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広い世界の狭い世間で

作者: 鵠っち

 世間というのものは結構狭いものなのです。

「トオル、世間って結構狭いもんだね」

「そんなことない。世界は結構広いもんだよ」

「トオルが言っても説得力ないよ。……わたしには特にね」

「いや、ぼくが言うからこそ、説得力があるだろう?」

 何十回繰り返した問答だろうか。そんなことを考えてもまったく建設的ではない。

 わたしが小さいころからトオルはこうだった。

 何かをすれば大きな成果を残す。

 昨日、ふとテレビをつけたとき偶々やっていたニュースでは、どうやらまたトオルは何かの賞を取ったらしい。しかも、国際的なコンテストで。

「ミナ、ぼくはミナの親友としてふさわしくないだろうか」

「親友として、できすぎだと思います。というか、トオルはいつもやりすぎなの! 昨日だって、心臓が飛び出るかと思ったんだからね!」

「ごめんごめん。ミナを驚かせようと思って言わなかったんだ。ダメだった?」

「だめ。全っ然だめ。いつもそうだけど、親友のわたしに一言の相談もなしに、いきなり大きな賞をとらないでよ。心の準備ってものがあるし、なにより素直に一緒に喜べないじゃない」

「はい。心の片隅に留めておきます。次からは、……覚えてたら、ちゃんと言うから」

「覚えてなくても、条件反射的に教えて欲しいものです」

 世間は狭い。高校というコミュニティーもそうだし、何気なくテレビをつけたら親友がニュースでカッコよくコメントしてたりするし。

 高校でもそうだ。放送で突然呼び出しを受けるのはクラスメート。部活で華々しい活躍をしたと思えば、結構仲のいい子だったり、クラストップの成績を取ったのは隣の席に座ってる、あまり真面目そうに見えない男子だったりするし。

「なんか悩み事? ぼくでよかったら聞くよ?」

「っていうか、トオルが悩みのタネだから。学校でも言われるんだよね。『今朝のニュースの洲希透(すきとおる)って人ミナの彼氏だよね?』って」

「もう、そういうことにしちゃえばいいんじゃないの? ぼくは構わないよ?」

「わたしが構うっての。もうかれこれ七年間親友っていってるのに、今更彼氏とかないって」

「それって、何気にヒドくないですか?」

「え、ごめん。そんなつもりじゃなかったんだけど、……まあごめん」

「よかった。実は嫌われてるんじゃないかと思ったよ。よかった。本当によかった」

 ……そんなに安堵するんだ。まあ、親友だし。

「そういえば、また二ヶ月空けるっておばさんが言ってたけど、今度はどこに行くの?」

「ああ、八月にイギリスで個展やるんだ。また新聞に載るかもしれないけど、……ミナも来てくれる?」

「うーん、夏休みだし行ってみたいかな」

「そうか。じゃあ招待状送るね。旅費も持ってあげるよ」

「いや、そこまでしてもらう訳には……」

「いいっていいって。ミナにぼくの作品見てもらう機会って、今まであんまりなかったし」

「そう? じゃあお言葉に甘えちゃおっかな」

 そういえばトオルの作品ってあんまり見たことないな。七年も親友やってるのに。

 それどころか、トオルの創作中の姿も見たことない気がする。確か、小学校のときにナントカ大臣賞を取ったときの絵だって一時間の授業中に描きあげてしまったものだと、あとでトオルの担任だった先生がわたしの担任になったときに教えてくれた。校舎の窓から見える街並みを淡いパステルカラーで仕上げた幻想的な絵だった。


 わたしはトオルに聞いたことがある。

 ――「トオルの得意なことってなんなの?」

 トオルは答えた。

「ミナが望めばぼくはなんでもできるさ」

 だだのご近所のお兄さんから親友になるまで、そんなに時間はかからなかった。

 ――「トオルの不得意なことってなに?」

 そんな問答をふと思い出したわたしは、ちょっとイジワルかなって思ったけど聞いてみた。

「ミナがそれを望まないことさ」

 からかわれているのか、それともふざけているのか。分からないけれど、どうやら基準はわたしらしい。わたしができて欲しいと思うことはなんでもできる。できて欲しいと思わないことはできないらしい。

