第三ー二十一話:魔術師バトルと協会祭の裏側で
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協会本部では、ある試験が行われていた。
『試験』とは言っているが正式名称は不明であり、名前や呼び名を付けるならこれが一番近いのでは? ということで、協会職員たちからは『試験』と言われている。
そして、協会に帰還し、ある意味まさかとも言いたくなるような場所で現れた襲撃者を撃退したルカも、その試験を受けていた。
『お疲れ様です』
「アクア。労ってくれるのはいいんだが、お前、何もやってないよな?」
にこにこと笑みを浮かべながら、自身の周辺を浮遊する青い光――アクアに、ルカは責めたくなった。
『仕方ないじゃないですか。私はルイナさんの契約精霊であって、貴方の契約精霊ではないのです。『試験』のルール上、貴方の契約精霊でもないのに、私に手助けは出来ませんよ。それにもし、私が手を出していたら、追試になっていたかも知れませんし、免れませんよ』
「……正論だな」
ルカとて追試など受けたくはない。
『試験』のルールは簡単で、自分の力で問題を片付けろ、というものである。ルイナ(たち)のような精霊契約者も協会には何人か所属しているため、精霊契約者たちは自分の契約精霊たちのみ協力してもらって構わないことになっている――のだが、ぶっちゃけ、他の精霊契約者から精霊を借りるなんてことが出来てしまう者が柊兄妹を筆頭に何人か居るため、そのための措置である。
「つか、何で協会祭とかと被せてきたのかね」
『私に聞かないでください。どうしても知りたいと言うのなら、協会の上層部に聞いた方がいいと思いますよ?』
魔術師バトルや協会祭の前後なら出来ただろうに、とルカは言うが、そんなことを言われても困るアクアはそう返す。
「ま、それもそうか」
確かに、アクアの言う通り、上層部に直接聞いた方が早いのだろうが、逆に「そんなこと聞いてどうする」なんて返されたら、返答に困るのはこちらである。
それに、「単に気になったから」なんて答えても、まともな回答が返ってくるとは思えないし、『持ちかけバトル』の時に話された美波の妹の件もあったことから、協会がいくらかの情報や事実を隠蔽していることは分かっているので、まともな回答を期待してもほとんど無意味である。
「あ、こっちに来たってことは、『試験』終わったんだ」
「そっちもな」
近づいてくるルカの存在に気づいた茶髪の男が声を掛ける。
「どうだった?」
「まあまあだな」
良くも悪くもない、出来は普通だ。
そして、茶髪の男がもうすでにこの場に居るということは、銀もこの場に居るということであり、ルカはそちらに目を向けるが、視線を受けているであろう当人は目の前のモニターに目を向けていた。
「銀。試合が気になるのは分かるけど、余所見しながら歩くのは危ないからな?」
茶髪の男がそう注意するが、銀が聞いている様子はなく、茶髪の男はルカに向けて肩を竦める。
つまり、こんな状態だとでも言いたいのだろうが、ただ器用なもので、人や物にぶつかる気配がないのだから驚きである。
「珍しいね。あの子が長引いてるとか」
「ああ、そうだな」
「相手が強い……わけでも無さそうだけど」
ルカや銀たちだけではなく、試験が終了した者たちの大半が今もなお中継が行われている『魔術師バトル』を見ているのか、時折歓声が上がるが、未だにルイシアとローズの試合中なのが不思議なのか、茶髪の男が疑問を口にする。
「誰か知ってそうな人……」
きょろきょろと周囲を見回した後、茶髪の男が近くの少女に声を掛ける。
「ねぇ、あれって何で長引いてるのか、知ってる?」
声を掛けられた少女は少し顔を顰めた後、モニターを示す茶髪の男の質問に答える。
「何か、試合開始時に相手側が自分たちのルールを破ったとかで、味方だというのに、あちら側の最初の選手を刺したんですよ」
「は……?」
「それで、柊さんが試合の続行について聞いたみたいで、試合は見ての通り、仕切り直して続行されてます」
彼女の言ってることは、間違っていない。
だが、それまでの試合を見ていない茶髪の男や銀たちには、それが事実かどうか確認する術もなければ、そんなことが起こっていたなどと信じたくはない――でも、それが真実だとすれば。
