第三ー十四話:団体戦予選・第三試合⑫(水中決戦)
気を失っていると思われるアルフォードを捜しに、ルイナはウォーティとともに海へと潜っていく。
ウォーティが水の精霊であるが故なのか、呼吸についてはそんなに問題ではないのだが、ルイナにより蹴り飛ばされたアルフォードは別だ。急いで捜さなければ、溺死しかねない。
『ルイナちゃん、あそこ!』
水中であればどんなに暗い海底すらも見通せるウォーティが指し示すが、いくら契約状態にあるルイナでも、ウォーティが見つけたらしいアルフォードを目視で確認することが出来ない。
とりあえず、ウォーティが指し示した方へ向かって、ルイナはスピードを上げて向かう。
彼が居るであろう場所に近付けば近付くほど、その場で浮いているアルフォードの姿が認識できる。
(とにかく、まずは呼吸を確保しないと)
見た限り、意識を失ってはいるようだが、彼のデュアルモードが解けていないのを見ると、どうやら死んではいないらしい。
だが、この場所から海上に移動しようにも距離はかなりあるため、今は(簡易的にだが)水中で空気が確保できるように大きな泡を作り出し、アルフォードの顔部分を狙うようにして、ふわふわと泡を向かわせる。
「よし」
上手いことアルフォードの顔が泡の中に入ったことで、まずは安堵の息を吐く。
あとは、どうにかして彼の意識を回復させ、海上へと向かわなければならないのだがーー
「さて、どうしようか」
ルイナがアルフォードの腕を肩に乗せて運んでも良いのだが、デュアルモードが解けてないせいで、彼女よりも身長が高い状態の彼をこのまま連れて行くと、地上で引きずることになるのは目に見えている。
『もう、さ。地上に連れてくだけ連れてって、あとはあっちの回収係に任せようよ』
ルイナたちの様子を見ながらも、側を泳いでいた魚と遊んでいたウォーティがそう言う。
そんな彼女に、「いや、駄目でしょ」と思いながらも、ルイナがアルフォードの方へと足を向け始める。
「ーーっ、!?」
ーーが、突然飛んできた、横からの雷撃に、ルイナたちはその場で足を止めることとなった。
(本当、生きててくれて有りがたいし、意識が回復したのも良かったけど……これはこれで、かなりヤバい!)
特に表情もなく、今の雷撃ーー魔法を放ったのは自分だと言わんばかりに、片腕を軽く上げた状態のアルフォードに対し、ルイナは顔を引きつらせる。
バトルフィールドが海中となったことで、今のルイナたちに雷属性の魔法や魔術が放たれれば、負ける確率が高まるのは言うまでもない。
『どうするの?』
ウォーティに問われたところで、ルイナの答えなんて決まっている。
「やるしかないでしょ。いくら私たちに有利なフィールドとはいえ、速攻で決めないと、私も彼も辛いだろうし」
『まあ、それは否定しないけど……姉さんと代わる?』
ウォーティには同じ水属性の姉が居り、姉妹揃ってルイナを契約者としている。
ただ、姉妹の実力は高いが、二人の得意とする分野が違うため、今は契約主であるルイナが状況に応じて判断している状態ではある。
そんなウォーティの問いに、ルイナは必要ないと返す。
「今は防御力よりも攻撃と素早さ優先。このまま行くよ」
勝利は欲しいが、それ以前に人命優先だ。
手にしていた槍を改めて構えるルイナに、ウォーティも笑みを浮かべる。
『了解!』
ルイナとの会話を終えたウォーティが、海の気を集めるかのように、目を閉じて軽く腕を伸ばす。
上から射し込む光の影響か、きらきらとした光がウォーティへと降り注ぐ。
まるでスポットライトを浴びているかのような光景に、隣で見ていたルイナは小さく笑みを浮かべ、画面越しに見ていたルイシアたちも笑みを浮かべる。
「本来の姿だと、もっと幻想的だったでしょうに」
もし人間なら、美少女に分類されるであろうウォーティだが、彼女の本来の姿を知るルイシアは、ぽつりとそう洩らす。
何せ、現在進行形で契約状態のルイナを見れば、想像することは容易い。
『……行くよ』
ウォーティがそっと目を開けば、海色の光が揺れる。
「ーー『水中は我がフィールドなり』、ってね」
ウォーティとの契約効果なのか、青い光を纏った状態のルイナが、アルフォードの元へと猛スピードで突っ込んでいく。
だが、アルフォードもアルフォードで、水中でも息が出来るようになったためか、薄ぼんやりとしていた目は完全に開かれる。
「っ、」
