第三ー十話:団体戦予選・第三試合Ⅷ(『魔導選択者』と『デュアル能力者』)
「『開始』って言われてもなぁ」
ルイシアは小さく息を吐くと、相手に目を向ける。
相手は癖っ毛のある茶髪に、にこにこと笑みを浮かべ、棒付きの飴を銜えている。
彼に関しては、『軽そう』というのが第一印象なのだが、正直に言ってタイプではない。
「あまり女の子とは戦いたくないけど、今までのを見てると、君の方で良かったのかな?」
「さあ、どうでしょうね」
女扱いしてくれるのは有り難いが、実力や戦闘関係でルイナと比べられても困る。
それに見た目だけなら、ルイシアはこの手の男を身近な人物で、よーく知っている。
「ん?」と不思議そうにしながら、振り向いてきた時の奴の顔を思い出したルイシアは、内心イラッとしながらも、なるべく表に出さないようにしながら、今回のフィールドを確認する。
「選りに選って、『市街地フィールド』かぁ」
「駄目なのか?」
「駄目じゃないんだけど……」
頼人の疑問に、ルイナが困ったような表情を浮かべる。
展開されたフィールドは、『市街地フィールド』。
街を戦闘フィールドにしているだけあって、魔法による防壁を出さなくとも、防ぐ手段として建物の壁などが使えたりするメリットもあるが、無駄に障害物などが多いというデメリットもある。
「ただ、精神的にも戦いにくかったりするし、見えない場所から狙ったとしても、角度次第では相手に攻撃が届かず、無意味になったり、下手をすれば自分の居場所を知らせることになる」
「だから、本部の奴らも市街地系の戦闘を嫌うんだよ。やりにくいからな」
特に戦闘行為の少ない配達人はともかく、護衛役でもある魔術師たちは嫌がる傾向にある。
「信頼が必要となる配達員に、一般人がたくさん居る場所で、下手に戦闘行為なんて出来るわけないでしょ」
だからこそ、魔術師たちは戦闘行為を街以外で行うようにしている。
それでも、街に入ってくる魔物の類いは居るので、対応に負われることもあるのだが。
「まあ、協会の協会所属でも、平和ボケにならないだけマシよね」
ルイナたちとて仕事量が減っただけで、してないわけではない。
「ーーそれに、ルイシアなら、どうにかするでしょ」
そう告げるルイナの視線の先には、そっと息を吐くルイシア。
「……多少のやりにくさはあるけど、仕方ないか」
「うん?」
何か言った? とばかりに首を傾げる相手に、ルイシアは近くにあった屋根へと飛び上がる。
「さすが協会の魔術師。一回で屋根の上に移動したか」
感心したような相手の言葉は聞きながらも、目は周囲に向ける。
「……少しは、こっちにも反応してもらいたいなぁ」
魔法の気配を感じ、ルイシアは目を相手に向けるが、彼の魔法がルイシアへと激突する。
『先制攻撃をしたのはユリウス選手! 足場の限られている屋根の上に居た柊選手は……』
ぶつかった際に出た煙で状況が見えない中、クロードが実況する。
『ユリウス選手の攻撃全てを防いで、無傷だー!』
「やれやれ。司会者も大変だ」
クロードの実況を聞きながら、ルイシアは呟くと、先程屋根に上がった方向とは逆の道に降りる。
「っ、しまった!」
ハッとした相手ーーユリウスが慌てて反対側に回るが、そこにルイシアが居るはずもなく。
「……」
やられた、と思わなかったわけではないが、ユリウスが慌てることはなかった。
「なるほど、追いかけっこか。面白い!」
笑みを浮かべ、ユリウスは走り出す。
一方、ルイシアは、といえばーー
「それじゃ、こっちも行動を開始しますか」
上手いこと隠れていたルイシアは、ユリウスがこの場から去ったのを理解すると、真逆の方向にゆっくりと歩き出した。
☆★☆
「……」
そもそも、ルイシアがユリウスと逆方向に歩き出したのは、あることをするためだった。