「なので、彼女はまた相手の選手が傷つけられないようにするために戦っているので、時間が掛かってます。相手の彼女と決着をつけたところで、彼女が危害を加えられるのをなるべく遅らせるために」
「……」
それと同時に、ルイナの怒りを少しでも鎮めるために、というのもあるんだろうが。
そこでルカが、茶髪の男が話してる相手が誰なのか気づく。
「あれ、君は……」
「古月美波です。貴方の妹さんに本部に戻された人です」
自分でそれを言うのかと言いたくなるような自己紹介を済ます美波に、ルカとしては苦笑いするしかない。
「あー、それは何て言って良いのやら」
「どうぞ、お気になさらず。あの時の約束は果たされているんです。今さらあーだこーだ言っても『本部連中は約束すら守れないのか』って、協会の協会側に言われるだけですし、また柊さんたちの手を煩わせるのも、こちらとしては遠慮したいので」
「うん、本当にごめん。でも、ルイナから何らかの無茶ぶりされてはいるんだよね?」
さすが兄妹というべきか、ルイナからの指示が早くもバレそうである。
――が、そこは本部嫌いな美波である。今もなお、本部の人間に話すものかと言わんばかりの演技で貫き通す。
「いえ、特には。本部に行ったら、もう戻ってくるなとは言われましたが」
何をするつもりなのかは分からないが、ツイン所属メンバーを順番に本部に戻そうとしていることは、美波も知っている。
今は魔術師バトル出場中で、その計画はストップしていることだろうが、魔術師バトルが終われば、それも再開されることだろう。
「まあ、悪く見られるよりは良く見られたい、っていうのが人の気持ちだからねぇ。妹ちゃんたち、その子が嫌な思いをしないようにそう言ったんじゃない?」
話を聞いていたのだろう、茶髪の男が話に加わる。
「おい、その『妹ちゃん』って、止めろ」
「えー。でも、そう言わないと怒る人いるし……」
茶髪の男が横目で銀を見たことで、ああ、とルカは納得する。
何だかんだでルイナを好きな銀ではあるが、まさか友人に名前呼びすら許さなくなっているとは、思いもしなかった。
(我が妹ながら、厄介な奴に目をつけられたもんだ)
ルカとしては巻き込まないでほしいところではあるが、何せ兄妹である。
大切な妹には幸せになってもらいたいが、その相手として、こんな面倒な相手だけはお断りしたいところである。
(面倒な奴といえば……)
嫌なことを思い出したものである。
だが、それと同時に、奴は今どうしているのだろうか、とも思う。
柊兄妹にとっても、ルイシアや頼人にとっても良い思い出どころか嫌な思いでしかない、子供の癖に純粋とか通り越して、平気で人を傷つけ、その傷口を抉ってきた彼。
そんな奴が、もし銀たちと会ったとすれば、銀どころか茶髪の男まで怒りかねないことだろう。
「? どうかした?」
ルカに目を向けられたことで、不思議そうに首を傾げる茶髪の男。
「いや、何でもない」
軽く頭を振れば、わっと歓声が上がる。
「そういや、ツインから出てるってのに、珍しく罵声とかが出ないよな」
「そりゃあ、あの子たちは本部の人間として出てるし、何より支部から彼らが出てきてるからじゃない?」
「なるほど。今は本部vs支部の図式が出来上がってる訳か」
それなら納得である。
だが、それも魔術師バトル開催期間中のみぐらいだろう。
ルイナたちが戻ってくれば、本部vsツインの図式が再構築される。そして、本部vs支部はその下に埋まることになる。
「――ったく、いつまで長引かせるつもりなんだよ。これだからツインは……」
誰かが、そうぼやく。
「……なぁ、銀」
「何だ」
珍しくルカが銀に声を掛ければ、本人も少しばかり気になったのか、返事をする。
「場所を移して、続きを見ないか? また文句を言われて、イライラしたくもないしな」
「……どこに移動するつもりだ?」
どうやら、話は聞いてくれるらしい。
銀の問いに、ルカは美波を見ながら、にこりと笑みを浮かべる。
そんな彼の笑みに、美波は嫌な予感どころか関わっては駄目だとばかりに脳内が必死に警鐘を鳴らしていることも合わせて、顔を引きつらせる。
――何をする気なの。この人!
