第三ー二十話:団体戦本選・第二試合Ⅴ(涙と笑顔と協会で見守る者たち)
「何を言っている!」
「そもそも、このタイミングで言うことか!」
仮面軍団を抜けると宣言したローズに、当然ながら反対する軍団の面々。
(随分とまあ、思いきったなぁ)
いや、そう促したのは自分だが、まさか自分で仮面を壊して宣言するとは思わなかったのだ。
そんな複雑なことを思いながら、ローズの宣言から安心の表情を見せつつ、自身の腕を応急処置するルイシアだが、ローズの表情には、安心とは逆に、恐れが残っているようだった。
それも事実である。
ローズは『仮面の破壊=死』であるという認識のある仮面軍団にずっと居た上に、もし外れた・外した場合はどうなるなのかなど、先程ローリエを見ていたから分かる。
こちら側はそのことに関して主にルイナの怒りに触れている訳だし、仮面軍団側としても観客たちからも目を光らされているため、早々にローリエと同じことをしてくるとは思えないが、どちらにしろ、彼らがローズに危害を加えるつもりでいるのであれば、やはりこちらが上手く立ち回って回避するしかないのだろう。
「ずっとずっと我慢してきたけど、もうこれ以上、私がやりたいように出来ないのは限界なんです! このような大会に出られるのに、何で普通の人と同じようにやりたいことをやれないんですか!」
「それが我らの掟だからだ。それ以外に何があると――」
「――どうでもいいんだけどさ」
仮面軍団の男の言い分を遮り、ルイシアが口を挟む。
「早くやるならやろうか。一体、誰のせいで時間が押してると思ってるの?」
そもそも、仮面軍団側があんなことさえしなければ、こんなに騒動が大きくなることも無かったのだ。
しかも、この後にはルイナたちだけではなく、他のチームの試合も残っているのだ。
「……あ、ごめんなさい」
とっさに謝ってしまったローズだが、それに対し、ルイシアは首を横に振る。
そうではない。そうではないのだ。
「貴女に言った訳じゃないから、貴女が謝らなくていいよ」
なら、誰に言ったのか、とかローズとて聞くつもりはなかった。誰がどう見ても――間違いなく、『彼』が原因なのだから。
「でも、自分のせいだと思ってるなら、きちんとこの試合ぐらいは終わらせようか」
ルイシアは相棒の切っ先をローズに向ける。
「そうですね。勝負は勝負、ですから」
改めて刀を構えたローズに、ルイシアは笑みを浮かべる。
こうして、意識を改めて切り替えた二人は、再び戦闘に入ったのである。
☆★☆
ルイシアもローズも戦闘しながら、仮面たちが仲間を殺すことは無いだろうと思っていた。
だが、その考えは甘かった。
仮面の破壊または外す行為を『=死』と捉え、絶対的ルールとしている彼らにとって、ローズの考えは理解できず、異常であり、異端でしかない。
ただ、仮面軍団としてもこれ以上、仲間に危害を加えれば、大会出場資格が剥奪されるため、動きたくても動けなかった。
「クソッ、一体あの小娘は何を考えているのだ!」
「落ち着け。今まで出たことのない外の世界に触れて、気が正常ではないのだ。何、我らが村へ帰れば、あやつも元に戻ることだろう」
結局、人間は楽な方へと流される。
村に帰れば、否が応でもローズは考えを戻すはずである。
「ローリエみたいにな」
ニヤリと笑みを浮かべる仮面軍団の男たちに、ローリエとローズ以外の、補欠要員として参加していた仮面にフードという奇妙な格好をした――少女は横目を向けていた。
一方、ルイシアたちの様子をひたすら見守っているルイナたちは、彼女――ローズが殺されないか心配していた。
「大丈夫だよな?」
「ルイシアが居る以上、最悪なことにはならないだろうけど、それでも限界はあるからね」
嫌な予感の察知能力は高い方であるがために、仮面軍団が何か考えているのは分かるが、彼らが彼らの故郷へと帰ってしまえば、それ以降は彼らの問題なので手出しはできないし、最悪不可侵となってしまう。
協会の魔術師たちと言えど、やれることが限られているのも事実ではあるし、一つのチームの問題ではあるものの、これ以上の被害が出るようであれば、開催場所の施設提供側としては何らかの対処をしなくてはならなくなる。
「正直、さっきの子も今の子も『殺しは厳禁』っていう大会ルールに助けられてる状態でもあるからね」
今もなお治療中なのか、それとも観客たちへの配慮してなのか、ローリエが亡くなったという一報が入ってきていない以上、彼女はまだ生きていると仮定して、前者であることを信じるしかない。
「もし、死んだりなんかしたら、それこそあいつらは出禁だろうな」
「……」
「何度も言うが、お前のせいじゃないし、もしそうなれば、あいつらの自業自得だから気にすんな」
黙り込む頼人に玖蘭はそう声を掛けるが、やはり一命を取りとめたことが分かるまでは、安心できないらしい。
「だったら、この試合が終わったら、様子を見に行ってみようか」
「対戦チームである俺たちが入れるのか?」
