第三ー十三話:団体戦予選・第三試合⑪(火と水の断章)
アルフォードは彼の言葉通り、自身の魔法により、ルイナの“五重防壁”を破壊した。
「うん、まあ、残念でした」
「な、んで……」
ーーはずだった。
だからこそ、アルフォードも、それを見ていた観客たちも、自身の目を疑った。
そんな今目の前に居るルイナは、紛れもなく先程まで戦っていた彼女であることをアルフォードも分かってはいるものの、けど何で、という疑問だけが脳内でループする。
というのも、ルイナの手前には、薄い防壁が一枚だけ展開されていたからだ。
「ああ、これは協会の魔術師だからとか、関係ないから」
そうは言いながらも、どう言ったものか、とルイナは思案する。
「う~ん……『防壁を書き換えて、無効化した』、じゃ駄目かな?」
「書き換えの上に、無効化、だと……!?」
「私、どちらかといえば器用な方だからさ」
驚きを露わにするアルフォードに、ルイナは笑顔で返す。
「どぉこが、『どちらかといえば器用な方』だよ。最後の分が破壊される前に一歩下がって、防壁を書き換えて展開し直したくせに」
心配して損した、とばかりに、この状況を見ていたルイシアが不機嫌そうに告げる。
(とはいえ、ノーダメージってわけでもないでしょうに)
いくら精霊たちの属性効果で、ダメージを減らすことが出来たとしても、ルイナ自身にも相応のダメージは来る。ーーそれも、あんな近くで、高火力の魔法を受けたとなれば尚更。
『ルイナさん!』
『腕を貸して。今すぐ治すから』
「大丈夫だから、少し黙ってて」
焦ったような様子を見せる精霊たちを黙らせる。
アルフォードにはまだ余裕がある振りをしていたが、ルイナ自身としては、やはり受けたダメージがダメージなだけに、体力と魔力ともに怪しくなってきている。
(でも、利き腕じゃない上に、魔力の大半を回復に回してる。戦えないわけじゃない)
右腕しか使えないのがかなりのハンデでもあるが、回復さえしてしまえば何の問題も無い。
「大丈夫。私の残存魔力には、まだ余裕がある」
ファイアたちに伝えるかのように、そして、自分にも言い聞かせるかのように告げる。
軽く息を吐けば、心配そうな精霊たちと目が合う。
『ルイナさん……』
「そんな顔しない。私の実力、知ってるでしょ?」
『これが終わったら、治療するからね!?』
「ん、任せるよ。ウォーティ」
「頼りにしてるよ、二人とも」とルイナが付け加えれば、文句を言いたそうな目をファイアたちは向ける。
「それじゃ、次はこっちの番だ」
剣を顔の位置にまで掲げれば、その刃が炎を纏う。
「後のことも考えると、高威力の一発必中も一撃必殺も使えない。使えるのは、精々ファイアたちの本気を借りるぐらい」
『それなら、遠慮なく使ってくださいよ。僕たちの魔力も有り余ってるんですから』
いくら本人から許可が下りたからと、それじゃ遠慮なく、と使わないのがルイナである。
そんな彼女が攻撃してくると察知したのか、アルフォードも構えるがーー
「それだけで、防げると良いね。“緋蒼双破”」
ファイアとの契約中だというのに、ルイナの眼には赤と青の光が揺れ、手にしていた刃を渦巻いていた炎の一部が無くなる代わりに水の渦も現れたことにより、火と水の螺旋が出来上がる。
『ルイナさん……』
『何で……』
驚きを露わにする精霊たちに、ルイナは困った顔をする。
“緋蒼双破”は簡単に言えば、火と水の合体魔法である(混合魔法とも言う)。
それが何故、使えたのかと問われても、ルイナとしては使えるのだから仕方がない、としか返しようがない。
では、火の精霊と水の精霊が関係してるのか? とも思えるが、実は彼らは関係なかったりする。
使うための最低条件は、『火属性の魔法か魔術』と『水属性の魔法か魔術』を使えるようになることと、ある程度の技量である。
つまり、個々でどうにか出来る『技量』さえどうにかすれば、後は運やタイミングで勝手に発動する。
ーーで、今回の場合、偶然にもこのタイミングで発動しただけであり、ルイナも『出たら良いな』程度であったため、別に狙ったわけではない。結果、ルイナでもその程度、ということなのだから、完全に運による部分が大きいのである。
「『出ちゃったから』としか、言いようが無いんだけど……このフィールドで発動してくれて良かった」
「このフィールドで……?」
疑問を口にしたアルフォードだが、次の瞬間、何かに気付いたのか、振り返る。
「そう。ここは海岸フィールド」
ぽつりと呟くようにして言われたその言葉とともに、アルフォードを炎と水の魔法が襲う。
