第三ー二十二話:団体戦本選・第二試合Ⅵ(ルイシアとローズ、芽生えた悲しみの友情)
今もなお続く、ルイシアとローズの戦闘。
「終わらせようとは言ったけど、さすがに往生際が悪くない?」
「そのまま返しますよ。私だって、負けたくない」
お互いに何度も鍔迫り合いになりながら、そう告げる。
もう、体力も魔力もほとんど残ってない。
もしあるとすれば、気力ぐらいだろうか。
「ねぇ――……」
そんな中、ローズからあることを聞いたルイシアは驚く。
「もし、断ると言ったら?」
「拒否権は無いから、断ることなんて、出来ないよ」
「理由は? 何なの。そんなことする理由は」
ルイシアは納得できないとばかりに、ローズに理由を問う。
「たとえ、この後どんなに悲惨な結果になろうと、仲間に殺されるよりは、対戦相手である貴女に倒してほしいから」
――ああ、彼女は。
もう決めてしまったのだ。
自身の、命の終幕を。
「っ、馬鹿がっ……!」
互いの攻撃がそれぞれ当たり、互いの攻撃を躱し続ける二人。
ただ、普通に勝利を求めたはずなのに、いつの間にか一人の少女の『命』が懸かってしまっている。
(本当にっ、こういうときの無力さは辛い……っ!)
たとえ、ルイナたちであろうと、彼女たち仮面の者たちの風習を根幹から直したり、覆すなんて事は不可能だろう。
(それでも――)
彼女を、彼女たちを助けたいと思ってしまったから。
悪しき慣習はどうすることも出来なくても、せめて目の前の彼女だけはと思ってしまう――が、そんな彼女に対し、ローズはルイシアに告げる。
「初めての、最初で最後の友達が出来て、それが貴女で良かった」
「え……」
思わず反応が遅れるが、ローズはその先を口にはしない。
――初めての、友達が出来た。
これが『友達』と言えるのかどうかは、ローズには分からない。
でも、これ以上、彼女にも、彼女の仲間にも迷惑は掛けられないから。
(私の意志は、伝えたよ)
ローズは内心そう思いつつ、ルイシアを見つめる。
ルイシアの考えていることはローズには分からないし、その逆もまた然り。
「やっぱりさ。さっきの言葉への返事は断ることにするよ。たとえ何て言われようと、それは変わらない」
「……」
彼女の中での判断が決まったのか、ルイシアは先程ローズが言ったことをきっぱりと断る。
――ねぇ、私を殺して。
それが、ローズがルイシアに向けて言ったことであり、言葉としては『たおして』だが、ルイシアにはどうしても『ころして』と言っているようにしか聞こえない。
「そもそも、やっぱりこんなのは間違っているとは思うし、どんなに酷い怪我を負ったって、きっと会場の医療担当の人たちが治してくれるだろうから」
だから、諦めるな。
自分の命も、運命も諦めてはいけない。
それに、医療担当者だけではなく、応急処置レベルなら、治せる人も居るのだから。
「ーー頼人。次を任せるついでに、これもお願い」
ぽつりと告げ、ルイナはフィールドに目を向けたまま、隣に居る彼へ、とあるものを渡す。
「……ああ、分かった」
手渡された物を見て、ルイナがどのような意図で渡してきたのかを理解した頼人は、小さく頷く。
「二度も傷つけたくないし、傷つけさせもしないよ。私は」
ルイナはこの試合の結末を見逃すものかと言わんばかりに、フィールドを見つめる。
「次に放つ技は威力が威力だから、下手をすれば死ぬかもしれない。でも、それはルール違反だからね。それでも全力全開で、後悔無しに貴女にぶつけるよ」
ルイシアがローズにそう告げれば、彼女は微笑みながら返す。
「どんな技でも受け止めるよ。そう決めたからね」
「加減できなかったら、ごめんね」
苦笑混じりに謝罪したルイシアは、ローズに向けて魔法を放つ。
その攻撃は、ローズほどの実力者なら避けられるはずだったが、彼女は防壁を張りながらも、防ぎきれないことを分かっていたのか、その魔法が防壁を破壊すると、次第に彼女を包み込んでいく。
「――ありがとう、協会の魔術師さん」
「……っ、」
ルイシアが放った魔法の光に包まれながら、ローズは感謝の言葉を言い、笑顔で涙を流しながら「やっと自由になれた……」と告げる。
「……」
ローズがバトル場の地に倒れたと同時に、ルイシアはその場へと座り込んでしまった。
そして、フィールド上空にある天井が開いていたためか、空を覆っていた雨雲から、雨が少しずつ振り込んでくる。
『――勝者、柊ルイシア選手』
ラハールの勝利者宣言がされるが、観客たちは盛大に声を上げないし、その場には、雨を防ぐための天井が閉まっていく音のみが響いているのみ。
「ルイシア」
「あ、ルイナ……」
「まだ、間に合うから、さっさと行くよ」
