第三ー十二話:団体戦予選・第三試合Ⅹ(精霊術師と二人目のデュアル能力者)
「全く、無茶するんだから」
フィールドから下りてきたルイシアに、ルイナがそう声を掛ける。
「言ってくれるじゃない。けど、私よりも精神的に疲れるのは、そっちだと思うよ」
「いつも以上に疲れているからか、いつものキレが無いな」
ルイシアのルイナに対する返事に、頼人がそう告げる。
「仕方ないだろ。相手が『デュアル能力者』だったんだから」
「とりあえず、ゆっくり休みなよ。私も勝ってくるからさ」
そう告げたルイナの髪が、フィールドに向かうと同時にふわりと舞う。
「気をつけなよ。何隠してるか分からないんだから」
「分かってますよー」
「あと、許可出しておいたから」
「ん」
ルイナとて油断しているわけではない。寧ろその逆で、かなり警戒している。
だって、相手はーー
「あ、ボール拾ってくれたお姉さんだ」
予選開始前に会ったときと何一つ変わっていない少年が、フィールドに上がってくる。
「んー、もうちょっとびっくりするかと思ってたけど、あんまり驚いてないね」
「予想出来てたからね。こっちは君とどう戦おうか、ずっと考えていたぐらいだし」
嘘は言っていない。
作戦とは言えない作戦が無いわけでもないが、何もしないよりはマシなはずだ。
「そっか。けど、お姉さん、強いみたいだからなぁ」
少年が笑みを浮かべる。
「どんな手を使ったり、どんな結果になったとしても、恨みっこ無しね」
「その台詞、そっくりそのまま返すよ」
証人は、この試合を見ている人たちだ。
『それでは、団体戦予選・最終試合ーー』
クロードが告げる。
『ーー試合開始』
正真正銘、最後の試合が始まった。
☆★☆
ぴちょん、と雫が落ちる音がする。
バトルフィールドは海岸フィールド。水と地の魔法が効果を発揮するフィールドである。
そして、何よりーー
『何このウォーティのためのフィールド』
ファイアが、そう愚痴るのも無理はない。
「フィールドがフィールドとはいえ、必ず勝てるとは限らないんだから」
『ルイナちゃん本人が言っちゃうの? それ』
有利だからと必ず勝てるわけではないことを指摘するルイナに、ウォーティが苦笑いする。
『でもまあ、完全なる海中フィールドだと、いくらウォーティが居るとはいえ、今度はルイナさんの方が大変だろうし、これで良かったんじゃない?』
何はともあれ、水の精霊であるウォーティに有利なフィールドであることには変わりがない。
「ーー作戦会議は終わった?」
「作戦会議っていうよりは、作戦確認かな」
ニコニコしながら尋ねてくる少年に、ルイナはそう返す。
「それじゃあ、始めようか」
先制したのはルイナであり、火球と水球が少年ヘと向かっていく。
「二属性の、それも組み合わせに向かない火と水を同時に放つとか、さすが協会の魔術師だね」
「けど、こんなのは序の口だし、どうせ君もそう思っているんでしょ?」
否定も肯定も無く、少年は笑みを浮かべるのみ。
「それじゃあ、次はこっちから行きますよ」
そんな少年の言葉に、ルイナは片足を引いて、そのまま様子見の態勢に入る。
少年はといえば、胸を張るかのように両肩を限界まで引き、両手には雷のような火花を散らしている。
「“小破轟雷波”!」
そして、両手を勢い良く突き出し、両手の雷をルイナに向けて勢い良く放つ。
「初っ端から飛ばしてくるなぁ。……けど」
現在の戦闘フィールドは海岸フィールドである。相手が雷属性を放ってきたこともあり、ルイナは海がある方とは逆の方へと回避する。
「……避けて正解、だったか。それにしても、かなりの威力だね。君の得意分野?」
“小破轟雷波”で抉れたであろう海岸を見て、ルイナは冷静に分析し、少年に尋ねる。
「使えないわけじゃないだけです」
「そっか」
「けどまあーー何かと使うことが多いだけで」
少年の言葉に、そっかと返しながらも、作戦予定を一気に立て直さないといけなくなったことにルイナは、内心溜め息を吐く。
『どうします? これでは、安易にウォーティの能力だけで、片付けられなくなりましたが』
「予想の範囲内、って言えれば良かったけど、主に使ってる属性の威力なんて、その時の都合上、魔法やその他の属性系を使わない時よりも、威力の上昇率は馬鹿に出来ないからね」