「この試合を見てる人たちなら、私たちを入れてくれるでしょ。ま、それでも無理だったら、いろいろと『名前』出してみるから気にしなくて良いよ」
「……権力濫用」
にこにこと笑みを浮かべながら、何やら恐ろしいことを口にしたルイナに、頼人がぼそりと呟く。
「あら、何か言った? 何なら、今ここに居ながら知ることも出来るけど……直接様子を見に行くのと、どちらが良いのかしらね」
明らかに分かりやすく別口調になったルイナに、頼人は黙り込む。
「直接の方が良いだろ。前者だと、また騒がしくなる」
頼人の代わりに玖蘭が答えれば、ルイナは肩を竦める。
「そうだね。たとえ、どちらを選ぼうと、揉み消すことも可能だろうけど、火の無いところに煙は立たないし、人の口に戸は立てられないからね」
結局は、どこからか洩れ出るということだ。
このことを知ってる人は知ってるだろうから、その人がこの先どう話そうと、その人次第だ。
『ルイナさん』
不安そうに、彼女の肩に座っていたファイアが声を掛けてくるが、ウォーティも言葉には出さずともどこか不安そうな顔をしている。
その表情から、二人の言いたいことを察したルイナは返す。
「大丈夫だよ。自力で解決できるなら自力で、解決できないなら、ちゃんと頼るから」
そう言っておきながら、頼らなかった時もあったが、その力があるのに使わないなんてことはしたくはないから。
そのせいで、後悔だけはしたくはないから。
「それに、もう逃げられないだろうから、ついでに覚悟も決めるよ」
意図的にそうしていたかどうかと聞かれれば、 答えるのに少しばかり困るが、それでも自分たちが魔術師協会に居る理由になってしまっているのは事実だから。
『ついでで決めていいものでもないでしょう』
「まあ、それもそうなんだけど。会わないといけないのは事実だし」
幼いときに離れたことで、両親との記憶は怪しいが、それでも定期的にやり取りはしているし、時折二人の代わりとしてやってくる黒ずくめな関係者の人たちからは両親と似てきているとも言われている。
それを疑うわけではないが、ファイアたちからもそう言われるようになってきてはいるので、直接会ってみれば分かるのだろう。
「なら、なおさら勝たなきゃなんないよな」
「だからって、無理して怪我されても困るんだけど?」
「無理はしねぇよ」
協会への来た理由がルイナたちと似たような理由であるためか、特に追及することもなく、頼人はそう返す。
「だから、勝とう。勝って、優勝するぞ。ルイナ」
「……そうだね」
驚きにより、少しだけ間が出来てしまったが、ルイナは返事をする。
――今まで関わってきた人たちに、大丈夫だと。
――もう、私たちは自分たちの足で立てるのだと。
――だから、こちらを気にすることなく、自分たちのやるべきことをやってほしいのだと。
この大会で示し、そう伝えなくてはならない。そのためにも、まずは仮面軍団との戦いに勝たなければ、先には進めない。
(とりあえず、今は――)
決着をつけるためのスパートを掛け始めたルイシアを、応援することにしよう。
そして――同時刻。魔術師協会では、協会祭が行われる一方で、とある出来事が起きていた。
「やれやれ。本当、ルイナたちが今こっちに居なくてよかった」
魔術師バトルに出場中の妹とその友人たちを思い浮かべながらも、目の前で倒れている人々を見ながら、ルイナの兄・ルカはそう呟く。
「もう来るな、って言ったところで、また来るだろうし……」
本当に面倒な連中が来たもんだ、とも思う。
まあ、ルイナたちのことだから、何かあっても撃退するだろうし、もしたとえ撃退できなくとも、彼女たちに何かあれば、精霊たちは黙っていないだろう。
『――それでは、私がどうにかしましょうか?』
今まで彼がやっていたことを黙って見ていた青い光の主が綺麗なソプラノの声で尋ねるが、いや、とルカは断る。
『むぅ、これでは何のために、私が貴方に付いたのか分からないじゃないですか』
「お前はそう言うが、ルイナの契約精霊である以上、魔力は向こうから引っ張ってきているわけだろ? いくらあいつの魔力量が多くても、有限である限り、温存できる時に温存しておいた方がいい」
不服そうな彼女に苦笑を洩らしつつも、「きっと、この後にはこいつらよりも厄介な存在が出てくるだろうから」とルカは告げる。
「まあ、その時に協力をしてくれると助かるよ。――アクア」
ウォーティと似たようなツインハーフアップの青い髪に左右で同じの髪留め、段々になっているドレスを身に纏った少女――精霊が姿を現す。
『分かりました』
「さて、それじゃあ、ルイナたちの応援に行きますか」
そうは言いながらも、協会祭の当番もあるために巨大モニター越しの応援にはなってしまうが、それはそれで仕方がない。
さっさと仕事を終わらせて、落ち着ける場所でゆっくり観戦でもしたい、というのがルカの本音である。
『勝つといいですね、ルイナさんたち』
「そうだなぁ」
そんな会話をしつつ、一人と一匹は歩いていく。
とりあえずは、この後に待っているであろう仕事を片付けに行くために。