 だから、あるときまた聞いてみた。

 ――「わたしがトオルに『何もできて欲しくない』って思ったらどうなるの?」

 すると、すこしきょとんとした顔をして、

「それじゃあ、ぼくはミナのヒモになるしかないな」

 そう、笑いながら答えた。正直、いくら親友でもそれはないと思った。


「わたし、夏休みにイギリスに行くんだー」

「あー、はいはい。惚気ありがとう」

「なんでこれで惚気になるのさ?」

 するとそこへ別の声が。

「ミナもイギリス行くの? あたしもなんだー! 久しぶりにグランマに会える!」

「あんたの母親ってイギリス出身だっけ? なんかいいよねー、そういうの」

「そう? これでも小学校のときなんかはハーフだってのがコンプレックスだったんだよ?」

 まあ確かに、他人(ひと)と違う特徴があるってのは目立つ。わたしもトオルの親友だってだけで目立つ。なぜだ。

「そんなことより、ミナはなんでイギリスに行くの? 旅行?」

「ミナはね、愛しの彼に会いに行くんだよ」

「え! ミナのボーイフレンドってあのトオルって人じゃなかったの?」

「ニュースみてないの? そのトオルさんがイギリスのナントカってところで個展やるんだよ。しかも、ミナったら招待客だもんね」

「なんでそんなことまで知ってるのよ! まだ何も言ってないでしょうが!」

「あり? 図星かぁ~。招待状を持って、彼のおごりでイギリス! なぁんて素敵ザンショ!」

「そうだね。日本じゃ残暑が厳しい時期だよね、八月って」

「確かに。ああ、ホント、トオルっていいヤツ!」

 そういえば、長袖もってこいって言ってたし。暑くないらしい、イギリスって。

「って、ウチのエセセレブ言葉にツッコミないの?!」

「そんなことよりもさあ! やっぱりミナってそのトオルさんって人のこと好きなの?」

「ん? そりゃ親友だからね。嫌いだったら親友なんて言わないよ」

「じゃなくて、恋してないのかって聞いてるの」

「なんで? トオルだよ? あんなのが相手じゃ身が持たないよ」

「でもさ、結婚したら玉の輿なんじゃないの?」

「むりむり。トオルってばどんだけ裾野広げてると思ってるのよ。あんなのと一緒になったら破産よ、破産」

 そう。昔わたしが色んなことを要求したせいで、その分野は多岐にわたりすぎている。

 今回は絵画だが、時期になれば、日本ではあまり人気のない競技だけど世界選手権にでたりするし、テレビのクイズ王的な番組にも何度か出演している。勉強に、スポーツに、芸術に。なんでもござれなのがトオルなのだ。

 ただし、ものによっては結構お金もかかるものらしい。そんなにお金かかるなら投資でもすれば、って言ったこともあるけど、そういうことはしたくはないらしい。――わたしが望んだ以上は、できなくはないらしいが。

