第三ー十八話:団体戦本選・第二試合Ⅲ(仮面の下の顔)
ローズ・グリットフォールという少女には、小さな願い事があった。
でも、彼女の周囲の環境が『それ』を――その『願い』を許さなくて。
幼い少女は、早くもその『願い』を諦めることとなった。
☆★☆
仕切り直しで開始された、ルイシアとのバトルを繰り広げていた仮面の少女、ローズは仮面の奥から淡々と見つめていた。
「……」
『……』
互いに口を開かない。
ルイシアはともかく、ローズの方は下手に口を開いての情報漏洩を恐れて口止めされたのか、口が開けないのか。それともローリエと同じ口数が少ないタイプなのか。
とにもかくにも、先程の件もあるため、下手に仮面部分は狙えない。
「チッ」
ルイシアにしては珍しく舌打ちする。
これでそれなりの実力者だったのなら、ルイシアも仮面を狙わずに瞬殺レベルで片付けられるのだが、本選にまで進んだチームの人間がそう簡単に片付けられるわけがない。
ルイシア以外が戦うまでもなく、彼女は――ローズは、実力者であることは間違いないのだから。
「ルイシアが押されてる?」
「いくらか能力を制限しているとはいえ、ルイシアがあそこまで押されているって言うのも、珍しいわね」
基本的にルイシアは能力制限があっても、勝とうと思えば勝てるタイプだし、相応の実力を持っている。
つまり――
「もしかしたら、さっきのが尾を引いているのかも。相手選手を二度も同じ目に遭わせるわけにはいかないから」
「けど、さっきのは頼人が悪い訳じゃないだろ」
「それは私も分かってる。でも、さっきは仮面を壊したから、騒動は起きた。この試合でも同じことを起こして、再度延期にするわけにはいかない。だったら、『仮面への攻撃を避ける』という行動自体を避けるのは当たり前でしょ?」
「でも、そうなると――」
ルイシアにとってはやりにくいだろうし、狙えない場所があるということは、通常時よりもその部分を意識するために、使える魔法等も制限せざるを得ない。
そんなルイナの説明に、男性陣はフィールドに目を向ける。
「こんな……っ」
「頼人のせいじゃない」
これは、誰のせいでもない。
仮面軍団とて『戦闘』するのだから、先程のようなことが起こることを予期しておくべきだったのだ。
それをいちいちローリエのように対応していてはキリがない。
「っ、」
ローズの白刃が、ルイシアに迫る。
(考えろ考えろ考えろ。仮面以外の彼女の弱点はどこ?)
ローズの攻撃を避けつつ、彼女に仮面以外の部分へとダメージを与えられる部分。
(こうなったら――)
一か八か、試してみよう。
避けられる前提だが、何もしないよりはマシだから。
自分の『強み』を、『行動』へと変換させる。
(視線は右手に、意識は別の場所へ)
右手で仮面を分かりやすく狙いに行く。
「あいつ、何する気だ?」
玖蘭が呟くのと同時に、会場中の視線がルイシアに集まる。
でも、彼女が何をしようとしているのかを気付いたのは、恐らく――ルイナのみ。
「か、はっ……!」
腹部への協力な蹴り。
一体、何が起こったんだとばかりに、ローズはルイシアを睨み付けながら、腹部に手を当てる。
「うわぁ、あれは痛いわぁ」
ぷはっ、とルイナは噴き出す。
「ルイナ……」
「いやいや、参った参った」
頼人たちの咎めるような視線に、全然参ってなさそうに返すルイナ。
「いやぁ、本当に怖いわ」
何がとも、誰がとも言わない。
実に見事な『視線誘導』だった。
右手にルイシア自身の視線も向けたことで、ローズは完全にそちらが本命だと思ったらしいが、ルイシアの本命は左足から繰り出される蹴り。
「普通なら、視線を向けた時点でその行動をする方は『失敗するわけにはいかない』とかいう心理が働くはずだから、意識もまとめてそっちに向くはずなんだけど、ルイシアの『本命』は蹴りを繰り出すための足だからね。私たちみたいに、こうやって見てる側じゃないと、意外と気付きにくいかもね」
「……説明、ご苦労さん」
けれど、説明していてルイナも思ったことがある。
ここまで、嫌ってほどルイシアの手の内を見せられたわけだが――
(本当、味方で良かった)
もし敵だったら、対戦相手だったら、と考えたらキリがないが、それでも考えてしまう。
――ルイシアと敵対することとなった場合、彼女に勝てるのか、と。
もう、数え切れないぐらいに思い、考えたはずだ。
ルイナは何気なく、指に填めている指輪に目を向ける。
様々な効果が込められているが、それを使おうが使わまいが、ルイシアたちやルカ、銀たち先輩が相手でなければ、ルイナとしてはその気になれば(どちらかといえば)勝てる気ではいる。
ルイシアも恐れてはいる、精霊たちの能力を使わない――本来の彼女の能力を以てすれば、勝機は跳ね上がるだろうが、コントロールが大変なのと、威力が馬鹿に出来ないために使わないし、ルイシアたちとて止めるのだ。
故に、ルイナも使い所は弁えているから、彼女は思う。
(リーダー戦で、私をキレさせるようなことだけはしないでよ)
と――
☆★☆
ルイシアたちの攻防は、今もなお続いていた。
ルイシアは事前に得ていたものと、この戦いの中で得た情報の下、ローズの弱点を衝こうとするが、次々と彼女に躱されていた。