アルフォードがとっさに回避し、ルイナは彼の近くを通り過ぎるが、彼の意識が完全に覚醒したのだと判断すれば、槍の切っ先を下に向け、魔法による渦を起こし、彼を捕らえる。
「このっ……!」
「一応、死なないように呼吸確保してあげたんだから、恨まれる覚えはないんだけど」
やれやれと言いたげに、ルイナは肩を竦めながらも、指先はウォーティとの契約故か、所々で癖っ毛のように跳ねている髪の毛をいじっている。
「ああ、その点は感謝している。けどなーー」
アルフォードからバチバチと散っている火花に、この後に起こるであろう事象を想像したルイナとウォーティはすぐさま回避行動に移る。
「“サンダー・テンペスト”!」
「ヤバい! ヤバい! ヤバい!」
雷属性の全方位攻撃魔法“サンダー・テンペスト”がルイナたちの方へと迫る。
いくらウォーティが素早さ面に優れていようと、雷の速度を上回れるかどうかと言えば、不可能に近い。フィールド効果をプラスしたとしても、それは変わらない。
「ルイナ!」
さすがに、この状況を見ていてマズいと思ったのか、ルイシアが中腰になりながら叫ぶ。
「あのバカ! どうしてあの子たちのことを忘れてるの!」
回避行動で精一杯なのか、どうやら、この状況を打破できる存在のことが、綺麗に頭から抜け落ちているらしい。
いつもの冷静沈着さを失った彼女に、状況が状況だから仕方ないとはいえ、後で一言言ってやろうと思うルイシア。
だって、彼らが、彼女たちが、契約者であるルイナを見捨てるはずは無いのだから。
『酷いなぁ。ずっと呼んでくれるの、待ってたのに』
『俺たちの存在が抜け落ちるなんて、らしくない』
聞き覚えのある声が、ルイナの両耳に聞こえる。
『このタイミングで代わると危なくなっちゃうから、今は武器だけね』
黄色い光がルイナの両耳から離れ、彼女が手にしていた槍に触れれば、槍の形が三つ叉の槍へと姿を変える。
「雷、槍……」
そこで、ルイナはハッとする。
そういえば、何故忘れていたのだろうか。
自分の、自分たちの、隣に居たではないか。
雷を擬人化したような雷の精霊たちがーー……
「ウォーティ!」
『やるよ。さっきの失態を取り消さないと、地上に戻ってから、ファイアに何言われるか分かんないからね!』
ウォーティが渦を発生させ、“サンダー・テンペスト”の通り道を限定し、威力等を分散させる。
「確かに焦りはしたけど……“サンダー・テンペスト”で、私を倒せると思うなよ」
そして、三つ叉槍を掲げれば、三つ叉槍に向かって、“サンダー・テンペスト”の雷が、避雷針に集まる雷の如く向かっていく。
「雷属性の魔法を、それも全方位攻撃魔法を、海中で受けたらどうなるかなんて……考えなくとも分かってるだろうがぁっ!」
そう、アルフォードの行動は、一歩間違えれば自殺行為に等しく、下手したら両者ともに死亡扱いされてもおかしくなかった。
今回の場合、相手がルイナであり、どうにか出来る手段を(忘れていたとはいえ)持ち合わせていたから、どうにかなったのだ。
『そうまでして、ルイナちゃん……協会の魔術師に勝ちたかったのか、単にデュアル能力者としての能力を示したかったのかは分からないけど』
すっ、とウォーティがルイナの元を離れて、アルフォードの元へと向かう。
『貴方はもう少し、自分の身体を大切にするべきよ』
アルフォードが負った怪我の中で、一番酷そうな部分にウォーティは治癒魔法を掛ける。
「ウォーティが自分から治しに行くなんてこと、滅多に無いから、甘んじて受けときなさい」
何か言いたげなアルフォードに、ルイナはそう告げると、自身の上を示し、泳いでいく。
そんなルイナや彼女の後を何事も無かったかのように平然と付いていくウォーティに対し、いくつかの疑問を残しながらも、二人の後を大人しく付いていくアルフォード。
「……ぷはっ。やっぱり、顔だけでも地上に出してる方が楽だわ」
先に海面から顔を出したルイナがそう言えば、隣に居たウォーティが何か言いたげな目を向ける。
いくら契約状態でありながら、水中で自由に行動できる上に、海面で一度呼吸し直す必要が無いとはいえ、ルイナは人間であり、いくらか安心できるのは地上である。だからこそ、地に足が着いていないと落ち着かないということもあるわけで。
それを理解しながらも、どこか文句を言いたそうなウォーティに苦笑し、ルイナはアルフォードの方へと目を向ける。
