第三ー二十三話:団体戦本選・第二試合Ⅶ(第二ラウンド)
「……」
「……」
フィールドから出たルイナとルイシアは、医務室に居た。
そんな二人の目線の先は、先ほど戦ったローズと未だに意識の戻らぬローリエが居り、見ているだけなら、ということで担当医からこの場に居ることの許可が降りたのだ。
どれぐらいこの場に居たのかは、時折時間を確認しているルイナにしか分からない。
「ルイシア。私、そろそろ戻るけど……まだ、ここにいる?」
「っ、そうだね……」
ルイナの問いに、口ではそう返しながらもルイシアは迷う素振りを見せる。
ルイナには勝利者としての顔を見せろと言われたが、このままここに居たとしても、特に何かをすることも出来ることも無いが、それでも彼女に――ローズに同情してしまったから。
こうして見守ることしか出来なければ、この先のことは医師たちの仕事である。
「私も戻るよ」
「そう」
彼らに勝つと決めてしまったから。
少しばかり泣いたとはいえ、目が赤くなるほどは泣いていなかったので、ルイナも特に何か言うこともなく、「それじゃ、戻ろうか」と声を掛け、二人してフィールドへと戻るのだった。
――一方でフィールド側。
第二試合の一ラウンドはルイナたち協会側の勝利となり、医務室にローズが運ばれたその三分後。第二ラウンドが始まろうとしていた。
「それじゃ、行ってくる」
「ああ、気をつけて行ってこい」
ローリエ、ローズの時の状況から、警戒しないわけにはいかないので、やや慎重になりながら頼人はフィールドへと向かっていく。
そうして第二ラウンドの代表としてフィールドに立った頼人は、仮面部隊の面々へと目を向けるが、残った仮面の相手が、今からの分も合わせて二人――人数的には三人ではあるが、対戦数から数えると二人となる――であることを知る。
(これでもし負けて、彼女たちのようになれば――)
少しばかり落ち着いているようにも見えていたルイナは間違いなく――いや、確実に怒ることだろう。だが、頼人とて負ける気も再度のやり直しを受ける気も無い。
そんな頼人を、フィールド外に居た玖蘭は見つめ、ルイシアが残していた相手の情報に目を向け――顔を顰めた。
「これは、ちょっと厄介な相手だぞ」
「厄介って、どれぐらい?」
呟きレベルの声に返事があったことで、玖蘭は少し驚いて振り返る。
「戻ってきたのか」
「何とか間に合ったみたいで良かったよ」
もう少し遅くなるかと思っていたのに、結構早く戻ってきたんだな、という旨を伝えれば、ルイナに「何も無いとは言いきれないから」と返され、玖蘭は何とも言えない顔をする。
「玖蘭が見た通り、頼人の相手は少しばかり厄介。寧ろ、相性が悪い」
今からの相手と対等に戦えるとすれば、現状としてはルイナかルイシアぐらいだろうが、ルイシアは戦ったばかりだし、ルイナはリーダー戦を控えている以上、出ていくことはできない。
「なら、頼人が負けるとでも?」
「それこそ、まさかだよ」
彼が一体、誰の元に付いていたと思ってるんだ。
協会が誇る完璧主義者のうちの一人の元だ。
だから、とルイナは頼人に声を掛けるべく、少しだけフィールドに近づく。
「頼人」
「戻ってきたんだな」
「君たちは揃いも揃って……じゃない。まだ私も玖蘭も居るから、無理しろとは言わない。でも、絶対に勝ちなさい」
「それ、矛盾してないか?」
「してない。私は信じてるから。頼人が勝つって」
さらに、そこへ付け加えるような形で、ルイナは頼人にきつい一言を告げる。
「けど、勝敗とは別におかしな試合をしてみなさい。その時はアルカリートさんの所に強制送還してあげる」
「それは……嫌だな」
さすがに、それだけは笑えないし、拒否したい。
完璧主義者なアルカリートの元へ送り返されたら、何を言われ、何をさせられるか分かったものではない。
けれど、ルイナの言う『おかしな試合』というものがどんなものなのかは何となく予想できるので、なるべくそうならないようにしないとな、と頼人は意識を変える。
そして、これから戦う二人の様子を見た審判たちにより、試合は始まるのだった。
☆★☆
試合は始まった。