「でもさ、たまに思うことはあるんだよね。トオルが普通の人だったらどうだったんだろうって」

「やっぱり意識してんじゃん」

「まあね。しょっちゅうどっかへいなくなるから、心配ではあるかな。いくら百戦錬磨のトオルでも万が一ってことも、なくはないだろうし」

「そういうのを好きっていうんじゃないんですかー」

「どうなんだろうね? そういわれると分からないや」

 ちょっと、もうちょっと考えてみようかな。トオルのこと。今後、そういう関係になるのか、いや、なれるのかどうか。

「まあ、今まで長々と話しててなんだけど、向こうで会ったら声掛けてね、ミナ」

「うん。見かけたら声掛けるよ。ふふっ、世間って狭いもんだね」

「そうだね。同じ時期に友達が同じところに行く予定だったり、その友達の彼氏さんが世界的な有名人だったりね」

「だから彼氏じゃないって。少なくとも今のところは」

「今後は?」

「トオル次第。トオルがわたしのこと好きって言ったらかな」

「ミナから言っちゃえばいいのに」


「ミナ」

「なに、トオル」

「前からミナの態度気になってたんだけど、ぼくたちって付き合ってるよね?」

「は?」

「は、じゃなくてさ、……ええ?!」

「うわぁ! そんなに驚く? ……そもそもわたし、トオルから好きって言ってもらってないし、わたしもそんなこと言った記憶ないよ?」

「…………」

「…………」

 なんだろう。気まずい。

 そもそも、なんでトオルはそう思ってるんだろう?――

「――起きて、ミナ」

「あれ、トオル……?」

「もぅ……。トオルさんの夢? まあウチらもトオルさんとやらに直接お会いしたことはないけどさ。

 そんなことより、とっくにホームルーム終わってるし、先生も呆れてたよ?」

「え、ウソ! ホームルーム終わったの!? 早く帰らなきゃ!」

 走り出そうとするわたし。そのわたしの腕をつかむ友人。……い、痛いんですケド。

「ざーんねん。ミナは先生からお呼び出しだよーん」

「うぅぅ。早くしなきゃトオルのお見送りに間に合わないのにぃ~」

「あら。さらに残念。っていうか、いっつもそう言うけど、間に合ったことあるの?」

「なぜか一度もない。なんで?」

「それはあたしが思うに、ミナが浮かれすぎて何かやらかして、先生に呼び出しくらうからだよ。いつもいつも」

 そういえばそうかも。今日はホームルーム寝ちゃったわけですし……。


「し、失礼します。あの、先生?」

「お、来た来た。待ってたよ、ミナ」

「え、トオル?! なんでいるの? 早くしないと飛行機の時間が……」

「大丈夫。こんなこともあろうかと、あさっての土曜日の便に変更しておいたからさ。

 ……だってミナ、一度も見送りに来てくれないんだもの」

 最後になにやらモゴモゴ言ったみたいだけど、なんだったんだろう。

「まあ洲希君、キミも大学生だろうに、学校はどうしたのかね」

「とりあえず昨日で一旦休学です。旅支度もありますし、時期的に試験も受けられませんし」

「キミだってここの卒業生だから、こうして訪問してくれて構わないけど、その理由がこれじゃあ、ちょっと嬉しくはないかな」

「すみません。でも、ミナって変なところで真面目だから学校では携帯の電源入ってないだろうし。だから、こうして呼び出してもらったほうが確実ですからね」

 あれ、なんかトオルの顔が赤くなってる。どうしたんだろう。熱でもあるのかな?

「トオル、顔赤いよ? 具合悪いの?」

「え? 大丈夫だよミナ。なんでもないさ」

 なにかありそうだけど、とりあえずいいことにしておこう。

「そういえば、クラスの友達がね、おばあさんがイギリスに住んでて、お母さんがイギリス人なんだって」

 帰り道。特に話題もないのでそんな話をしてみる。あのあと、詳しく聞いてみたのだ。

「そっか。今度の個展をやるのと同じ町だ。その友達に会えるかもしれないね。

 そうだ。ミナの友達って気にしたことないからどんな人か知らないけど、ミナの恋人として会わせてよ」

「会うのはいいけど、なんで恋人? 普通に親友でいいんじゃない?」

「え、だってそのほうが面白そうじゃん」

「そこで、わたしのことが好きだとか言っちゃえば、トキめいちゃうかもしれないのにな」

「そのほうがよかった?」

「うーん。……わかんない」

 でも、さ。面白そうだからって理由は、普通はナシだと思う。わたしだって年頃の女の子なのだ。見た目はカッコいいんだから、そんなこと言われればドキっとしちゃうに違いない。

