そう、皆の見ている前で脱糞をさせるのだ。
これ以上の屈辱はない。
「脱糞だ!!」
この言葉は上官の部下を辱しめる時の決めセリフとして部下たちに恐れられた。
上官からの若い兵士たちに対する虐待は当時としては当たり前だった。
脱糞だという言葉は何もいじめの意味だけではない。
兵隊たちが戦地へおもむくために列車に乗ろうとする際にも「脱糞だ!」という言葉は使われた。
戦地へおもむくまでに用を足しておけという意味でも使われた。
先生は生徒たちに言う。
「お前たちは知らず知らずのうちに軍隊用語を使っていたんだ」
そう、先生もまた第二次世界大戦の時にかつて戦場に駆り出された兵隊の一人であった。
だからこそよけいに子どもたちが「だっふんだ」と連呼するのが許せなかった。
なお先生は言う。
「二度と君たちのような未来ある少年たちを戦場に送りたくない」
先生の切実な思いであった。