第三ー十一話:団体戦予選・第三試合Ⅸ(それぞれの企みと思い)
市街地フィールド上では、激しい応酬が繰り返されていた。
魔術師協会チームの一人として出場中の柊ルイシアと、意識から何まで飛ばしたデュアル能力者、ユリウスの戦いである。
「うわぁ、女がやるような戦い方じゃねぇぞ」
「相手は『デュアル能力者』だからね。他の人たちみたいに手を抜いていたら、こっちが死ぬわ」
顔を引きつらせる男性陣に、ルイナが容赦なく告げる。
ルイシアは『持ちかけバトル』での桜戦の時、自分の体術の威力が頭から抜けていたため、勢いそのままに蹴りを繰り出してしまい、その危険度からルイナにしかやらないと言っていたが、それでも、あの時は相手が桜だったこともあり、少し加減していた。
けれど、今は違う。相手は戦い慣れていない『デュアル能力者』だ。しかも、相手が意識も何もかも飛ばしている以上、手加減無しで対応しないと、こちらが辛くなってしまう。
そもそも、魔術師協会所属の魔術師である以上、戦闘に関しては男女を気にしてはいられない。もし気にしていれば、油断に繋がり、死ぬかもしれないのだから。
「“凍空百槍”」
無数の氷の槍が、ユリウスに向かって降り注ぐ。
桜戦でも使われていた氷属性の魔法である。
だが、“凍空百槍”がユリウスの一部を直撃するも、彼が気にした様子はない。
「本っ当に厄介!」
ルイシアは時折“凍空百槍”だけではなく、“烈火百槍”も放ちながら、屋根の上を移動していく。
(体力はともかく、魔力に余裕はあるけど……)
大技を二~三発放ったところで、有り余る魔力を持つルイシアには、そんなにダメージは無い。
そのため、ネックとなるのが、大会規定の『殺し厳禁』である。
いくら意識などを飛ばしていても、ユリウスに積み重なったダメージは後々響くし、これが原因で大会後に彼に死なれても、目覚めが悪い。
(やっぱり、体術系か)
ルイシアとて拘束系の魔法が使えないわけじゃない。
「っ、」
本当は、他人に向かって使いたくはないが、そうも言っていられないだろう。
「“操り人形”」
『持ちかけバトル』の時は、自分に対して使っていた魔法だが、今はとにもかくにもユリウスの動きを止める方が優先事項だった。
“操り人形”の糸がユリウスに絡まるのを確認し、彼を操作するために軽く動かしてみようとすればーー
「ーーッツ!?」
「嘘でしょ!?」
「“操り人形”の糸を引きちぎっただと!?」
ユリウスに絡み付いていた“操り人形”の糸が引きちぎられ、驚いて声を上げるルイナたち。
“操り人形”から解放される方法はいくつかあるが、“操り人形”の糸を引きちぎるという無茶を、彼はやったのだ。
「……糸を引きちぎるとか、随分な無茶をやってくれたわね」
さすがのルイシアも、顔を引きつらせるしかない。
「けど、私の“操り人形”スキルを嘗めないで」
ルイシアが指を動かせば、切れた糸の先が再度ユリウスに巻き付いていく。
「何度引きちぎろうと、私を倒さない限りは千切って巻かれての無限ループだよ」
「……、」
さて、どうする? と言いたげなルイシアに、彼の口が少しだけ動く。
「それが嫌なら、自分の意志で戦ってみろよ、『デュアル能力者』。自分で制御できない能力に頼って勝ちたいか? 相手が死んだりすれば、大会規約上、あんたの仲間は決勝どころか本選にすらいけないんだぞ」
仲間と本選に進んで優勝する。
そう考えているのは、自分たちだけじゃない。他のチームの者たちも同様だ。
「さて、どうする? ユリウス・リンドバーグ。自分の意志で戦うか、そのまま戦うか。二つに一つだよ?」
「……れは、」
「……」
「俺、は……自分の意志で、君と戦うさ」
真っ直ぐにーー光が宿った瞳で、ユリウスはルイシアを見る。
「蓄積されたダメージはそのままだろうけど、戦えるの?」
「問題無いよ。そっちこそ、ダメージが溜まってそうだけど?」
「ご心配なく。かなり手を抜かさせてもらってましたから、まだまだ本気出せますよ」
互いにニヤリと笑みを浮かべる。
「手を抜けなかったの間違いでしょうが」
フィールド上のやり取りに、ルイナがぼそりと突っ込む。
