第三ー十六話:団体戦本選・第二試合Ⅰ(仮面の少女)
第一試合が終わり、第二試合を待っていたルイナたちの番が来た。
対する相手は、全員何の着色も装飾もされていない、真っ白な仮面を付けた謎の仮面軍団。
とはいえ、彼らがしている仮面は、視界確保のために目の部分と、呼吸確保のために鼻の部分が空いていたり、口元が見えているだけで、それ以外の部分が覆われているだけなのだが。
「本選最初の試合だからね。みんなで勝って、勢いをつけよう」
「そのためにも、あの仮面軍団に勝たなきゃ」
こつんと、四人で拳を合わせる。
「緊張なんかしてないよな?」
「まさか。緊張なんかしてたら、予選なんか突破出来てねぇよ」
男同士でそう話し合う。
「卑怯な奴らが居たら、どうする?」
「もちろん、全力で叩き潰す。そいつらと試合した人たちのためにも」
「物騒だな」
「つか、女同士がするような会話じゃないよな」
ルイナとルイシアの会話に、頼人と玖蘭が突っ込む。
「あ、女の子扱いしてくれるんだ」
「間違ってないだろ?」
くすりと笑みを浮かべるルイナに、玖蘭が「違うのか?」とでも言いたげに、ニヤリと笑みを浮かべる。
「でも、私たちは協会所属の魔術師。『協会の闇すらも眩ませる程の、正義と力と誠意を抱き――』」
「『もし、そこに闇があれば、光の元へと導き、明るみにし、不正を質し、糺し、正そう。』」
「『そして、敵対せしものたちには、少しばかりの憂い等を抱き、鉄槌を。』」
「『それが、我ら協会所属の魔術師が魔術師で居られるための規則であり、規定である――』……ってか?」
ルイシアが言い出し、それを察したルイナが続き、視線で促された頼人も言えば、自然と玖蘭も続いたことにより、協会規定を口にするのが繋がったことで、思わず噴き出してしまう。
四人で順には言ってみたが、普通はここまで覚えていない上に、先輩であり、本部所属のルカや銀たちも覚えているのかどうかも分からないレベルなのだが、ルイナたちが暗唱できるほど覚えていたのは、『協会の協会』で特にやることが無かったため、暇潰しで覚えただけである(頼人はアルカリートに覚えさせられた)。
「よし、じゃあ行ってくる」
「ん、気を付けて」
「負けんなよ」
「一発、打ち噛ましておいで」
「ああ」
それぞれに見送られる形で、魔術師協会側で最初にバトルフィールドに上がったのは頼人なのだが、それに答えるかのように、仮面軍団側から一人上がってくる。
「それにしても、何か嫌な感じ」
「そうだね。あの仮面、最初は民族的なものかと思ったけど、どうやら違うみたいだし」
真っ白過ぎるせいか、逆に不気味さを放つ仮面を付けている対戦相手たちに、彼らを見ていたルイナたちは思案する。
「これなら、十六夜たちが付けている仮面の方がまだ良い方だよね」
「そう言ってくれるのは俺としても嬉しいが、そもそも十六夜たちと着けている目的が違うだろうしな」
そう言って、玖蘭は仮面軍団の仮面に目を細め、視線を向ける。
一方で、別室で(ガラス越しに)ルイナたちの試合を観戦しようとしていた飛鳥たちを含む出場者たちの中に、どちらと当たるかで賭けをしている者もいた。
「どっちが勝つと思う?」
「う~ん……実力なら協会チームって言いたいけど、その場に居る=勝ち抜いてきたってことだから、仮面軍団も強いんだろうけど……」
それが隣故か、話し声が大きかったためかは不明だが、それを見ていた飛鳥たちは、といえば――……
「どうせだしさ。もし、彼女たちと当たったら、誰が誰を相手にするか決めておこうか」
「気が早くない? まだ一試合もしてないのに、もう彼女たちと戦うことを想定しとくとかさ」
「今からの相手に悪いよな。相手が自分たちじゃない他の奴らに意識が向けられてるって、最初から眼中に無いって、態度で示してるようなものだし」
「けど、飛鳥なら仕方ない。あの時からずっと彼女しか見てなかったわけだし」
チームメイトたちから、それぞれそう返されたことで、飛鳥は顔を顰める。
「誤解を招くような言い回しは止めてくれ。それに、俺は戦うのを楽しみにしているだけで、恋愛感情的なものは一切無いから」
それを聞いて、顔を見合わせる上総たちチームメイト。
「え、あれ、マジで言ってる?」
「分かりやすく取り繕ったりしてないから、マジなんだろうなぁ……」
「無自覚が怖いって言うけど、あれは下手に自覚させない方が柊さんたちのためにも良いと思う」
そう小声で話し合い、結論を出した三人は、それぞれ溜め息を吐くのだった。
