第三ー十九話:団体戦本選・第二試合Ⅳ(仮面を壊して)
「木端微塵って……修復不可能なレベルでって……」
ローズが驚いたまま、言葉を洩らす。
「そんなの無理よ……」
「何で?」
ルイシアにしてみれば、純粋な疑問だった。
仮面が何で作られているのかは分からないが、顔に付ける以上、人体に影響のあるものでないことは見ていて分かる。
何より、人が作ったものなら、人の手で壊せるはずなのだ。
でも、ローズはそのことに気付いていないのか、知らないのか。戸惑いの表情を見せている。
「何でって……」
――仮面を外してはならない。
それが仮面軍団のルールにして、掟。
「仮面を外したり、外れたりしたら、その時は死を覚悟することを意味している。だからもし、仮面の破壊行為をしたら、私は死ぬしかないの!」
そう話すローズの言葉を、ルイシアは静かに聞いていた。
(どちらにしろ彼女に残された選択肢は、死、のみか。やっぱり、彼女を助けるには、仮面の破壊から彼らによる凶刃回避が最優先事項かな)
仮面を破壊したところで、ローリエの二の舞になることは分かっているし、それを回避するために、みんなで頭を悩ましていたわけだが――全ては簡単なことだったのだ。
――彼らの手が届かなければ、届かなくなれば良いのだ。
それに、ルイシアには、ルイナたちとの付き合いで得てきた反射神経や高い反応速度がある。
それを利用すれば、致命傷は避けられるはずだ。
「だから、無駄だよ。私を助けようとか考えてるなら、そんなの無駄だから」
まるでルイシアの考えを感じ取ったかのように、私を助けようとしても無駄だと告げるローズに、「ふぅん」とルイシアは声を洩らす。
「じゃあ、生きるのも貴女自身の想いや願いも諦めるの?」
「それは……っ!」
「今死んで、それでおしまいな訳が無いでしょ。未練が有りすぎて、未だにこの世に留まっている人も居れば、悪霊と化して、うちのメンバーの同業者たちの手を煩わしてる人も居る」
「……」
ルイシアの言葉にローズは黙り込むが、聞いていたルイナたちは玖蘭を肘で軽く小突く。
「言われてるわね。玖蘭」
「うっせぇ」
ルイナの指摘に照れ臭いのか、玖蘭はルイナの方へ向けようとはしない。
だが、ルイシアの言葉は続く。
「――貴女は、どうしたいの?」
生きるのか、死ぬのか。
このまま、自分の想いや願いを口にすることなく、心の内に秘めたままでいるつもりなのか。
「……わた、し、は……」
「……」
「……私は……」
――貴女は、どうしたいの?
きっとこれが、今の自分に許された意志表示が出来る、最初で最後の機会。
目の前に居るルイシアは、今か今かと放たれるであろうローズの言葉を待つかのように、攻撃するわけでもなく、その場にただ立っている。
『仮面軍団』のローズ・グリットフォールではなく、『たた一人の少女』としてのローズ・グリットフォールの“意志”を聞くためだけに。
(でも、やっぱり怖い……!)