「ま、本気出せるのは、本当だろうけど」
いくら魔術師協会のバトルフィールドとはいえ、ルイナやルイシアの魔力に耐えられるほどの強度は期待していない。
そして、その点での手抜きを別にしたとしても、『本気の実力』はまだまだ明かしてはいないわけだから、彼女たちの本気が見られるとすればーー彼女たちよりも強い存在か、『敵』ぐらいだろう。
「さて、私はどれだけセーブ出来ることか」
全ては彼次第だが、たとえどんな能力を持っていても、ルイナが使うのは精霊たちから借り受ける能力だ。
☆★☆
たったった、と軽快に屋根の上や路地裏を駆け回る。
そんな背後から追い掛けながらも、魔法で攻撃してくるユリウスを一瞥して距離を確認し、ルイシアは笑みを浮かべる。
「前や足下ばかりじゃなくて、上空にもご注意ですよ。“ストーン・バレット”及び“ストーン・シェル”ーーシュート」
ルイシアが発射を指示すれば、細かい石や岩などが弾丸の雨ようにユリウスへと降り注ぐ。
「ーーッツ!」
慌てて屋根の上から退避するユリウスに、ルイシアは足を動かし、距離を稼ぐ。
「さて、と」
そう呟いて、自分が今まで使ってきた道を振り返り、確認する。
「こういう時じゃないと使えないからね」
いつの間にか手に持っていたペンの先をくるくると数回回し、ぴたりと止める。
「『大地に刻まれし陣よ 術者・柊ルイシアの名の下に』ーー」
「させるかぁぁぁぁああああ!!」
詠唱が完了するかしないかのタイミングで、ユリウスが猛スピードで突っ込んでくる。
けれど、ルイシアは慌てることなく、少しだけ下がることで回避する。
「あれだけの距離を一分ちょいで詰めてくるとか、怖いなぁ。『デュアル能力者』は」
「それは、こっちの台詞だよ。一体、何をするつもりだったの? 協会の魔術師さん」
「警戒されてるっていうのに、素直に話すと思っているんですか?」
「まあ、普通はそうだよね」
だが、どちらも行動は起こさない。
ルイシアは警戒されていることが分かっているから、下手に魔法を起動させられないし、ユリウスはユリウスで彼女が何かしようとしていたことだけは理解しているので、下手に行動することは出来ない。
ーーつまり、二人の間に何らかのアクションが起きない限り、ずっとこのままの可能性もあるわけで。
「やっぱ嫌な能力者だなぁ。『デュアル能力者』って。相手したくないなぁ」
「何言ってるんだよ。俺にしてみれば、精霊たちのお陰で多属性使えるお前も似たようなものだし、相手にしたくは無いんだが?」
「言ってくれるじゃん」
じっと対峙する二人に、ルイナと頼人がそう話す。
「動かないねー。ユリウス」
「動けない、んだろ。向こうが何か企んでいるのは間違いないだろうし」
ユリウスのチームサイドも、現在の状況にそう話す。
現在、席に居るのはルイナたちと接触した少年と玖蘭が戦ったエドガーである(ラインは医務室で治療中)。
「あいつが終われば、次はお前なわけだが、気をつけろよ。相手は一筋縄ではいかないみたいだからな」
「珍しく心配してくれてるの? けど、分かってるよ。僕の相手は、協会屈指の精霊使いみたいだからね」
エドガーの言葉に驚きつつ、少年の目が、反対席に居るルイナへと向けられる。
「暴走だけはすんなよ。ユリウスだって、戦闘後になるんだから止められないぞ」
「んー。暴走はしないだろうけど、手は抜けないんだろうなぁ」
けどまあ、と少年は告げる。
「見た目だけで手を抜かれたり、文句言われるのは嫌だからさ。上手くやるよ」
「そうか」
「それに、エドガーが柄にも無いこと言ったからね~」
「おい」
けらけらと笑う少年に、エドガーは自覚はあれど不機嫌そうな顔をする。
「けど、そうか。『デュアル能力者』であるユリウスでも、協会の魔術師相手に勝つのは難しいのか」
戦うのがますます楽しみだ、と笑みを浮かべる少年に、隣に居たエドガーは気付くことはなく。それでも、ただーー
(次の試合は僕が勝たせてもらうよ。お姉さん)
少年はそう、密かに宣戦布告をするのだった。
☆★☆
「……」
「……」
フィールド外で様々な決意や思惑などが交錯する中、フィールド内ではルイシアとユリウスの睨み合いは続いていた。