そして、そう話していることを知らないルイナたち側は、といえば、これからバトルが始まろうとしていた。
『それでは、参ります。本選・第三試合――』
総合司会兼実況のラハールが告げる。
『試合、開始!』
その声とともに、客席から歓声が上がる。
「こっちは勝たなきゃなんないからな。勝たせてもらうぞ!」
頼人がその手に剣を出現させ、積極的に仕掛けに行くが、相手の仮面を付けた少女はそれを回避する。
「……」
「……」
互いに無言で対峙する。
見た感じ、対戦相手である彼女は、同年代か年下のように見えるが、だからといって、頼人は手を抜くつもりはない。
そんなに間を取ってないことから、すぐに角度を変えるかのように足首を捻らせ、軽く方向を変えたことにより、持っていた剣の角度を変えた頼人は、その刃を仮面の少女に向けて放つものの、彼女の短剣に受け止められる。
「へぇ、今のを受け止めるのか」
「……」
「まあ、別にどうされようと構わないんだが……」
少女から距離を取り、頼人は剣を構え直す。
(何か、気持ち悪いんだよなぁ)
先程のように刃を受け止めたりしていることから、何らかの反応が無いというわけではないのだが、何というか、変化が無いのだ。
というのも、仮面をしているから、と言ってしまえばそうなのだが、表情の変化が特に無い。驚いたような表情などの雰囲気すらもだ。まるで、人形であるかのように。
(まあ、どんな事情があろうと、俺には関係無いがな)
あくまで自分のやるべきことは、チームのために勝利を齎すことだけだ。
☆★☆
「ここからどうなると思う?」
「まだ始まったばかりだし……どうだろうねぇ」
横目で尋ねるルイシアに、ルイナは思案するような顔で、フィールドを見つめる。
「ま、持ちかけバトルの時みたいに、勝とうが負けようが第一戦目は様子見。頼人が勝てば嬉しいし、負けたら負けたで私たちが頑張ればいい」
だから、頼人がトップバッターで出て行かなかったとしても、それだけは変わらない。
(けど――)
何だか、嫌な予感がするのは気のせいか。
一方の飛鳥陣営は、といえば――……
「どっちが勝つかな~」
意外と楽しんでいた。
「だが、まだ始まったばかりとはいえ、随分一方的だな」
「防御はしてるけど……何というか淡々としてるし」
「しかも、驚いた様子すら無い。どのパターンで来るのか、もうすでに予想済みってか?」
上総の台詞に、メンバーが顔を見合わせる。
「まっさかぁ。予選の時に時間のあった私たちならともかく、予選出場者であり、参加ブロックも別な相手チームの戦い方を見られると思う? 予選はどのブロックも同時刻で開始され、進行していったわけだし」
「何より――見る時間は無いに等しい、か」
「補欠メンバーや予備要員に見に行かせたという可能性は?」
「協会みたいに、動かせる人数制限が無いわけじゃない。連れてきている人数にも依るだろうが、そいつが出られる保証もない」
まあ、どんな場所に居た所で、あんな仮面を着けていたら目立つだろうから、可能性は低いだろうな、と上総はそう結論付ける。
「――まあ、彼女たちも似たようなことを考えてはいるんだろうけどね」
控え室に設置されていたモニターへちらりと映ったルイナたちの様子に、上総はそう纏める。
「……」
そんな試合の行方を(立ったまま)見ていながら、ずっと無言で通していた飛鳥は、くるりとその身を翻す。
「飛鳥ー?」
「どしたのー?」
「リーダー戦になりそうだったら教えてくれ。少し出てくる」
そう言うと部屋を出て行った飛鳥に、上総たちは肩を竦める。
「揉め事は勘弁してほしいんだけどな」
「もしそうなったら、お兄ちゃんの出番でしょ」
「……頼むから、嫌なフラグは立てないでくれ」
妹の容赦ない一言に、上総は今度こそがっくりと肩を落とした。
☆★☆
フィールドでは、相手の能力によって変化の対応に優れている頼人が相手を追いつめていた。
追いつめていた、と言っても、試合開始時とほとんど同じで、頼人が一方的に攻撃していただけなのだが、相手も相手でやられっぱなしという事もないらしい。
だが、状況は気づきにくくも変化していたらしい。
「――ッツ!?」
相手の、仮面が無い口元が弧を描けば、それを見た頼人は背筋がぞくりとしたことで、状況を理解する。
(……なるほどな。ようやく、やる気を出してもらえるって訳か)
勝てるかどうかは別にして、頼人の行動の“何か”が仮面の少女の“何か”に触れて、やる気を出す要因になったのだとしたら、頼人はそれに応えるまでだ。