今は背を向けているが、死への恐怖が去ったわけではない。
(だったら――)
今もなお、自分の返答を待つ彼女に、一撃ぐらい与えられるのではなかろうか。
「っ、」
手にしていた刀を握り直すことなく、汗等で抜け落ちないように持つ手に力を込める。
そして、ルイシアに向かって走り出す。
「あのさ、私はどうしたいのかを聞いたはずなんだけど、これが貴女の答え?」
「――っつ!?」
あっさりと攻撃を防がれ、ローズはとっさに距離を取る。
ルイシアはルイシアで、ローズの刀を腕を立てることで防いだためか、その場に血が数滴落ちていく。
「死ぬのは怖い。うん、それは分かるよ。私たち協会職員も、たとえどんなに高い戦闘能力があったとしても、死ぬときは死ぬからね」
そして、配達途中や帰ってくる途中で死んでしまった魔術師や配達人は、月末にまとめて埋葬される。
それは本部だろうと支部だろうと、協会の協会だろうと変わらない。
「だから、やりたいことや言っておきたいことは先に言ったり、行ったりしておくんだよ。例えは悪いけど、こういう大会とかで、うっかりミスで死ぬ可能性とかも考慮して」
「……」
「まあ、普通はそこまで考えないだろうけど、生と死が隣り合わせであることに関して、貴女が一番よく理解できてるんじゃないの?」
ルイシアの問い掛けに、それを聞いていたルイナは思う。
――そういや、そうだったなぁ。
『死』との隣り合わせ。
『死ぬかもしれない』という可能性があるということを頭では理解はしていても、ここまで生きて経験を積んだせいで、いつからか感覚が麻痺を起こしていたのかもしれない。
(ああ……そういや、最初に言われたっけ)
ふと、思い出す。
協会所属の魔術師たちは、育成機関だとか関係なく協会所属となった当日にその事を告げられる。
『これから、君たちは大変なお仕事をしなくてはならない。もしかしたら、そのお仕事の途中で死ぬかもしれない。だが、大丈夫だ。君たちの存在が忘れられないように、協会はちゃんと責任を全うするよ。――って、小さい子には難しかったか』
そう、協会の魔術師育成機関――学校の先生をしていた人は教えてくれたが、とある日の仕事帰りにパートナーである配達人を守って亡くなってしまった。
『バカッ! バカだよ、お前は……!』
月末の葬儀を見たとき、パートナーの配達人は大粒の涙を流しながら、綺麗な顔で眠る魔術師にそう話しかけていた。
そんなことを思い出したからか、『そういや、最近あの人に手を合わせに行ってねーや』と今度は数年前の墓前を思い出す。
学校でたった数回しか教えてもらわなかったとはいえ、恩師の一人であることには代わりはない。
(ツインに行ったなんて報告したら、驚くかなぁ)
今と昔じゃツインの仕組みどころか存在の認知度すら怪しいが、ツインになってから墓前に行っていないのも事実である。
(やっぱり、今度手を合わせに行こう)
この場とは全く関係の無い結論を出すルイナ。
「仮面の有無によって、生死を決める場所に居る貴女なら」
「……」
ローズへ向けられた問い掛けに、彼女は否定も肯定もしない。
ただ、ルイシアの言っていることは、正論とまではいかないが間違ってもいないために、どのような反応が正解なのか分からないだけだ。
(私は……)
せっかく、ルイシアが与えてくれた声を上げられる機会を不意にした。
けれど、彼女は攻撃を仕掛けてこない。
まるで、まだローズの『答え』を待っているかのように。
「っ、」
――機会はまだ、この場に残っている。
ローズは、先程の時間のみではなく、このフィールド上に居られる時こそが機会なのだと、そうルイシアに言われているような気がしてきた。
それを、試合終了まで不意にし続ける?
自分の意志を示す時を。
この試合を観ている人々全員を証人とすることが出来る『今この時』を。
(せっかく、彼女が機会を与えてくれたのに)
『怖い』からって、意志表示をすることなく逃げて、彼女に攻撃してしまった。
そのことを今もなお示すかのように、彼女の腕からは血が滴り落ちているのだが、それでも、彼女はそれを指摘することなく、再び意志表示の場をくれている。
(……なら、きちんと私も答えなくちゃ、ダメだよね)
攻撃したことを追及せず、意志表示の場をくれた彼女に向けて、最初で最後の意志表示。
一度目を閉じ、そっと自身の顔に嵌まっている仮面に触れる。
「――ッツ!!」
そして、目を開いた次の瞬間――自らの意志で仮面を外したローズは、自身が手にしていた刀で粉々に砕いてしまう。
そんなまさかの光景に、それを見ていたルイシアやルイナたち、仮面軍団だけではなく、ラハールや観客たちも驚いてしまう。
「なぁっ……!?」
「一体、どういうつもりだ!!」
「――私はっ!」
仮面軍団の面々が一斉に立ち上がり問い掛けるが、それを一切無視して、ローズはまるで宣言をするかのように告げる。
「私はもう、仮面軍団を抜けます!」