まともにぶつかっても勝てるとは思ってないので、少しばかり手を変えるーー罠を仕掛けることにしたのだ。
出来れば、罠はフィールド全体に仕掛けたいし、ラッシュ戦の様に“攻撃封じ”が使えれば良いのだが、それは相手も警戒してきているだろうから、なるべく使用は控えたい。
「これで良し、と」
それじゃあ、とルイシアは背後に目を向ける。
そして、そのまま飛んできた魔法を、下級魔法で何も無かったかのように相殺する。
「思ったよりも早かったですね」
「こっちは騙されたけどね」
静かに告げるルイシアに、姿を見せたユリウスはにこにこと笑みを浮かべながら、そう返す。
「いつ気付きました? 仮にも市街地なのに、迷いが無かったみたいですが」
「まあ、手が無いわけじゃないからね」
それを聞いて、それもそうか、とルイシアも納得する。
「次は、逃げずに相手して貰えると助かるよ」
「逃げる? 冗談はやめてほしいかな。大会規定上、どちらかが勝つまで、逃げる事なんて出来ないよ」
ーーだから私は、容赦なく貴方を叩き潰す。
「なっーー」
ユリウスの足下に展開された魔法陣から現れた水が、彼を包み込むように襲う。
「まさか、この程度でやられてはないよね?」
協会所属である自分たちと同じだとは思ってないが、この大会に出ているという事は、それなりの実力があるはずなのだ。
水の奔流が止まれば、少しふらつきながらも、ユリウスはルイシアに目を向ける。
「次は、回避行動を取らないと死ぬよ?」
そう忠告し、放ったのはーー
『柊ルイシア選手の猛攻! 火と風の渦が襲いかかる中、ユリウス選手は、この状況をどうするつもりでしょうか!?』
クロードの実況通り、火と風の渦だった。
「っ、」
熱いし痛いし、意識が朦朧とし始めだしたし、とユリウスは内心でぶつぶつと文句を言い始める。
(女の子相手に、始まって数分でここまでやられるとか、男としてダメじゃね?)
いざ開戦してみれば、こちらが手を出さないと最悪死に掛けるので、相手を気に掛ける余裕なんて無くなる。
(だったら、少し早いけど使いますか)
火と風の渦の中、笑みを浮かべるユリウスに、どんな表情をしているのかは分からないが、嫌な予感がしたことで距離を取るルイシア。
そして、火と風の渦を振り払い現れた彼はーー試合開始時とは別の姿をしていた。
「まさかの『デュアル』とか、笑えないんですけど」
そんな彼に、ルイシアは顔を引きつらせるしか無かった。
☆★☆
「『デュアル』とか、マジ笑えない」
ルイナもルイシアと同様に、顔を引きつらせていた。
「『デュアル』? って、まさかあの『デュアル』か!?」
玖蘭もまさか、と言いたげに、ルイナに目を向ける。
「俺も詳しいことはよく分からないんだが、お前が精霊たちから力を借りた時みたいなものとは違うのか?」
「違うと言えば違うし、姿が変わってる点では近いと言えば近いかな」
頼人の言葉にそう返すルイナ。
「ただ、今の段階で一つ言えるのは、ルイシアと相性が良くないってこと」
「おい、それってヤバくないか?」
「今の段階で、って言ったでしょ。手が無いわけじゃない」
けれど、いくら協会所属の魔術師でも、『デュアル』持ちとの戦闘経験は無いに等しく、今のルイシアのように相対した時の対処方法も明確ではない。
「その様子じゃ、知ってはいたみたいだけど、やっぱり見るのは初めて?」
「そうですね」
ユリウスの問いに、ルイシアは否定をせずに素直に頷く。
ただ、一体どのような『デュアル能力』を持ってるのかは分からないし、先に仕掛けた罠が効いてくれるかどうかも分からなくなっている状態ではあるため、ルイシアの警戒レベルはやや上がり気味である。
「それでもーー貴方が『デュアル能力者』であっても、勝つのは私ですが」