使ってこないとは思っていなかったが、メインで扱う魔法の属性により、その威力が上がるのは、ルイナとて理解している。
『それで、結局どうするの? 真っ向から反撃しようとすれば、こちらが殺られる確率が増えるわけだし、水上戦だとルイナちゃんには確実に不利になるわけだけど』
「もうちょい、様子見かな。状況次第では、ファイアの力を借りざるを得ないかもしれないし」
もしかしたらーーいや、もしかしなくても、認識を改めないといけないのかもしれない。
目の前に居るのは只の少年ではなく、かなりの実力を持った対戦者であることを。
☆★☆
「これ、ファイアとウォーティだけの能力じゃ、ルイナが不利だろうね」
状況を見ていたルイシアが告げる。
「まあ、雷属性の上級魔法辺りを使われたら、いくら協会の制服を着ているとしても耐えられんだろうな」
「雷属性の精霊が居ないわけじゃないけど、今回は協力してもらうつもりは無いみたいだから、一体どうするつもりなのか」
そう、ルイナの契約精霊の中に雷属性の精霊が居ないわけではないから、力を借りようと思えば借りられる。
だが、どうするのかを決めるのはルイナであり、現時点でフィールド外に居るルイシアたちがフィールド内に対し、どうにかすることも出来ない。
「けど、どうにかするのがルイナだ。きっとこっちが驚く手を使ってくるに決まってる」
「そうね。私の時と同様に相手がデュアル能力者だったとしても、銀先輩以上の実力者でない限り、あの子は負けないでしょ」
ルイシアの返しに、何気なく聞いていた頼人と玖蘭が一拍置いてから、「え?」と彼女に目を向ける。
「いやいやいや。さすがに、一チームに二人もデュアル能力者は……」
「それ、保証できる? 私たちという高魔力保持者が二人も居るチームがあるのに?」
「それを言われると、な……」
思わず黙り込む男性陣。
「大丈夫。私たちが手を出せなくとも、あの場には精霊たちが居るし、ルイナを暴走させも殺させもしないから」
そんなルイシアの視線の先のルイナたちは、といえばーー
「ファイア、炎弓」
『はい!』
ファイアの姿となったルイナが、上空から無数の火の矢を放つ。
『駄目ですね。ガードされてます』
『それでも受けたダメージは軽微……ムカつくったらありゃしない』
「様子見の精霊魔法も効果無し、か」
精霊たちの横で、ルイナも顔を引きつらせる。
「もし、火力アップ狙いで銃系にしても、多分防がれるだろうし……とはいえ、ここまでの流れからして、彼も何か隠してるのは明らかだし」
『いくら膨大に魔力があるからって、馬鹿みたいにバンバン使うわけにも行かないしねぇ』
少年が放った水属性の魔法を、ルイナの側に居るウォーティが防ぎながら、そう話す。
『ルイシアさんの時みたいに、相手がデュアル能力者のつもりで戦ってみます?』
「……っていうか、『デュアル能力者そのもの』の可能性が高い、かな」
けれど、そうなると少年の見た目と持っている実力が比例しなくなる。
幼少時の魔力コントロールはほぼ必須事項だが、今の彼は完全にコントロール出来ているように見える。
だが、得ている実力は年不相応に見えるのだ。今大会開催以前に何があったのかは分からないが、あの実力を二~三年で得たとは思えない。
つまりーー
「極限まで自分を追い込んで、その実力を得たのか。または、何らかの魔法か何かで身長を制限しているのか」
『そもそも、デュアル能力者って、身長を変えることって出来るの?』
『それは分からないけど、もしそれ以外なら、僕たちみたいな人外ってことになるよね』
「ファイア。いくら事実でも、精霊自ら『人外』って言わない」
ルイナに注意され、ファイアが苦笑する。
『それで、いつまで逃げ回るの? そろそろ反撃しない?』
「そうだね」
とん、と砂浜に降り立つ。
「あ、やっと降りてきてくれた」
待ってたとばかりに、少年が笑みを浮かべる。
「いやいや、何か誤解してるみたいだけど、一つ提案」
「……?」
「せっかくの予選最後のバトルだから、お互い本気で戦わない?」
「本気で?」
怪訝な顔をする少年に、ルイナは頷く。
「さすがに、こっちは諸事情とかで、完全に本気が出せるわけじゃないけど、君は出せないわけじゃないでしょ? まあ、無理にとは言わないけど」
「……」
けれど、本気を出すということは、『そういう』ことなのだ。