「それにしてもさ、やっぱり世間は狭いもんだよね」

「それでも世界はまだまだ広いよ。ぼくなんて全然。コワッパもいいところさ」

「トオルが言うとイヤミにしか聞こえない」

「でも、楽しみだ。イギリスにどんなすごい人がいるかと思うと、……ワクワクして眠れなくなるよ」

「子どもみたいね。遠足前の子どもよ、まるで」

「ミナは遠足の前日でも普通にぐっすり寝てたくせに、よく言うよ」

「悪かったわねー。わたしは図太くってー」

「ま、そういうミナが好きでもあるんだけどな」

「なによ、それ。勘違いしちゃうわよー」

「さっきからそうふて腐れないでよ。もう本当に恋人でいいじゃん」

 なにさ、その言い方は。ヤケクソに聞こえるんだけど。

 にしてもトオルと恋人か。トオルが本気だというなら、個展から帰ってきてから真剣に考えてみよう。今すぐは無理。即答はできない。

「それにしたって、もうちょっと言い方ってもんがあるでしょーが。本気だって言うなら。そんな投げやりな言い方されても、ちっとも嬉しくなんかないってーの。

 ……もし本気でも、即答はできないけどね」

「あはは。自分でもよくわからないや。もうちょっとぼくが気持ちの整理をしてみて、向こうで仕切り直しね」

「だーめ。仕切りなおしするにしても、帰ってきてから。今度は一ヶ月くらいいるでしょ?」

「そうだね。次は国内の競技会に出たいから、練習のためにほかのことは一旦お休みかな。そうなったら、当然、ミナのことも構ってあげられないけど」

「いつもどおりじゃん? そんなの」

 まあ、無理に構ってくれなくてもいいけど、近くにいるのに全く会わないのは、少し寂しくもあるかな。

 あれ、こんなこと考えてるわたしって、……でも、ねえ?

「ミナも、二ヶ月あるんだから、返事、考えといてよね」

「本気なんだ」

「うん」

「ヘタレが」

「うん……?」

「本当にそうなら、今ここで言っちゃえばいいのに」

「……それが、ミナの望み?」

「そんなことどうでもいい。たまにはトオルがしたいようにすればいい」

 そうか。わたしが望まなければトオルはなにもしない。なにもできない。

 ともすれば、トオルはわたしの言いなりと言えなくもない。そんなんでいいのだろうか。

「ねえトオル。前に、わたしが望めばなんでもできるし、わたしが望まなければなにもできないって、言ったよね」

「うん」

「それは、無意識まで入るのかな?」

「それはぼくにも分からない。少なくともぼくが分かるのは、ミナが望んだことしかできないということ」

「トオルは、わたしの、……言いなりになってる?」

「そういうことじゃない。ぼくだって嫌なことはやらないし、不可能なことはできない。でもやっぱり、根っこではミナの望みが最優先される」

「この受け答えも、わたしの望みどおりってこと?」

「それは……、分からない。ミナの無意識下の理想なのか、ぼくの能動的な発言なのか」

「それをはっきりしてくれないと、わたし、返事できない」

「それじゃあ、はっきりするようにミナが強く望めばいい。そうすれば、はっきりできる」

 難しい。そんなこと、わたしが決めていいのだろうか。トオルの気持ちは、わたしの望むままなのだろうか。そんな、プログラムみたいな人格なのだろうか、トオルは。

「……いろんなことを含めて、……じゃあ、帰ってくるまでに決めて欲しい。

 向こうではぼくも、そんなこと話題にしないし、ミナが考えるのを邪魔したりしない。だから、きっちり考えて。ミナの将来のことになるかもしれないんだから」

 そう、……だね。トオルと付き合って、そのまま結婚するかもしれない。そんな選択肢もあるんだから、真剣に考えなきゃだめだ。でも、そうしたら、わたしが決めた未来に、トオルの意思は存在するの?