「やっと、まともな試合になるみたいだな」
玖蘭がそう言って、息を吐く。
「まともな試合、ね」
『何だよ。その何か含みがありそうな言い方は』
玖蘭が不服そうな顔をしながら、ルイナに尋ねる。
「別に。何も無ければ良いなってだけ」
それを聞いて、玖蘭は片眉を器用に上げ、ルイシアはルイシアでルイナに横目で視線を向ける。
たとえ何かが起こったとしても、ルイナたちは現在進行形でフィールド外に居る以上、手出しはできない。――相手チームのフィールド外に居るメンバーが手を出してきたら、話は別だが。
「まあ、何かあったところで、頼人が自力で対処するでしょ。公衆の面前で、持ちかけバトルの時みたいに乱入するわけにもいかないし」
「いや、持ちかけバトルも乱入禁止だから」
魔術師バトルのルール準拠にさせておきながら、持ちかけバトルだからと乱入しても良いと捉えられるような言い回しをしたルイナに、ルイシアが冷静に突っ込む。
だが結局は、それが協会内の問題であるのか、世界規模のイベント事であるのか、という点が違うだけであり、今更もう過ぎたことを蒸し返すつもりもない。
「とにもかくにも、売られた喧嘩は買うってことで」
「内容にも因るけど……まあ、誰を相手にしたのか。分からせるのも良いだろうね」
笑みを浮かべながらも何やら物騒な会話をしている女性陣に、玖蘭はやや引きながらも距離を取る。
「つーか、俺らまともに頼人の応援してねぇよなぁ……」
普通、今戦っている選手やチームの名前を呼ぶのが応援だと思うのだが、思い返せば、そのほとんどはこの場で駄弁っているだけだ。
(ま、こいつらほどではないが、あいつの実力は把握しつつあるし、大丈夫だろ)
そう思いつつ、フィールドで戦い続けている頼人に玖蘭は目を向ける。
そんな頼人は、といえば――
(――ああもう!)
内心、荒れていた。
「やっぱり、いろいろと隠してやがったか」
攻守交代――といえば聞こえは良いが、現在の状況としては、頼人が防戦一方であり、何よりルイナたちは手出しできないのもそうだが、「これぐらいどうにか出来るでしょ?」と視線で言ってきているのだから、質が悪い。
そして、相手の戦い方に関しても、ルイナたちほど質が悪いとまではいかないが、面倒であることは理解している。
「っ、」
あーあ、と頼人は思う。
チームメイトたちにはどうにか出来るというプレッシャーを与えられるし。
相手は相手で変な仮面を付けている上に、面倒くさい戦い方をしてくるし。
何より――
(もう本選だから、出し惜しみしなくて良いんだよな?)
誰かへの確認ではない。
それに、目の前に居る奴なんざ、幼馴染たちと比べたら、まだ可愛い方だ。
「おい、へんてこ仮面」
「……」
「お前の本気なんざ、どうでもいいが――」
頼人の目が、仮面の少女を捉える。
「この場の勝利は貰うぞ」
相変わらず、何の反応も無いが、頼人の方としても、そんなことはどうでもいい。
ゆっくりと息を吐いていく。
あの二人に付き合わされていたが故に、修得できた。
仕事中でも滅多に出さないし、持ちかけバトル時の対アルカリート戦では、その存在をすっかり忘れていた。
けれど――今は思い出したし、覚えているから。
「……」
今からやるのは、瞬殺ではない。
行動を封じるのが、主な目的なだけだ。
「頼むから、死んではくれるなよ?」
この素早さに対応しきれず、こちらの攻撃が入って死亡、なんて冗談ではない。
持っていた剣を還し、新たに刀を生成する。
「……問題ない。勝つのはこっちだから」
ようやく口を開いた少女に、頼人は笑みを浮かべる。
「ようやく話したな」
「……」
「また、黙っちまったか」
だが、彼女が話そうが話さまいが、頼人には関係ない。
「それじゃあ、行くぞ」
声は掛けた。
さあ、反応できるか否か。
「――っ、」
かん、と甲高い音が響く。
『ローリエ選手、秋月選手の素早さから繰り出された一撃を受け止めたーーーーっ!!』
ラハールの実況に、会場が観客たちの歓声に覆われる。
「何とか止めたとはいえ、ギリギリだったな」
「っ、」
相手の少女――ローリエは悔しそうな顔をする。
何で、どうしてなどと問いはしないが、今のはまぐれでしかない。
もし、次があったとしたら、負けるのは確実にこちら側だ。
(だからこそ――)
次の攻撃も受け止めなければならない。
「っ、」
けれど、そう上手く行くはずもなく。
(しかも、一撃一撃が重い……っ!)