暫し、考えるような体勢になった少年の返答を待つ。
「構いませんよ。こっちがそちらの『本気』を引き出せば良いだけですし」
『ルイナさん』
少年の返答に、ファイアがルイナに目配せする。
「引き出せると良いね。私の『本気』」
炎弓から刀に持ち替えながらそう返すルイナだが、どんな状況であろうと、この大会期間中に彼女が本気を出すことは限りなく低い。
「……ええ、もちろん引き出させてもらいますよ。協会屈指の精霊術師さんの本気を」
ぶわり、と少年の魔力が周辺一帯に広がる。
「協会屈指、ね」
ルイナ自身、精霊術師であることは自覚しているが、協会屈指かどうかと言われれば、それが事実かどうかは分からない。
かちゃり、と刀を握り直し、改めて少年に目を向ける。
「何としても、一太刀は当てるよ」
『はい!』
『もちろんよ!』
呼び掛ければきちんと返してくれる精霊たちに内心安堵し、ルイナは未だに魔力を広げ続けている少年と向かい合う。
「……では、行きます」
「どうぞ」
そして、最後に軽く深呼吸し、少年がルイナに向かって突っ込んで行こうとするが、彼女も彼女で眼の色が碧から金に変わった彼を警戒しつつ、防壁を展開するなどして防御態勢を取る。
「仮にも魔術師のくせに、肉弾戦も出来るんですか」
少年の言う通り、二人の戦いは肉弾戦へと移行した。
「くせにって、酷いなぁ。けど、そうだね。協会職員は魔法や魔術が効かない相手とも戦わないといけない時もあるから、そういう時のためにも肉弾戦とか、出来るようにしておかないと対応できないし」
必須事項ではないが、出来ないよりは出来た方が良いので、ルイナたち協会職員のほとんどは習得していたりする(それでもメインは、魔法や魔術になるが)。
「だから、体術などの肉弾戦で有利に立てると思ったら、大間違い」
「……ハハッ。なら、どうするかなぁ」
ルイナの指摘に、少年が乾いた笑みを浮かべる。
「ユリウスみたいになりたくないけど、仕方ないか。じゃなきゃ勝てないみたいだし」
ゆらりと金の眼の中に灯った光のようなものが揺れる。
『ルイナさん!』
『来るわよ!』
そんな精霊たちの声に、ルイナは息を吐き、「“五重防壁”」と小さく呟く。
そしてーー
「俺に、この能力を解放させたことを後悔するなよ。協会の魔術師」
「後悔は……多分、しないんじゃないかな。寧ろ、そっちが素なんだね。デュアル能力者さん」
明らかに見た目や雰囲気などが一変した少年ーーいや、青年に、表情を特に変えることなく返すルイナ。
「驚くどころか、デュアル能力者であることに気付いていたのか」
「薄々とであって、確証は無かったけどね。もし本当に、デュアル能力者であるのなら、その力を引き出させてぶつかった方が、私も世間体とか気にする必要はないし」
「なるほど。俺は、まんまとそっちの策に嵌まったわけか」
「策って言うほどの策でもないでしょ。君も君で、本来の予定が狂っただけ。違う?」
そう、彼もルイナも『そうなったら良いな程度』の予定だっただけで、こんなに早くこうなるとは思っていなかった。
「そういえば、自己紹介がまだだったな」
「互いにするまでもなく、出てるけどね」
ルイナが言った通り、この仮想フィールドに飛ばされる前の巨大モニターには、これからの対戦者同士の名前が出てはいたが、本人たちが自己紹介することとはまた別である。
「『デュアル能力者』アルフォード・ブレンドだ」
「……魔術師協会所属、精霊術師の柊ルイナです」
相手が名乗った以上は、こちらも名乗る。
そんな自身の自己紹介に『精霊術師』と付けたルイナだが、やはり心のどこかでは違うと思っているからか、どうにも腑に落ちない。
『大丈夫ですよ。間違ったことは言っていません』
『そうよ。ルイナちゃんが気にすることは、何も無いんだから』
ファイアとウォーティが、ルイナの耳元でそう告げる。
「それにしても、“五重防壁”とは、かなり警戒されたもんだな」
「うちのチームメイトも、そちらの『デュアル能力者』には苦戦したみたいだからね」
ルイナが言っているのは、一つ前の試合ーールイシアとユリウスの試合のことである。
「そんな相手に警戒しても、おかしくはないでしょ?」
「それなら、その“五重防壁”を破ってやる」
くすくすと笑みを浮かべるルイナに、青年ーーアルフォードがそう告げる。