どうやら、先程の嘘の視線誘導により、仮面を取られるかもしれないという可能性を恐れているらしい。
(うーん……読まれているにしろ、読まれてないにしろ、これじゃあ、まともに攻撃すら出来ない)
魔法による遠距離攻撃をするという手が無いわけではないが、距離が距離ならば、相手に防ぐ手段を与えてしまう。
(仮面を狙わないと言っても信用はされないだろうし、どうしたものか)
獣人の力を持つラッシュやデュアル能力者であるユリウスとは違い、ローズの場合は特殊能力者というわけでもなければ、ただ仮面を身に着けた――普通の少女。
態度で示したところで、うっかりでも触れてしまえば、やっぱり狙っていたのだと言及されかねない。
「……貴女たちは」
「ん?」
「貴女たちは、何のために戦ってるの?」
唐突なローズからの問いだった。
「何のため、か」
幼少期からずっと魔術師協会に居たせいで、協会の規則が当たり前になっていたわけだが、協会の協会に移動してもそれは変わらず、仕事を熟す日々。
それでも、仕事をするためには配達人や他の誰かを護るために『戦力』が必要で。
協会に居れば、いつかまた仕事と称して、家族や友人と会えるはずだと思っている人たちも居て。
「私たち協会職員は、何があっても対処できるように、帰ってこられるように、仕事の配達人とともに、どんなに危険な場所や数年掛かるレベルの世界の果てであろうと、何かを『届ける』ために向かわないといけないから。そのために必要となる能力が求められている以上、地道に経験を積んでいくしか、手は無いんだよね」
そもそも、配達人たちが所属する『レターズ』と魔術師たちが所属する『魔術師協会』は、仕事内容を説明すれば、郵便事業なのだ。
ただ、それ以上に『魔術師協会』の名前が有名になりすぎてしまった。
「ま、ぶっちゃけこうは言ったけど、下手なことはあまり出来ないし、言うことも出来ないんだけどね」
「……」
「『何のために戦うのか』って聞いたけど、私の意見は『明日、また会うため』に限るよ。次の日に家族や友人に会うためなら、どんなに嫌なことでも頑張れるでしょ?」
そんなルイシアの言葉に、ルイナたちは小さく笑みを浮かべる。
「――どんなに死にそうになったって、私自身の行動で大切な人たちを悲しませるのだけは、絶対に私は認めない」
それが、その人が出した決意や決断だったとしても。
ルイシアにとっては、ルイナたちが悲しむようなことだけはしたくはないから。
「……なに、それ……」
そんな答えなんて、求めていなかった。
こちらが羨ましいと思えるようなことを言ってやるつもりだった。
こちらが怒れるような答えが欲しかった。
でも、それは逆の答えで。
やっぱり、彼女たちの方が羨ましく思えて。
先程の光景のせいで、自分たちに向けられる目は『異常』であることを知らされた。
――ああ、やっぱり、私たちがおかしいんであって、あちらが『正常』なのか。
つまり、以前抱いた『願い』は間違っていなかった。
でも、その『考え』は、同胞たちの中では『異常』で『異端』。
「っ、」
何で。
どうして。
彼女たちが何の苦もなく抱ける『願い』や『想い』を、自分は抱けない? 選べない? 抱くことや選ぶことすら、何故禁じられる?
「私たちの『思い』なんか、知らないくせに!」
「――っつ!?」
ローズの気を含んだ一言に、ルイシアは息を飲んだ。
「望んだり、願ったりすれば、欲しいものや平凡な日々でさえ手に入る貴女たちに、私の抱いた小さな『願い』はっ、可能性の欠片すら、何一つ手に入らない!」
自分を殺し、仮面を着けたまま生きていくのか。
それとも、仮面を外し、同胞たちの手により、殺されるのか。
――そんなの、選ぶまでもない。
そして、ローズをここまで動かしたのは――仮面の奥深くにあるであろう彼女の、怒りと憎しみと悲しみを秘めた『意志』。
「……」
常人にとっては普通や当たり前であろうと、その当人にとっては全くの別物で。
ただ、普通よりも魔力が多いというだけで恐ろしい何かを見るような目を向けられながらも、自分たちの意志を殺すこと無く、ただ耐えて唯一無二とも言える人たちと出会えたルイシアとルイナ。
逆に、望んだ『普通』すら与えられず、自分の意志を殺し、ただひたすら仮面軍団が決めた規則に耐えてきたローズ。
(考えるまでもない、よね)
ルイナの方に目を向ければ、何の混じり気も無い瞳で頷かれる。
きっと、彼女の言葉を聞いていて、以前の自分たちを思い出したのだろう。
ただ、ローズに同情したわけでも、彼女の文句に何も思わなかったわけではないということだけ。
そして、ルイシア自身が自らをコントロール出来なくなったりしても、ルイナは全力で止めてくれるだろうから。
(それさえ分かっていれば十分)
これで、どうするべきなのか、自分がどのような行動をするべきなのかが決まったから。
「私たちに言いたいことも、文句があることも分かった。そして、貴女の仮面を取るのは止める。その代わり――」
武器生成の能力を持つ頼人ですら分からなかったルイシアの武器が、彼女の近くに姿を現す。
「壊してあげる。それも木端微塵に。貴女の願いを打ち砕いたその仮面を修復不可能なレベルで」
ルイシアは、そう告げた。