「……、」
「ーー!」
ルイシアが口を開こうとして、ユリウスから見えない位置にある指が魔法発動を示すかのようにぴくりと動けば、それを直感的に感じ取ったのか否か。弾かれたかのようにユリウスが突進し、ルイシアが間一髪で回避する。
その際、回避が間に合わず、彼女の髪数本が宙に舞う。
『か、間一髪の攻防! 互いにタイミングを計っていた二人の戦いが、再度動き出すかーーっ!?』
クロードの声が響く。
「やれやれ。さすがに今のは焦りましたよ」
ユリウスの攻撃を避けなかったら、直撃は免れなかっただろうし、位置的にも顔が損壊していたことだろう。
けれどーー何度も言うがーー、相手はルイシアである。
とっさに反応できないぐらい腕は落ちてないし、変則回避はルイシア(とルイナ)の得意としているところなので、何の造作もない。
「かなりのスピードで近づいたんだけどなぁ」
残念そうに言うユリウスだが、顔も雰囲気も全く残念そうではない。
「そうでしょうね。私じゃなかったら、当たってたはずですし」
だからこそ、怖いのだ。
どこからか取り出し、くるくるとバトンのように数回回して、ピタリと止める。
彼女が手にしていた杖のようで槍のような武器の切っ先は、今は地面に向けられているが、ルイシアにしては珍しく顕現させていた。
「お、珍しい」
もちろん、ずっと一緒に居たルイナが知らないわけではないが、それでも、そんなルイナが「珍しい」と口にするほど、ルイシアがその武器を使用することはなかったのだ。
「ファイア、ウォーティ。スタンバイしておいて」
『準備なら、もう出来てるよ』
『こっちは、いつでも行けるんだから』
ルイナの声に、ファイアとウォーティがそれぞれ返す。
ルイシアが決める気でいる以上、そろそろ自分たちも準備しておかなくては行けない。
「それが、君の相棒?」
「相棒というべきなのかは分かりませんが、私の使用武器の中では古株にして、時々使ってる奴ですよ」
そして、高威力の魔法を遠慮なく扱えるーー謂わば、起動爆弾。
「私さ。この試合では『魔導選択者』なんて呼ばれてるみたいだけど、協会じゃ、ちょっと違うんだよね」
ルイシアが手にしていた武器が、何かを装填するかのように、ガシャンと音を立てる。
「『歩く百科事典』なんて言われてるの」
そのまま、何も無いかのように、ルイシアはユリウスへと指を指す。
「その意味、篤と理解すると良いよ」
ーー無詠唱による、魔法の発動。
とっさに後ろへと回避するユリウスだが、その判断はミスだった。
「残念。それとーーさっきの詠唱は済んじゃってるから」
「なぁっーー!!」
彼が居るのは、ルイシアが描いた巨大な魔法陣。
そして、彼女から容赦なく向けられる、槍型武器からの砲撃系魔法。
まさに前門の虎、後門の狼状態に驚くユリウスに、ルイシアの描いた陣による魔法が発動し、襲い掛かる。
「ああああ!!!!」
悲鳴なのか否か。分からない声が、その場に上がる。
『柊選手の容赦ない攻撃! ユリウス選手、無事でいられるでしょうかーー?』
クロードの実況が響く中、先程までユリウスが居た部分から上がる煙を、会場中が見守る。
「……」
ルイシアも、静かに彼が居た場所を見つめる。
高威力高威力とは言っているが、何らかのダメージを負っている人が死ぬほどの威力は無い。
「っつ……」
「やっぱり、生きてたね」
「言って……くれるね……」
ボロボロのまま、ユリウスが反論する。
「この陣の魔法は、何だったの?」
「メインは状態異常を起こす魔法。副産物として、攻撃系魔法を仕込んでおきました」
「なるほどね」
普通は攻撃系魔法がメインで、副産物が状態異常誘発系魔法になるはずだ。
だが、実際は逆であり、状態異常の結果など、今の彼の状態が物語っている。
「ああ、そうだ。君は俺を誘導して、嵌めたつもりだろうけどーー」
言い忘れていたかのように、ユリウスが口を開く。
「あまり『デュアル能力者』を嘗めるなよ。たった一人で負けてたまるか」
その言葉で、ルイシアは驚き、ハッとする。
「まさ、か……」