ローリエは歯を食い縛りながらも、頼人からの攻撃に耐える。
加えて化け物じみた素早さである。追いつくのもやっとだ。
(これが、協会の魔術師の力……)
でも、ローリエとて勝利を諦めるつもりはない。
「させ、ないっ!」
巨大な“火球”を出現させたローリエは、頼人に向けて放つ。
だが、それだけではない。
“火球”が対処され、頼人がこちらに向かって来させないための、ある意味時間稼ぎ用として、追撃も兼ねた魔法も放ち、追加する。
「そう来なくっちゃな」
頼人も頼人で笑みを浮かべる。
「けど――」
頼人とて、武器生成の能力しか使えない訳ではない。
「そっちのやり方にどんな目的があろうと、俺の動きを止めたきゃ、もう少し数を増やすべきだったな」
追撃用の魔法をいくつか叩っ切ったり、地面に撃ち落としたりしながらも、頼人は最後に巨大な“火球”を切り裂く。
「じゃないと、後に控えたうちの面々には勝てないぞ?」
頼人がそう言い終わるのと同時に、ローリエの付けていた仮面からぱりん、という音が鳴る。
「え……?」
いきなり視界が開けたことで、ローリエは目を見開く。
「……あ?」
「おや、美少女」
状況が理解出来ていなさそうなローリエに対し、試合を見ていたルイナが意外そうにぽつりと洩らす。
それに対し、苦笑するルイシアと玖蘭。
「まあ、間違ってはないんだけどね」
確かに、ローリエの容姿はルイナが言った通り、美少女ではあるのだが、当の本人は小さく揺れながら、顔から外れた仮面の破片を拾い上げる。
壊れたとはいっても大きな破片のみで、そんなに粉々でもないため、直そうとすれば直らないこともない。
「……あ……あ……」
「何だ?」
そして、ローリエの仮面を壊したであろう張本人である頼人は不思議そうにしながらも、すぐにローリエとの間を取るが、それでも彼女の様子が変わることはなく――何かに絶望したかのような表情のまま、ぼんやりと割れた仮面を見つめていた。
それぐらい大切なものだったのか? と思う頼人たちだが、彼女にとっては、きっと大切なものだったのだろう。
『ローリエ選手、一体どうしたのでしょうか?』
少しばかり様子を見守っていたラハールも、ローリエの不審さに気づき、不思議そうに実況する。
そして、次の瞬間、この試合を見ていた全員が自身の目を疑うこととなる。
「なっ……!?」
頼人の前には対戦相手の血が飛んでおり、何が自分に掛かったのかを確かめた頼人は、赤く染まった指先に目を見開く。
そして、少しずつ顔を上げ、目の前の光景が視界に入り、一体何が起こったのかと認識すれば――悲鳴が会場全体に響き渡る。
「い……いやああああっ!」
「きゃああああっ!」
『っ、皆さん、落ち着いてください!』
悲鳴を上げる者や怒る者もいるが、それでも冷静に対処しようと声を掛けるラハールの説得にも会場中の騒がしさは静まらない。
『大丈夫です! 大丈夫ですから!! 皆さん、落ち着いてください!』
一体、同じ言葉を何回呼び掛けたのだろうか。
だが、会場中に声を響かせられるのは、大会の総合司会であるラハールだけなため、彼は観客たちを宥めるために、必死に声を掛け続ける。
『大丈夫です。皆さんに攻撃等が当たらないよう、結界で覆っておりますので、自らへの被害を心配なさっている方は、その心配は必要ありません。今、目の前の光景についても同様に、皆様の怒りや不安はご尤もですが、心配する必要はございません。きちんと大会本部が責任を持って対処させていただきます』
ラハールの必死の呼び掛けもあり、会場内が静まり始めようとした一方で、廊下でその映像を見ていた飛鳥もこの光景には驚いていたが、数秒後には特に気にした様子もなく、再度歩き出す。
そして、何よりも――その光景を目の前で行われたことにより、頼人は刀を落とすほどではないが、刀を持つ力が弱まったことに気付かないほどに、対戦相手であるローリエを見つめていた。
「……んで」
「ルイナ?」
耳に届いた呟きに、ルイシアがルイナに目を移せば、それは見開かれた。
怒気に満ちた目。
仮面軍団のやり方に、ルイナは静かに怒っていた。