「……考えてみるよ。全部。トオルのことも、わたしのことも、将来の、ことも。

 だから、待っててね。どうするのが一番いいのか、ちゃんと考えるから」

「ありがとう。じゃあ、またあさって。ちゃんと見送りに来てね?」

「うん。大丈夫。ちゃんと行くから」

 あさってと言わず、会いたいけど、……でも、こんな話をして今日の明日じゃ、ちょっと会えないかな。


「んで、あんたはその告白めいたセリフをもっかい言わせようと……。案外悪い女だねぇ」

「そういうんじゃないって。なんか、煮え切らない感じが嫌だっただけ」

 ……というわけでもないんだけど、まあ、詳しく話しても信じてもらえるわけないし、これでいいか。

「でもさぁ、テレビで見た感じだと、トオルさんって、ものすごく好青年って感じだよね。実はすごいヤキモチ焼きとか?」

「トオルがヤキモチ? ないない! そんなのありえないって。っていうか、そんなの考えたくない」

 あれ、わたし、そう思っちゃってる? とういことは、トオルはヤキモチとか、焼かない?

 だめだめ。わたしが望んじゃうとトオルがそうなっちゃう。だめ。わたしがトオルを規定しては、だめ。

「どうしたの? いきなり黙り込んじゃって。気分でも悪い?」

「へ? あ、ごめんごめん。ちょっと、考え事」

 本当はちょっとどころじゃない。これはわたしの……いや、トオルの問題。

「……ねえ、二人はさ、もし付き合った人が自分の思い通りにしてくれるって言ったら、どうする?」

「ん? どうしたの、そんな思いつめちゃって。

 でも、そうだな~。もしそんな人がいたら、最高じゃない? 自分好みの男になってもらうの」

「でも、なんか重いなー、それ。その彼の気持ちはどこへ行くの? あたしだったら、その人のことが好きになって付き合うことになるなら、そもままでいて欲しいかな」

「じゃあさ、なんでも望みをかなえてくれるって言ったら?」

「それは……、ミナはトオルさんにそう言われたの?」

「なんか熱いプロポーズだね。それって」

「違うの。トオルはわたしが望んだ事だけをしたいの」

 違うけど、まあいっか。結果的にはこの説明でも変わらないし……。

「じゃあ、ミナが何も望まなければ、トオルさんは何もしないの?」

「うん。そう、言われた。できないって」

 なんだろう。こんなこと友達に話すつもりなんてなかったのに。こんなことを話してもなにも解決しないし、二人もいい迷惑だろう。

 でも、わたしは何もできない。トオルをわたしから開放することも、わたしがトオルを手放すことも。

 これって「好き」ってことなんだろうか。恋、なのだろうか。わたしには何もわからない。この気持ちをどうすればいいのかも、この関係をどうしたいのかも。

「もぉー、焦れったいなあ! ミナはトオルさんが好き! とりあえずこの仮定でしばらく悩んでみたら? 少しはどうすればいいか、わかるかもしれないよ」

「……うん。そうしてみる。どうせ、どうすればいいか、分からないんだしね」

 なんだか横暴な仮定のような気もするけど、どうせならポジティブに考えてみよう。わたしはトオルが好き。だったら、トオルにどうして欲しいのか。


「じゃあ、イギリスで待ってる」

「うん。行ってらっしゃい。気をつけてね」

「大丈夫。ミナが望めば、ぼくはなにがあっても無事でいられる」

 そういう意味じゃないんだけどな。もうちょっと、……まあいいや。

 初めてのお見送りは、ちゃんとできた。泣かないで「行ってらっしゃい」と言えた。当たり前か。向こうで会える約束してるんだし。

「ありがとう、ミナちゃん。トオルったら、いつもミナちゃんが来られないの寂しがってたのよ」

「そうなんですか。なんだか悪いことしちゃってたな」

 寂しがってた? それは意外すぎる。わたしはそんなトオルなんて想像したことないし、それを聞いた今でも、全然想像できない。

「意外そうな顔してるわね? まあ、(うち)でのトオルを知らなかったらそうもなるか」

「家では、違うんですか?」

「そうねぇ。ミナちゃんの前では、って言い換えたほうが自然かしら?

