第三ー九話:団体戦予選・第三試合Ⅶ(約束と勝利に導くエール)
「兄さん!」
会場を離れ、協会に向かおうとしていたルカを後ろからルイナが追いかける。
「ルイナ……? いや、水分身か」
ルイナが追ってきたことに驚くルカだが、彼女の側にいたウォーティを目にしたことで、今目の前にいるルイナがウォーティにより作られた水分身で、意識だけをこちらに向けていることを理解した。
「何で勝手に会場を出たの?」
「用があったんだよ。それに、会場は出入り自由だろうが。お前こそ、水分身とはいえ、抜け出してくるなよ。知らない人が見たら勘違いするぞ?」
「それは……」
ルカが勝手に会場を抜け出したことに不機嫌そうな顔をして尋ねるルイナに答えつつ、ルカは同じ事をルイナに言う。
ルイナにしては珍しいミスである。普段のルイナなら、こんなミスはしないだろうに。
そう思いつつ、見ていたルカだが、一方で、ルイナはルカから目を逸らす。
(何かあった、ってわけでもなさそうだしな)
となると、わざわざ追いかけてきた理由は何なのだろうか。
「ルイナ」
「ん?」
「俺が会場を出たのは、協会の方に呼ばれたからだ」
ルカはそう言う。
事実、連絡が一度あったのだ。だから、距離と時間を考え、今出ることにしたのだ。
「そっか。うん、兄さん」
「どうした?」
「私たちは本選に進んで、勝って帰るよ」
そんなルカに、ルイナはそう告げる。
「ああ、報告。楽しみにしておくよ」
そして、協会に向かって歩き出したルカを見送ると、ルイナはウォーティとともに会場へと戻った。
☆★☆
「状況は?」
ウォーティが会場に戻ってくるのと同時に目を開けたルイナは、状況をルイシアたちに尋ねる。
「ああ。もう頼人が行ったよ」
「つか、ちゃんと見とけよ」
ルイシアがフィールドに立つ頼人を示し、せっかく頑張ったのに、と呆れたように玖蘭が言う。
中級式神・月夜と上級式神・十六夜を召喚して戦闘した後、玖蘭が双子の式神を喚んで送還、一対一で戦っていたのは、ルイナも覚えていた。
つまり、そこから先ーーウォーティの水分身に意識を飛ばし、反映させていたルイナは、あの後の流れと結果を知らないわけで。
「まあまあ。気持ちは分からないでもないけど、落ち着いて。それで、ルイナが意識を飛ばした後のことなんだけど、玖蘭が刀や持ちうる魔力を使って魔法で応戦、ギリギリの所で勝利。で、現在は頼人に代わって、戦ってるって訳」
「なるほどね」
玖蘭を宥めながら説明するルイシアに、フィールドに立っていた頼人の姿を見て、ルイナは納得した。
一応、一方的な映像が無いこともないのだが、それについて、ルイナは後でゆっくりと見ることにした。
「それで、何を話してきたの?」
「あ、うん。兄さんが何か協会本部から呼び出されたみたいで、頑張れって言って帰ってった。ちなみに、内容は聞ける気配が無かった」
それを聞いたルイシアは、小さく「そう」と返すのだが、その後の続けられた言葉に、誰も気づかなかった。
「……もう、これは本格的に優勝して、少しばかり意趣返しするしか無いのかもね」
わざと何らかの用事を付けてルカを呼んだのか、本当に用件があったのかは分からない。
けれど、今はどうでもいい。今するべき事は、本選に進むために、この最終戦に勝つことなのだから。
「ルイナ」
「ん?」
「次、私が行くつもりだけど良いよね?」
ルイシアの確認に、ルイナは頷く。
「構わないよ。まあ、相手のリーダーが出てきたら、私が行くつもりだけど」
「それは分かってる。けど、例のあの子がリーダーなんて言われたら、やりづらいでしょ」
「まあね。いくら対策決めたからって、相手が子供だと世間が怖いよ」
二人して、フィールドを見る。
「ここはストレートで勝ちたいところだけど、私が敢えて負けたとしても、頼人には頑張って勝ってもらわないと」
「敢えて、ね。確かに、一人より大勢に責めるような冷たい目で見られるのは、かなり応えるしね」
「でしょ? プライド云々を考えると、かなり失礼な気もするけど、こっちは名の知れた組織の一員だからね。こんなことで評価を落とすわけにはいかないんだよ」
結局はそこなのだ。
いくら協会の協会所属とはいえ、結局、協会所属であることには変わらないのだから。
「頼人ー、負けたら許さないんだからねー!」
再び頼人に目を向けたルイナは、頼人へ絶対に勝つ様、伝えるために叫ぶ。
(だから、そのためにも、玖蘭の勝利から、私たちへと希望を繋いでーー)
番が来ていない今のルイナたちには、見守るしか出来ないのだから。
☆★☆
「全く、無茶言ってくれるなぁ」
どうやら戻ってきたらしいルイナの声は、頼人にも聞こえていた。
ただ、全属性対策がされてるようなルイナたちと比べ、“武器生成”という能力上、頼人にも限界はあるのだが。
(まあ、属性対策をしてないわけでもないから、何とかなるが……)
頼人は相手に目を向ける。
「そっちも大変だねぇ」
「勝たなきゃ、戻ったときに何て言われるか、分かったもんじゃないからな」
苦笑して言われたが、どうやら相手も似たような状況らしく、二人して肩を竦める。
「けど、そう簡単に勝たせるつもりはないからね?」
「それは、こっちも同じだ」