ルイナがいつフィールドに上がってきたんだとか、一体何を言っているんだとか、ルイシアは言いたくなかったが、そんなのお構いなしにルイナは告げる。
「まだ、助けられるから、一回医務室の方に行くよ」
「でも……」
「ここは男どもに任せておけばいいから」
頼人たちの方に目を向ければ、さっさと行ってこいと言いたいのか、しっしと手を振っている。勝利を手にした仲間に随分な態度ではあるが、今はそれが彼らなりの優しさでもあるのだろう。
「それとも、リーダー命令じゃないと駄目? 聞いてもらえないの?」
そんなルイナの問いに、ルイシアは首を横に振る。
「それじゃ、さっさと行ってくるよ」
「うん……」
ルイナに手を引かれ、ルイシアは立ち上がる。
「勝利は勝利。彼女に申し訳ないと思うのであれば、ちゃんと勝利者としての顔をしなさい。もし、そんな顔をしていたら、ただ彼女を困らせるだけだから」
「……」
「そして、優勝して、あの子に優勝トロフィー見せてあげなさい」
「……ルイナ」
さすがチームリーダーというべきなのか。
誕生日は三日ばかりルイシアの方が早いが、それでも今のルイナはルイシアよりもお姉さんであるかのように見えて。
「まだ三戦。仕切り直したせいで残ってるんだから、絶対に勝ちにいくよ」
その身を翻した際に、ルイナのストレートヘアが風に靡くかのように揺れる。
「そうだね……後は頼むよ、みんな」
フィールドから降りて、そう告げれば。
「任せとけ」
「お前らがいない間に勝っておいてやるよ」
男性陣からはそう返されるも、少しばかりこの場から抜ける旨を告げる。
「それじゃ、私たちは少し出てくるから」
「おー」
「リーダー戦までには戻ってこいよ」
頼人の言葉に、「分かってまーす」と返しながら、二人は医務室に向かって歩いていく。
さて、別室でその状況を見ていた飛鳥たちを含む選手たちは、というと――
「どう見るよ、今の試合」
一人が皮切りにそう問い出すが、ローズがどのみち倒されたのではないか、と考えを言い出す者や、本選第三試合のチームは、ルイナたち協会チームが戦闘で人を殺すのが苦手なのではないかと言い始める者たちまで居る。
(くだらない)
飛鳥は内心溜め息を吐いた。
会場内を適当に歩いていたら、何やら誘われたので、一体、何を話し出すかと思えば、まさかの見立てである。
「お前さんはどうなんだ。同じ協会関係者なら、何か知ってることぐらい、あるんじゃないか?」
「もし仮にあったとしても、あんたらに話すわけがないだろうが」
「何だと!?」
やはり彼女たちの弱点などを聞き出すためか、と思いつつ返してみれば、飛鳥の言い分に噛みついてくる者がいたが、彼に気にした素振りはない。
「大体、あんたらに話したところで、こっちには何のメリットもないだろ」
彼女たちの情報を与えてメリットがあるのは、その情報を与えられた彼らのみ。こちら側に何のメリットも無ければ、そのことを知らない彼女たちは、対策を立てられて不利になるかもしれないが、その程度で負けるようではこちらが対戦を望む意味もない。
「それに、あっちは本部所属、こっちは支部所属だ。分からないこともいくつかは存在している」
もちろん、知っていることはあるし、前回会った三年前よりも変わったこともあるのだろうが――
(だとしても、戦うのは俺たちだ)
フィールド上の様子は、というと、彼女たちの試合が終了したわけだが――先程出た、ルイナたちが人を殺すのが苦手だという意見は、概ね間違っていない。
あからさまな敵対する人物でない限り、彼女たちは本気で殺そうとはしないし、何より協会の一番の敵は配達業務を妨げるモンスターや魔獣の類であって、人間は二の次だ。
それでも、協会では対人戦闘訓練も行われているのだから、「出来ない」かと問われれば、答えは「ノー」となることだろう。そうでなければ、彼女たちだけではなく、自分たちもこの場に来ているわけがないのだから。
「まあ、せいぜい今の戦闘を参考に、作戦を立てるんだな。――あいつらは強いぞ?」
そう告げて、その場を去る。
どのくらい強いのかは言っていないが、それでも女だからと考えを甘めにしていると、痛い目を見るのは彼らの方だ。それくらいに彼女たちは強く、自分たちが『好敵手』と認めた相手なのだから、精々その身を以て体験してもらいたい。
「うわー、ニヤニヤして気持ち悪いわー。こんなのがチームメイトとか、他人の振りしたいわー」
そう言いながら、上総が声を掛けてくる。
そんなこと言うぐらいなら、声を掛けてこなければいいのにと思う飛鳥のことについては、きっと上総も理解しているのだろう。
「それで、こんなところまで一体どうしたんだ」