だが、それぞれの武器と武器がぶつかりあう――こともなければ、魔法がぶつかり合うこともなく。
「……」
「……」
満身創痍とまではいかなくとも、ほぼ一方的とも言える軽度の傷を負った頼人は相手を見据える。
はっきり言って、こちらが分かっている相手の情報など、仮面をしていることと体格から判断できるだろう性別ぐらいである。それが、戦い始めて知ったのが、奴の『素早さ』である。
(おかしな試合は禁止、だったっけ)
先程ルイナに言われたことと、あの完璧主義者の顔が頼人の脳裏に浮かぶ。
もし、顔を合わせたら合わせたで、『あれぐらいも対応できないのか』と文句を言われそうである。
(それに――)
ローリエ戦の分も取り戻さなくてはならない。
あれのせいで、試合のやり直しなんて食らってるのだから、その試合に関わった張本人として、結果は出さないといけない。――たとえ、この場に彼女がいなかったのだとしても。
「……やれやれ、協会の魔術師と言うので、少しぐらいは楽しめるかと思いきや、期待外れも良いところですね」
「ご期待に添えず、悪かったな」
挑発なのかどうかはともかく――いや、間違いなくそうなのだろうが――、相手が落胆し、不服そうなことだけは伝わってきた。
だが、ここで乗っかるような真似はしない。馬鹿にされることなど慣れてしまったから、この程度で乗せられることもないはずだ、と頼人は思う。
けれど、まずは相手に一撃を与えるべく、頼人は分かりやすく攻撃体勢になる。
「このままだと、貴方は後悔しますよ。勝ちたいのであれば、貴方が出るべきではなかった」
「……」
確かに、今回のメンバーの能力上、ルイナやルイシアが攻撃向き、頼人や玖蘭はサポート向きだろう。
『持ちかけバトル』の時は自分から頼んだが、この『魔術師バトル』では上からの命もあって、自分の実力調べという理由で参加している。正直、最初の目標であった本選には行けたのだから、ここで敗退したところで上はともかく、ルイナたちは文句を言ってこないことだろう。
「そして、貴方の攻撃が当たることもなければ、私に当てることすら出来ない……まあ、どちらに関しても、現にそうなっているわけですが、何か反論があればどうぞ?」
――ああ、気持ちいいほどの挑発だ。
煽って煽って、相手を苛立たせ、思考回路を鈍らせ、単純な行動パターンに陥らせ、その隙をついて奴が止めを刺す。
きっとこれが、勝ちパターンなのだろう。
「お前さ」
「……?」
「俺が『攻撃を当てることすら出来ない』って、言ったよな?」
「ええ、言いましたね」
否定も何もない。
だって、それが事実であり、回避できるのだと絶対的な自信があるのだから。
観客や審判などという証人がいる中で、今さら嘘をついたところで、現状が変わるわけでもない。
「じゃあ、当ててやるよ」
「そんな状態で?」
この状態で見て分かるのは、頼人が不利であるということ。
だが彼とて、これでも無駄に協会で――その関係施設で過ごしてきたわけではない。
そして何より、ルイナの元に数多くの精霊たちがいるように、頼人の手元には無限の武器が存在している。
たとえ、どれだけ相手が強かろうが、素早かろうが、関係ない。頑張って頑張って、何度も手を差し伸ばして、それに追いついてしまえば良いのだから。
「職務のためなら、どんなに危険な場所にだって赴く」
危険? この場が危険だと言うのであれば、確かに危険なのだろう。でも、雨風が凌げるのであれば、まだマシな方だ。
「そこにどんな奴らが居たってお構い無しだし、時には死を覚悟することだってある」
すでに、目の前には厄介そうな奴らは居るし、この先にも現れることだろう。
でも、だからこそ、協会の規約の一文にもある通り、『敵対せしものたちには、少しばかりの憂い等を抱き、鉄槌を』下さなければならない時もある。
もし、それが今であると言うのであれば、ルイナたちが出る前に、彼女たちがやらなくても良いように、みんなが何も気にすることがないように、『魔術師協会所属の魔術師』として、一度ぐらい本気で、真面目に戦ってみよう。
「あまり――協会の魔術師を舐めるなよ」
ただ一つ、おかしな試合だけはしないように意識して。