 とにかく、ミナちゃんはトオルにとってとても特別な存在よ? あの何もできなかったトオルが、今や世界を駆け巡る人気者ですものね」

 それって……。

「わたしが、望んだから……」

「え……?」

 今、言わなきゃ。おばさんには知っていてもらわなきゃいけない気がする。

「前にトオル、言ったんです。『ミナが望めばぼくはなんでもできる』『ミナが望まなければなにもできない』って。わたしが、望んだから。なんでもできる、かっこいいトオルを」

「うふふ。トオルったら、そんなこと言ったの?

 そんなことあるわけないじゃない。ミナちゃんに気に入られたいだけよ。『ミナがね、ナントカをテレビでみてカッコよかったんだって!』って言って、その次の日から猛特訓してたんだから。いつもいつもそう。

 トオルってば、頑張り屋さんなのよ?」

 そ、そうだったのか。トオルは陰で努力してたんだ。わたしに気付かれないように。わたしにそうと悟られないように。

 わたし、決めた。向こうに行ったら、絶対にわたしから告白する。トオルに好きだって、言う。


「トオル!」

「ミナ! 待ってたよ。疲れたろう? ホテルも予約してある。ぼくの隣の部屋だ。とりあえず荷物を置こう」

「ねえ、トオル。おばさんからトオルのこといろいろ聞いちゃった」

「え? 母さん、なんて言ってた?」

「本当は、わたしを喜ばせようと頑張ってたんでしょ? 天才なんかじゃなくって、努力の塊なんでしょ?」

「……母さん、余計なことを」

「わたしの望みがないと生きられないっていうのもウソ」

「ああ、そうだよ。やっと、そう望んでくれたね」

「わたしは好きよ。トオルのこと。大好き。

 ……トオルはわたしのこと、好き?」

「ああ、大好きだよ。始めて会った時から。一目ぼれだったんだ、ほんとは。

 でもさ、聞いたろ、母さんから。ぼくはなにもできなかった。やる気がないとかそういうんじゃなくって、本当になにも出来なかった。動くことすら億劫で、いつも倦怠感に苛まれていたんだ。

 そんなときにさ、ミナ。キミが現れたんだよ。ミナを一目見たその瞬間から、ぼくはミナのためならなんでもできる気がした。実際になんでもできた。それまで諦めていた事を、すべてミナが望んでくれた。ミナの望みで生きているような気がしてた」

「なんだ。そうだったんだ。それならそうと、最初から言ってくれればいいのに。

 そうしたら、親友なんていわずに、最初から恋人でいられたのに」

「え?」

「わたしもさ、なんかカッコいいお兄ちゃんがいるなーって、前から気になってたから、あのとき話しかけたんだし、……要するに、最初から両思いだったんだよ。

 あーあ。分かっちゃえば、なんか七年間無駄にした気がする」

「無駄なんかじゃないさ。お互いのことをよく知るための七年間だったんだよ。前に言われたけどさ、ぼくってヘタレだし」

「あ、あれは、そういう意味で言ったんじゃなくって!」

「分かってるよ。ぼくが意味分からない態度とってたからね。ごめん」

 理由が分かっちゃえば、そういうことか、って。知ってしまえば、単純なことだったり、自分には理解できないけど、小難しく考える必要なんて最初からなかったり。

「ミーナっ! おめでとう! なんか世紀の瞬間に立ち会っちゃった気分!」

「なんでいるの?!」

「あなたがトオルさん? 初めまして!

 あたし、ミナのクラスメートで友達やってます!」

「……初めまして。洲希透です。うちのミナがお世話になってます」

 こんなタイミングで会うなんて、どんな偶然? でもやっぱり、

「ねえ、世間って、狭いもんだよね」

「この状況だと、納得せざるを得ないけど、でも、やっぱり世界は広いもんだよ?」

 その広い世界のこの狭い世間の中で生きるわたしたち。こんな運命って、とても素敵かもしれない。

 誤字、脱字、変換ミス等、教えていただけると幸いです。


 自分で誤字を見つけたので修正しました。

「~。どうせ、そうすればいいか、分からないんだしね」

から

「~。どうせ、どうすればいいか、分からないんだしね」

2013.8.29 19:25

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