様々な塊が、ユリウスに向かって降り注ぐのだが、この程度なら問題無いとばかりに、彼はあっさり防いだり、避けたりしていく。
「怖いねぇ。俺を殺したら、ルール違反になるよ?」
「問題ありませんよ。殺しはしませんから」
ルイシアがスッと指を上に向ければ、ゴゴゴ、という音とともに、自身を覆うほどの影で上を見上げたユリウスが驚愕の表情を浮かべる。
「自分までも巻き込んで、戦闘不能にするつもりか!?」
「まさか。けど、ここが市街地フィールドで助かった。じゃなきゃ、こんな馬鹿みたいな手、使えないし」
二人の上空にあったのは、元はビルや時計塔のような物だったのだろう巨大な残骸。
時折、欠片がぽろぽろと落ちてくるのだが、二人が気にしたような様子はない。
「確かに、馬鹿みたいな手だよな」
そんな彼を余所に、口角を浮かべたルイシアが、巨大な残骸を投下させる。
「ーーッツ! 協会の魔術師ってのは、何でもありかよ!」
防壁を展開しながら、回避行動に移るユリウスだが、如何せん、上空から降ってくるのは巨大な残骸。全部が全部、防ぎきれるわけもなく。
「何でもは出来ないよ。私たちが出来るのは、出来ることだけだし、その場で使えるものは、たとえ人であろうと何でも使う」
「っ、」
ルイシアの声がしたため、ユリウスは周囲を見回すが、彼女の姿はどこにも見当たらなかった。
「ふぅん。ルイシアも考えたなぁ」
「うん?」
フィールドを見ていたルイナが、くすくすと笑みを浮かべ、隣に居た頼人が不思議そうにする。
「相手が、いくら『デュアル能力者』とはいえ、元は人だからね。気を失わしてしまえば、否が応でもルイシアの勝ちだ。そもそも、大会ルールは『殺すな』って言ってるだけで、気を失わせることに関しては触れてないからね」
「揚げ足取りじゃねーか」
「けど、私たちがここまで勝てたのは、その揚げ足取りのお陰。違う?」
大会のルールにも、『穴』は存在するのだ。それを利用するかしないかは、気付いた者の判断次第だし、度が過ぎれば、大会の上層部から警告を食らうことになる。
「否定は出来ないが……ほぼストレート勝ちしてる奴に言われたくねぇ」
どこか悔しそうな男性陣に、チーム内ではストレート勝ちしている方のルイナは肩を竦める。
これで、実は精霊たちがハンデ扱いなのだから、頼人たちとしては今更でも、いろんな意味で余計に泣けてくる。
もし、ルイナが精霊たち抜きだった場合、明らかにオーバーキルとなり、大会側から出場制限などを付けられていたことだろう。
「でも、絶対勝ってくれる奴が居るって言うのも……」
「私だって、誰が相手でも勝てるわけじゃないよ?」
「それは、銀先輩たちのことだろ?」
以前も話したが、ルイナにも勝てない相手は居るし、その筆頭が兄であるルカや先輩である銀なのだが。
「それ以外にも居るんだよ」
ルイシアのパソコンを軽く操作して、二人に差し出すルイナ。
「『魔術師バトル』の過去戦、見てみると良いよ。二人は時間、あるでしょ?」
そして、二人が戸惑いつつも不思議に思いながら、『魔術師バトル』の過去戦を見始めたのと同時に、ルイナはフィールドに目を向ける。
(『デュアル能力者』、ね)
もし、敵として遭遇した場合、精霊たちの力がどれだけ通用するのか。そして、それぞれの本来の実力もどれだけ通用するのか。
もしかしたら、今みたいに戦うルイシアよりも、苦戦するかもしれない。
ーー全ては、試してみないと分からないが。
『っつ、』
展開されたフィールド上で、巨大な残骸により負傷したユリウスを見ながら、まだ見ぬ『デュアル能力者』との戦いと対策をイメージし始めるルイナだった。
☆★☆
「よっ、と」
巨大な残骸が落ちた地面へと、ルイシアは降り立った。
気絶狙いの残骸落下だったのだが、上手く行ってくれただろうか?