地面に目を向けたルイシアの顔が歪み、いつの間にか彼女の足下に現れていた魔法陣が発動する。
「っ、やられた!」
バトルを見ていたルイナが叫ぶようにして言いながら、悔しそうな顔をする。
相手が相手なだけに、ルイシアが倒されることを想定していなかったわけではないし、自分たちと同じ手ーー描陣を使ってこないわけもないことも想定していなかったわけではない。
ただ、ルイナが驚いたのは、彼がーーユリウスが相打ち狙いで最高威力の火炎系魔法を発動させたことだ。
『あれは……いくらルイシアさんでも、ギリギリじゃないかな。協会の制服がどれぐらい保つか』
『そんなに?』
『魔力量が魔力量だから、防御方法にはそんなに困らないだろうけど……』
無傷では済まないだろうね、とウォーティと話していたファイアは告げる。
『……ルイナさん』
「何かな」
『次の相手にも、警戒しておくべきだと思う。下手したら、ウォーティの手加減が通じないかもしれない』
『何だか、次も面倒くさいことになりそうね』
ウォーティが少年の居るチームへと目を向ける。
「まあ、今まで通りに戦えば問題無いでしょ」
『ルイナさん?』
「下手に手を打って、裏目に出ては欲しくないし」
ルイナはフィールドに目を向ける。
「私は勝つよ。そして、ルイシアも大丈夫」
『……』
ルイナの言葉に、誰も何も返さないが、頼人ら男性陣も視線だけは彼女に向ける。
だって、『彼女』から『彼女』への信頼は、もうすでに届いているのだから。
☆★☆
「ーーああもう」
熱いなぁ、とルイシアは思う。
とっさに張った防壁と協会の制服の防御力が頑張ってるみたいだが、そろそろ限界だろう。
「代償は大きいけど、死亡という名の退場なんていう相打ちよりはマシだよね」
結構、危ない状況だというのに、笑みが浮かんでしまう。
持っていた槍型武器を持ち替え、右手の中指にしていた指輪を外せばーー
「ふぅ、ギリギリセーフ。危なかった」
ルイシアを覆っていた炎が、彼女の魔力による風で掻き消される。
「何で……」
「私って、馬鹿げた魔力量の持ち主ですから。少し掛かりましたけど、何とか脱出できましたよ」
つまり、彼女には、あれぐらいどうすることも出来たのだ。
「それに、本選に行かないといけなくなったので、死亡退場だけは避けさせてもらいました」
「なるほどね。大会規約だと、もし俺たちが勝ったとしても、君を殺してしまえば本選には行けないからね」
そんなユリウスの言葉を聞きながら、ルイシアは指輪を中指に填め直す。
「『デュアル能力者』だっていうのに、初見のはずの魔術師に負けるとはね」
「負ける……? 何言っているんですか? まだ終わってないのに」
「君はまだ動けるみたいだけど、こっちはもう動けないんだよ」
確かに、ルイシアは行動不能の状態異常系魔法を使ったが、ユリウスをよく見てみれば、デュアル能力者だとバラす前の姿に戻っている。
「能力切れみたいですね」
「魔法を使えなくはないけど、デュアル能力の代償として動けないから、ちゃんとした戦いにはならないと思うよ」
「そうですか」
そう返したまま、ルイシアも動かないーー否、動けなかった。
「……えっ、と……?」
「貴方ほどではないとは思いますが、私も今は魔法は使えても動けないので」
相手が『デュアル能力者』ということもあり、自分でも気づかないうちに力んでしまっていたのだろう。
「……」
「……」
互いに無言になるが、何を思ったのか、ルイシアが後方に目を向ける。
「何やってるんだ。あいつは」
ルイシアの行動の意味が分からない頼人が首を傾げる。
一方で、面倒くさそうにルイナが頭を掻く。
(私にどうしろと)
ルイシアが目を向けてきたのは、審判でもあるクロードに試合終了を告げさせろ、ということなのだろうが、かなりの無茶も良いところである。
今の試合を強制終了なんてさせたら、相手だけではなく、会場中を敵に回しかねないし、いくら魔術師協会と言えど、今まで築き上げた信頼ががた落ちしかねない。
きっと、それを感じ取ったのだろう。ルイシアが目をユリウスの方へと戻す。
「どうやら、試合の終了をさせてもらえないみたいです」
二人とも動けないのに、とルイシアは息を吐く。