どうやら彼も、無事に上がってくることは出来たらしいのだが、呼吸用の泡が透明なせいか、泡に関しては周囲の景色と同化してしまっている。
「さて、これからどうする? 決着、付ける?」
「……当たり前だ」
どうやら彼は、まだ戦う気らしい。
よくもまあ、そこまで戦意を持続させられるものだと、ルイナは内心感心に似たような感情を抱く。
「満身創痍な状態で? せっかく、傷を治してもらえたのに?」
そんなルイナの言葉に、アルフォードは顔を顰める。
勝つためとはいえ、そうしたのはこちらだが、ルイナに怪我人を甚振る趣味は無い。それに、やりすぎて彼を殺したら、負けるのはルイナたちだ。
あと、ウォーティの行動を水の泡にしたくない、というのもある。
「ウォーティぃ~」
『もう、ルイナちゃんの好きにしたら良いんじゃないかな』
本当にどうしようか、と情けなくも聞こえるような声で振ってくるルイナに、ウォーティはぞんざいに返す。
これでもし、ルイナとアルフォードの立場が逆なら、ウォーティは遠慮なく力を貸しただろうが、今はどこからどう見てもルイナが有利であり、契約状態であるが故にウォーティは然程心配していない。
ただ、そんな彼女に油断大敵とも言いたくなるが、ルイナならこの状況から一気に不利になったとしても、どうにか出来るはずだと思っているからこその放置でもある。もし、逆転が不可能な状態やルイナが死にかけるような状態になれば、その時こそウォーティたち契約精霊の出番であり、その力を以て、容赦なく叩き潰すまでだ。
ーー何があろうと、ルイナに本気を出させるわけには行かない。
それが元契約者であり、彼女の母親と兄との約束だから。
そんな精霊(たち)の想いを知ってか知らずか、丸投げしやがってと思いながら、自身をぞんざいに扱ってきたウォーティからアルフォードに視線を戻すルイナ。
「もう面倒だなぁ」
海面から浜辺へと上がれば、それを見ていたのであろうアルフォードも同じように浜辺へと移動する。
ここでなら、アルフォードも好き放題動くことが出来るだろう……なんて考えていない。
片やびしょ濡れ状態、片や濡れた形跡ほぼゼロである。
ウォーティとの契約に因るものと言ってしまえば、水関係はそれだけで片付くのだが、それだけで納得してもらえるわけがない。
「とりあえず……どっから持ってきた。薪にしている枝は」
ずっと逸らしていた目の前の光景に、何故そんなものーー小さな焚き火がこの場にあるのかなど、聞くまでもない。
『あ、ルイナさんとウォーティ。お帰りなさい。暖まる用意は出来てるよ』
「……ねぇ、ファイア。ウォーティとの契約状態だと、焚き火とかは無意味だって、知ってるよね?」
『つか、魚まであるのは何で? どうやって、捕ったの? ねぇ、どうやって?』
もう、突っ込みどころ満載である。
「みんなに協力してもらって……?」
「何故、疑問系!? つか、ファイアの言う『みんな』って、『契約精霊たち』で合ってるよねぇっ!?」
『……あー。そういえば、ファイアには天然なとこがあったんだった』
ルイナの突っ込みに対し、ウォーティは遠い目をしながら、突っ込むのを放棄してる。
『うん? 大丈夫だよ? 僕、火の精霊だし。火事の心配は無いよ』
「……ああ、うん。そうだね」
まともに返すとこっちが疲れるだけだと判断したルイナは、突っ込むのを止めて、溜め息を吐く。
『それで、結局どうなったの? 勝ったの、負けたの?』
「どうなったんだろうね……」
こっちが聞きたいとばかりに、ルイナはアルフォードに目を向けるが……
「……私の勝ち、か」
本当はもういろいろと限界だったのだろう、その場に倒れていたアルフォードを見て、ルイナはぽつりと呟く。
デュアルモードが解けている様子を見ると、完全に気を失っているらしい。
そう判断したルイナがウォーティとの契約を解除すれば、それを見ていたのだろう。勝敗を告げるクロードの声が聞こえてくる。
『決着ーー! 勝者、柊ルイナ選手! なお、この試合を持ちまして、最終結果を集計した後、本選出場チームを選出及び発表させていただきます。選手の方々は、その場でもう少しだけお待ちください』
それを聞き、フィールドが解除されるのを見つつ、ルイナはぽつりと呟く。
「……何なんだ、これ」
そう言いたくなるのも分かるぐらいに、おそらく大会開始以来、最もぐだぐだな形で、ルイナは勝利を手にすることとなったのだった。