「ガァァァァアアアアーーーーッ!!」
そんな彼を、ルイナは目を細めて見ながら、ぴくりと左手の指先を動かす。
どうやら、その程度なら動かせるようになったらしい。
『ルイナさん』
今のうちに、と言いたげなファイアに、ルイナはウォーティに手を向けないし、何も言わない。
そんな彼女たちのやり取りを、アルフォードは炎と水の魔法の合間から覗き見ていた。
(何だ。ダメージ、あったんじゃねーか)
道理で、先程の魔法発動時から左手を使っていなかったわけだ、と思いつつーーだからこそ、アルフォードは今すぐここから脱出して、反撃したかった。
「グゥゥゥゥウウウウ!!」
唸るのと同時に、やや無理矢理ながらも二つの魔法の渦から脱出したアルフォードだが、その見た目は全体的にボロボロ。
「脱出するにしても、程があるでしょ……」
まあ、逆の立場だったら自分もしていたかもしれないので、呆れるだけに留めるルイナ。
「うるせぇ……まだ諦めたわけじゃないぞ。俺は」
「ああ、うん……」
片や全体的にボロボロで肩で息をするようなレベル、片や左腕(といっても、手から肘までだが)以外のダメージは軽微という、何とも与えられたダメージに差があるせいで、勝敗は明確に見えてしまう。
『ルイナちゃん』
ウォーティに呼ばれて、そちらを見てみれば、彼女に頷かれる。
『ここはウォーティに有利なフィールドだから、もう彼に引導を渡しちゃいなよ。ルイナさん』
「引導って……」
ここまでの流れで何を思ったのか、らしくもないファイアの言い方に、ルイナは顔を引きつらせる。
だが、終わらせないといけないのも事実で。
改めて、ルイナがアルフォードに目を向ければ、そこに彼の姿は無くーー
「ーーッツ!?」
「動かせないだろう左側から攻撃したっつーのに、今のを避けるんかよ!」
ルイナの危機察知能力が働いたのか、かなりのスピードがあったにも関わらず、アルフォードの攻撃を間一髪で避ける。
それでも、アルフォードの斬撃には触れたのか、ファイアとの契約で赤く染まっていたルイナの髪の数本は宙に舞っており、それを認識した途端、ルイナは顔を引きつらせる。
「たとえ受け止められなくとも、避けることぐらいは出来るんだけど」
避ける程度なら左腕がまともに使えなくとも、足さえ無事なら、何の支障も無い。支障も無いのだけどーー
(何か、イラッとした)
何故だろうか、と思えば、ああそうか、とルイナはすぐに気付く。
「嘗められた、っていうより、馬鹿にされた気分なんだ」
自分でも何故そう思ったのかは疑問だが、ルイナは持っていた剣を、無言で双剣へと変える。
『ちょっ、ルイナちゃん!?』
「それに、それぐらいなら、私にも出来る」
ぎょっとし、焦ったようなウォーティを無視し、ルイナは走って近づき、アルフォードを海へと蹴り飛ばす。
『えっ? あれ? ルイナさん、腕は!?』
こちらも若干パニックになっているらしいファイアを無視し、ルイナは自身が飛ばしたアルフォードの方向を見つめる。
「うーん……すぐに上がってくると思っていたけど、ここまで上がってこないとか、逆にマズいな。勢い良く蹴り過ぎたか?」
そもそも満身創痍なアルフォードに、ほぼ本気の蹴りを打ち込めば、どこであろうと気絶することぐらい予想できたはずなのに。
「ウォーティ」
『あ、うん』
ルイナとしては蹴った後、アルフォードが反撃してきた際の対応用として双剣にしたのに、その彼が上がってこないなら意味がない。
双剣から槍に変えて、もしかしたら、運良く上がってきてくれるかもしれないという希望も込めて、波打ち際に近付いていく。
『……』
「……」
『……ルイナちゃん。一応は見つけたけど、蹴り過ぎ』
「あ、やっぱり?」
ウォーティの責めるような眼差しを受けながらも、ルイナはやった責任も取らないといけないし、待っているだけなのも時間の無駄そうなので、彼を助けに行くしか無さそうだ。
「ファイアはお留守番ね」
『分かってますよ。水中での僕の価値なんて、無能レベルなんですから』
「はいはい、それが事実だとしてもひねくれなーい。明らかに私たち内の最大火力が何を言ってんの」
そう話しつつ、ファイアとの契約を解除し、きっちりと準備運動するルイナ。
今から出番が無くなるからと、拗ねられても困る。ルイナの精霊契約数上、彼以上に出番の無い精霊たちも居るというのに。
「それじゃ、さっさと助けに行きますか」
ウォーティとの契約により、青い髪に左右で違う髪飾りをし、青いドレスを着た少女が、そこに居た。