仲間もそうだが、ルイナは魔術師協会へ悪い影響が及ぶような行動は取らない。
それは、ルイシアも理解していたので、あまり期待はしていなかったのだが、あまりの予想通りの状況に、内心で苦笑いするしかない。
「参ったな。勝利は君のものだというのに、認められないとは」
「何を言ってるんですか? 双方動けずに試合がストップしたのなら、結果は引き分けになります。分かりにくいですが、大会規約にもありますよ」
大会に出場することが決定し、出場者全員に渡された守るべき最低限の規約が書かれた小冊子。
司会進行兼審判兼実況のラハールやクロードたちは言わなかったが、小冊子にもそのことは書かれている。
「読んだんだ」
「逆に聞きますが、読まなかったんですか? 下手をしたらルール違反になっていたかもしれないのに」
ラハールやクロードが『相手を殺すな』と試合開始時に言ったことについても、ルールがそれ一つだけだと思っていたからなのだろうか。
答えは『否』だ。
彼らの場合は、規約の中でも重要だから、あの場で言ったまでだ。
「ルール違反での敗北したり、不戦勝になったりした場合、もし気合いを入れていて、空回りしちゃったら、その人の次の試合にどんな影響があるか、分からないじゃないですか。つまりーー時と場合次第では、味方や相手にも迷惑が掛かるんですよ」
手を開いたり閉じたりしながら、ルイシアは告げる。
「ですから、見ておくべきだと思いますよ」
そう言った後、ルイシアはユリウスが居る場所まで歩いていくと、彼の近くにしゃがみ込む。
「一体、何を……」
ユリウスがクロードや観客たちからは見えない追撃を警戒するが、ルイシアは気にした様子もなく、彼の動きを止めていた魔法陣の一部を手で消していく。
そんなことをしたからだろうか。ぱりん、とまるでガラスが割れたかのように、きらきらと輝きながら、魔法陣の欠片が上へと上がっていく。
「……」
予想外の光景に驚くユリウスだが、何気なくルイシアの方を見てみれば、彼女は立ち上がって、空を見上げていた。
そんな天に向かう光の行き先は、展開されていた亜空間フィールドを越えて、試合を見ていたルイナたちや観客席へと降り注ぐ。
「盛大にやってくれたなぁ」
手に落ちてきた光は、雪のように消えていく。
「審判、判定は?」
ぼんやりと見入っていたクロードに、ルイナが声を掛ければ、ハッとしたかのように、彼がフィールドに意識を向ける。
『え? あ、判定……』
市街地フィールド上で、ずっと上を向いたままの二人に、クロードが困ったような顔をする。
「大会規約!」
ルイナがフォローするかのように声を上げれば、「あ、そうだ」とばかりに思い出したらしい。
そんなクロードに、「大丈夫か。この審判」と思ってしまったのは仕方がない。
「引き分け判定、出ないね」
「二人とも無事で、まだ戦えそうだから、様子見てるんでしょう」
クロードの判定をフィールド上で待ちながらそう話す二人だが、まさか肝心の彼が『引き分け』について、完全に頭から抜けているなんてことは予想していなかった。
そして、この試合で何を思ったのか、ユリウスがルイシアに向かって拳を向ける。
「何ですか?」
「次対戦したときは、引き分けなんかじゃなく、必ず勝つから」
そんなユリウスに、ルイシアは驚いたかのように瞬きをし、笑みを浮かべる。
「何言ってるんです? 『デュアル能力者』っていう相手との戦闘経験が出来たんですから、次は確実に私が勝つに決まってるじゃないですか」
「確実と来たか」
「まあ、私はずっと協会に行ますから、暇や時間が出来たら来てください」
こつん、とユリウスの拳に自身の拳をぶつけ返すルイシア。
そしてーー
『えー、お待たせいたしました』
判定が下る。
『両者行動可能な状態ではありますが、対戦者二人の言動により、これ以上の続行が不可能と判断。よって、この試合。引き分けと致します』
その判定に、会場中は瞬時に驚きに染まった。
ただ、中にはやはりブーイングもあったらしいのだが、実況兼審判のクロードが出した結論である。
全ての結果は、最終戦へと委ねられたのである。