「んー? 別にこれといった用がある訳じゃないんだが、あのチームの男たちが今から連戦するみたいなんで、一応、知らせておこうかと思ってな」
「そうか」
本当のことを言えば、ルイナが戦うときに呼びに来てほしかったところだが、彼女たちが選んだチームメイトなのだ。きっと、それなりの実力者ではあるのだろう。
「どんな能力持ちなのか見られるんだから、見逃すよりはまだマシだろ?」
上総とて、それが分からずに声を掛けに来たわけではない。
飛鳥がルイナたちを気にしているのだとすれば、そのチームメイトの情報を与えることぐらいしてやっても、罰は当たらないはずなのだ。
「お前が彼女と戦うとなれば、俺たちが相手にするのは彼女のチームメイト。相手の手の内を知ろうとするのは、悪いことじゃない」
「それは、さっきの俺のことか」
彼らに情報を与えなかった自分のことを言われているような気がする飛鳥に対し、上総は首を横に降る。
「お前があそこで何を話していたのかなんて知らないし、知りたくもないが、それでも俺たち『協会職員』は他の連中にとって、厄介だっていうのは分かってる」
協会職員が明らかに戦闘慣れしている『玄人』だと言うのなら、『素人』とまでは言わないが、その扱いに長けている『魔術師』や『魔導師』を職業にしている者たちもまた『玄人』だ。
本部・支部関係なく、協会職員のチームが二組も――片やシードだが――出場しているのだ。そんな彼らを倒すことが出来たとすれば、それはもう、一つの名誉みたいなものだ。
「だからこそ、彼らには情報が必要だった。協会のことについては、協会職員に聞いた方が早い。いくつかの情報提示しているとはいえ、結局協会内部のことは協会職員しか知り得ないんだからな」
「だからって、俺に聞くのか」
「仕方ないだろ。彼女たちは試合中なんだから」
ルイナと飛鳥。もし質問して、どちらが口を開くかと聞かれたら、ルイナなのだろうが、肝心の彼女は試合真っ只中のフィールドがある側で待機中だ。
だから今、口を開きにくい飛鳥でもいいから、情報を手に入れようとしたのだろう。
「まあ、結果として、警戒させたみたいだけどな」
「……お前、本当に聞いてなかったんだよな?」
まるで聞いていたかのような言い方の上総に、飛鳥は疑いの目を向ける。
けれどまあ、こちらに不利になるようなことを口にしていなければ、ルイナたちが不利になるようなことも口にはしていないので、警戒はされても、何らかの対策を立てるには試合を見て、手の内を知ることぐらいだ。
「聞いてないぞ? あくまでも予想だ」
正直、上総が嘘をついていようが、本当のことを言っていようが、今の飛鳥にはどうでもいい。
「俺たちも、何としても勝つぞ」
「もちろん」
そう話しながら、二人は自分たちの控え室に戻るべく、廊下を歩いていく。
そして――……
「そう、あの子が……」
「こちらが引き剥がしておいて、恨まれていないのもおかしなものだが、どうやらルカが頑張ってくれたらしい。ルイナにも……可哀想なことをした」
中年よりもやや若い男性が、ベッドに座りながらも、身体を起こしている同年代ぐらいの女性にそう告げる。
「私にはあの子たちもファイアたちを介して、定期的に会いに来てくれてますからいいのですが、貴方はそうもいかないでしょ?」
「そうだな。あれからもう何年も経ったのに、解決できていない上に、実の子にも会えないとは、全く情けない」
本当にそう思っているのか、顔を覆う男性に、女性は告げる。
「あの子たちも、ちゃんと理解していますから、その点は大丈夫ですよ」
「分かってる。だが親として、何を言って、何をしてやればいい? 子供の頃ならまだしも、今あの子たちは年頃なんだ。下手におかしな事をして、冷たくあしらわれでもしたら……」
「だから、大丈夫ですって。寧ろ、会いたがってますから、普段通りの貴方で居てくれれば問題ありません。けどまあ……格好悪い父親として映りたいのであれば、私はもう何も言いません」
大丈夫だと何度も言っているのに、それでも不安そうな男性に、女性はムッとして、そう告げる。
「自信持ってください。私たちの子供なんです。他所の子ではないのですから、多少おかしな風に思われても良いじゃないですか」
それに、と女性は告げる。
「今度こそ、護るんでしょ? あの子たちを」
この程度で不安になられていては困る。
「私たちの子供を信じて、私たち親が出来ることであの子たちを守る。違いますか?」
「そうだな。お前の言う通りだ――ルキ」
それを聞いて、女性――ルキが微笑む。
「それでは、あの子たちと会って、今後の方針を決めましょう」
もう二度と、あのような事を起こさないために――……