「ーーま、そんなに甘くはないか」
斜め後方から切り掛かってきたユリウスに、そう言いながら、あっさりと受け止めるルイシア。
「気を失う云々だけじゃなく、人格放棄までするとは……少し予想外だったなぁ」
「……」
あっさり受け止めたのに、言葉などによる何らかの反応が無いため、『人格放棄』と結論付け、ルイシアは『彼』と対峙する。
「この場に於いて、人格放棄は悪手ですよ。ユリウスさん」
そう言う彼女を余所に、ひゅん、と音を立てながら、剣が振られ、ルイシアの髪が舞う。
「ーーッツ!」
だが、近距離戦をやったことで、ユリウスの目に光が宿っていないことに、ルイシアは気付く。
(マジですか)
どうやらルイシアの『人格放棄』という考えは間違ってないらしい。
「戦って会話しろとか、脳筋じゃあるまいし!」
一度距離を取って、魔法を放つが、効果は薄いらしい。
(近距離も駄目、遠距離も駄目となると、さすがにキツいなぁ)
使ってない手が無いこともないが、ある意味切り札的なものでもあるため、予選から使うのに戸惑ってしまう。
『何と言う事でしょう! 瓦礫の下敷きになったはずのユリウス選手! 有利だったはずの柊選手と入れ替わるようにして、まさかの形勢逆転だぁぁぁぁっ!!』
クロードが実況する。
「形勢逆転、ね」
『この魔法の使用を承認しますか?』という問いに、ルイナは『はい いいえ』のコマンドの『はい』を押して、そう呟く。
「後で、承認貰っとかないと」
だから、今は絶対に勝って。
いくら承認したとはいえ、今は試合中だし、使うか使わないかはルイシアが決めることだ。ーー問題は、ルイシアが慌てて使うような状況になった場合、だが。
「っ、“攻撃封じ”っ!」
これで、双方ともに一定範囲内で攻撃系は扱えなくなるが、一度“攻撃封じ”の対処法も見せてしまっている以上、あまり期待は出来ない。
それでも、休めないよりは、幾分かマシなのだが。
「……ん? 『承認完了』?」
ぴろりん、という音と共に、ルイシアの前に『承認完了』という四文字が掛かれた画面が現れる。
「……ああ、なるほどね」
ルイシアは一人、納得した。
念のため、ということだろう。ルイシアとしては、出来れば使わずに終えたい手なのだが、相手がそれを許すだろうか。
「つか、これはもう、許す許さないの問題じゃないか」
強制的に彼の人格やら意識やらを、呼び戻すしかないのではないのだろうか。
もし、ユリウスが本能レベルで動いているのだとすれば、面倒くさいことこの上ないがーー
「こっちは協会の問題児たちを相手にしているんだから、この程度、どうってことないし」
ツインに対して、結構酷いこと言っているが、この様子を見聞きしているはずの面々から何の文句も聞こえない辺り、彼女に対する人望はそれなりにあるらしい。
というか、この試合が終わったら、いろいろと言われるだろう。
「どんなドラゴンよりもマシだし」
彼女の特徴とも言うべきポニーテールを結い直す。
「それと、さすがに、二回連続でフィールド破壊は避けたいからね」
ルイシアの冷静な目が、動かずに構えたままのユリウスを捉える。
「この後に、まだ試合あるし」
今ここでルイシアが負けたとしても、ルイナが勝った時点で、本選に行けることは分かっている。
「私に勝つためとはいえ、『デュアル能力』を使うのは良かったけどーーそのために、人格も意識も、飛ばしたことを後悔させてやる」
ただ冷静に、ルイシアはそう告げた。