「まあ、やってみれば?」
アルフォードが防壁破壊を宣言したというのに、ルイナは態度を変えない。
『ルイナさん?』
「さすがに、正面切って、防壁破壊を宣言されるとは予想外だったけど……」
そこで一度区切りーー
「そう簡単に破られるような防壁を、展開したつもりはないよ」
と、続けた。
そんな状態でも、アルフォードが防壁破壊のための準備を着々と進めていく。
「ま、誰も応戦しないと言ったつもりもないけど」
『ルイナちゃん?』
何を言いたいのか分からない、と言いたげな精霊たちに、ルイナは告げる。
「私は柊ルイナだよ? 精霊術師である前に魔術師であり、魔導師だ。それもーー」
アルフォードの放った魔法が一枚、二枚、とルイナの防壁を順に破っていく。
「ーー協会所属のね」
アルフォードの魔法による風で、黒い花びらのような髪留めで留められた赤いポニーテールが揺れる。
「それに、忘れたとは言わないでよ? 私とルイシアの膨大な魔力活用法を、さ」
膨大な魔力を持つルイナである。
一見、普通の魔法陣に見えるものでも、その細部には可能な限り、細工をしている。
『多重魔陣』という分解してみれば、きちんと一つ一つの魔法陣となるそれは、膨大な魔力を持つルイナとルイシアが考え、利用することにした方法だった。
そして、それはーー膨大な魔力だけではなく、細部に魔法陣を描くという、ある意味では高度な技術力も必要となる。
『そういえば、そうだったね』
何度も練習を重ねる二人に、契約精霊たちは代わる代わる見守っていた。
「やるべきことをやり終えるまで、私は負けるつもりは無い」
アルフォードの魔法が最後の陣に届く。
「ルイナ!」
フィールドを見ていたルイシアが、不安そうにしながらも、思わず立ち上がる。
「成り行きとはいえ、チームリーダーなんだから、やっぱり負けるわけには行かないでしょ」
そんな彼女の心配を余所に、今のルイナからは、この状況から感じられてしまう『負ける』ということよりも、これからだという空気しか感じられない。
「あの時からバトルルールが変更されてないってことは、あいつは絶対来るに決まってる」
『ルイナさん。それってーー』
「だから、私は負けられない」
ーーパリン。
最後の陣が壊れきるまで、かなりゆっくりに感じられたが、ルイナは焦らない。
そしてーー
「やっと着いたな」
「相変わらず、馬鹿デカいなぁ。本部は」
とある一行が、魔術師協会前に来ていた。
「で、会場は……あっちか」
聞こえてくる歓声に、一行の一人がそちらに目を向ける。
「さっすが、補強とかし直しただけあって、新築同然みたいに綺麗になったよなぁ」
「ま、綺麗なのは認めるけどさ。こうして余裕で間に合ったんだし、本部にも顔出ししていこうよ。こっちに移動した面々と話もしたいしさ」
「……」
一行の一人である十代前半のような少女が受け答えしつつも告げるが、話し掛けられた青年はじっと外付けされたモニターを見ている。
「ん? つか、あれって……」
「さっさと受付に行こう。そっちさえ先に済ませれば、後は時間になるまで自由だから」
何かに気付いたかのような仲間の台詞を遮るかのように、青年は受付へ向かうことを促す。
そんな彼の態度に肩を竦めたりしながらも、仲間たちは受付へと一緒に向かおうとする。
「素直じゃないねぇ、あいつも」
「どうせ、本部代表なんでしょ。なら、ちゃんと勝ってくるよ」
「だな。そう来てもらわないと、俺たちとしても困るし」
ーーやっと参加してくれた。
彼らの思いは、その一言で言い表せる。
毎年場所を変えては行われる『魔術師バトル』。
そんな彼らが連続出場、一度負けて連勝連覇を逃したとはいえ、去年優勝しても尚、ずっとずっと待ち望んでいた好機が今目の前にある。
それでも、彼らにはどうすることも出来ない。
何故なら、今行われている予選で、彼らに会うためのーー『本選への切符』を奪ってもらうしかないのだから。
「心配しなくても勝つよ。あの時から、ルール変更は一度もされていないんだから」
仲間たちの会話を聞いていたのか、青年はそう告げる。
「『約束』の有効期限は切れたわけじゃないから」
彼らは知っている。
自分たちが姿を現せば、彼や彼女たちは、きっと意地でも本選で戦うために勝ちに行き、対戦相手として自分たちの元へ来ようとすることを。