今この場にルイナたちが居たら、彼らを止められたのだろうか。
――否。もしかしたら、止められなかったのかもしれない。
「……えっと?」
薄々、薄々は感じているし、予想も出来る。
「協会の協会に行こうか」
やっぱりか。そうなのか。
もう、これに尽きる。
予想通りの答えすぎてて、何て返して良いのかが分からない。
「あちらさんから、大ブーイング来そうだけど?」
「そこはほら、古月さんのコネだよ」
ルカのその言葉に、美波は顔を引きつらせるしかない。
「それにさ。ルイシアで出たなら、ルイナで出ない保証なんて無いじゃん? もし見てる奴らから罵声や罵倒されたりしたら、黙ってたりすることなんて出来ない気がするんだよね」
兄妹愛だ何だと聞こえは良いが、現在進行形でそう言ったルカの目もヤバかったりする。
「君も君で、本当に妹ちゃんのこと、好きだよねぇ」
正直、あんな面倒な事件さえ無ければ、ルカとてここまで心配したりはしなかったことだろう。
(きっとあいつも、魔術師バトルは見てる。となれば――)
バトル終了後ぐらいに接触してくるはずだ。
「アクア」
『心得ております。そのための私たちなのですから』
自分の肩に座ったまま、会話に混じることなくじっとしていた水精霊に声を掛ければ、そう返ってくる。
ルカの手伝いもそうだが、彼のハンデ的な部分も担っている。
「――行くなら、早く行くぞ」
どうやら、銀は行くつもりらしい。
「……どうなっても知りませんからね?」
罵倒や罵声を浴びるのは、どうやら彼らの方が先になりそうだ。
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他愛ないことを話したり、無言だったりを繰り返しながら、一行が訪れたのは、協会の協会。
中を進めば進むほど、彼らを見掛けたツイン所属の面々の顔がどんどん変わっていき、中には般若レベルの者まで居た。
「うげ、何で本部の奴が居るんだよ」
「つか、古月。お前、戻ってこなかったんじゃねぇのかよ」
「私だって、来るつもりはなかったわよ。でも、成り行きと押しきられたのよ」
こそこそと話し合う美波と元級友たち。
美波とて不本意なのだ。
これで、ほとんどスパイ状態だというのに、これでもし本部側に寝返ったなんて思われたら、それこそ最悪である。
「あー、俺たちが来たのは、試合観戦するためだから」
「向こうにもあるだろ? 巨大モニターが」
「あるにはあるんだけど、さすがに妹への罵声や罵倒を聞きたくないからさ」
「あー……」
そこで、級友たちはルカのことを思い出す。
ルイナたちへの罵声等を聞きたくないから、こちらへ来たのはある意味正解なのだろう。
でも、自分たちがどう見られているのかが分からないわけではないだろうに、よくもまあそれだけの理由でここに来ようと思ったものである。
「いや、俺たちが文句とか言われるのは構わないんだよ。あいつらに文句さえ言われなければね」
そういうことか、そういうことです、と美波と級友たちは視線で会話する。
「そろそろ、決着つくと思うか?」
「……二分ぐらい後に」
茶髪の男の言葉に、軽く時間を確認したルカはそう判断する。
そして――
「もうさすがに、これ以上は無理かな」
それと同時に会場では、今もなおルイシアとローズの戦闘が繰り広げられていたのだが、時間を引き伸ばすのもそろそろ限界である。
「そうですね。これ以上、引き伸ばすような真似をすれば、別の意味でのブーイングが起きかねません」
ローズも、ルイシアがこちらのことを心配して、長引かせているのは理解していたが、試合をするのは彼女たちだけではないのだ。
「でも、本当に相手が貴女で良かった」
おそらく、ローズの本心なのだろうが、呟かれるようにして吐き出されたそれは、ルイシアに届くことはなかった。