相手の言葉に、頼人は手にしていた武器を、剣から槍へと変える。
「それにしても、さっきまでの試合は見ていたけど、君たちのチームって、面白い能力の集まりだよね」
「そうか?」
「だって、そうでしょ。君の“武器生成”に『精霊契約者』、『魔導識別者』に『幽霊妖怪退治屋』の集まりとか、珍しくないって言う方がおかしいぞ」
相手に、そう指摘されて気づく。
よくよく考えたら、今のチームには、普通に魔法や魔術を使う面々が居ないのだ。
もし、あの面々の中で魔法や魔術を使うとすれば、ルイナかルイシアぐらいだが、果たしてあの二人をカウントして良いものなのだろうか。
「あ、もしかして、類友系?」
「止めろよ! 多分、俺が最後の砦な気がするんだよ! 地味に問題児なあいつらを纏められるって言うなら、やってみろよ! 普通の人ならストレスになるぞ!?」
頼人の場合、ルイナたちとは会って数週間な訳だが、ノリと勢いでどうにかしようとするときは大変である。
しかも、そこに精霊たちも加わるのだから、状況次第では地獄である。
「……ああ、うん。君が大変なのは分かったけど、本人たちも見てる前で言うことではないと思うんだ」
それは正論だし、見ていた面々は、思わずルイナたちに目を向けるが、目が笑っていなかった。正直、怖い。
「あ、ヤバい。寒気がしてきた」
言い過ぎたかと思うが、もう遅い。
戻れば、確実に締められることだろう。
「ああ、もう!」
「うわぁっ!」
いきなり槍を振り下ろしてきた頼人に、相手は慌てて避ける。
「あっぶねー……」
振り下ろされた槍は地面とぶつかるが、ぶつかった地面は、といえば凹んでいた。
「……」
「……あ、そういうこと。そっちがそういうつもりなら、こっちも容赦しないぞ!」
相手がいくつかの魔法を発動するが、頼人は気にした素振りもなく、そのまま突っ込んでいく。
『間一髪で秋月選手の攻撃を避けたライン選手ですが、お返しとばかりに魔法で反撃! そこへ突っ込んでいく秋月選手ですが、果たして無事でいられるでしょうか……?』
「おいおい、いくら後で叱られるのを覚悟してるからって……」
クロードの言葉に、玖蘭が心配そうな目を向ける。
「玖蘭、大丈夫だよ。小さいときから、私たちの魔法を受けていた頼人だからね。無駄に治癒力が高まったあいつに、あの程度は掠り傷だよ」
「それに、いつ誰が攻撃するための武器しか作れないって、言った?」
ぽつりと呟かれたルイナの言葉に、え、と反応する玖蘭。
そんな彼女たちに小さく笑みを浮かべていたルイシアは、少しずつ、煙が晴れていくフィールドに目を向ける。
「バカみたいな魔力持ちが、ずっと側に居たんだ。魔法系対策を怠るわけがないだろ」
「盾、か」
光の粒子となって、頼人を守っていた盾は消えていくが、手が消えたわけではない。
「あとさ。俺の魔法は“武器生成”だけだと思っているみたいだけど、それ、間違いだから」
相手ーーラインに目を向けながら、頼人は言う。
(さっきは、あんなことを言ったわけだけどーー)
彼の手に、新たな武器が現れる。
「私も、ルイナも、頼人も。単に素直に言わないだけだから」
ルイシアがそう呟く。
けれど、言いたいことは分かる。
(謝れば許して貰えるなんて思ってはいないけど、それでも『勝利』を届けて、次に繋げることが出来たなら)
後は、ルイナが絶対にどうにかしてくれるから。
そう信じている限り、きっとーー
「よく、覚えておけ。本選に進むのは俺たちだ。そして、何としても、うちのリーダーに繋ぐ!」
「ーーッツ!!」
ラインが、頼人が背後に居たことに気づいたのは、彼が手にしていた武器を振り上げていた時だった。
ーーゴン!
鈍い音が、その場に響く。
頼人がラインを殴ったのだが、それでやられるほど彼も黙っちゃいない。
「っ、それは、こっちも一緒だ。そして、勝って繋げるのは僕だ!」
頼人の攻撃を腕で何とか防ぎながら、ラインは叫ぶようにして言う。
「……言ってくれるじゃねーか」
そして、そんな彼に攻撃を防がれた頼人は、間を作るために距離を取る。
「全く、不意打ちぐらいは成功するかと思ったんだけどな。やっぱ声を出しながらだと気付かれるわなぁ」
「いや、そうでもないさ。まあ、背後に居るって分かったときは、さすがに焦ったけどな」
失敗したと言いたげな頼人に、ラインは苦笑する。
(とは言ったものの、不意打ちが失敗したのに焦る様子が無いとは……これが、死地をも乗り越えた協会所属の魔術師としての力か)
前者はともかく、後者の『死地をも乗り越えた』という部分は間違っているのだが、そもそもラインがそのことを知るはずもない。
(遠距離攻撃に切り替えるか? それとも、このまま行くか?)
一方の頼人は、と言えば、次の手について考えていた。
頼人の場合、すでに分かっていることだが、ルイナや玖蘭のように、精霊や式神などから力を借りることは出来ない。
何らかの罠を仕掛けるにしても、今居るフィールドの特性上、少しばかり時間が欲しいところだが、ラインが自分に不利になるような時間を相手に与えるはずもない。
(けどーー)
この、逆境に立たされたかのような感覚は嫌いじゃない。
「そっちから来ないのなら、今度はこっちから行くぞ」
今度はラインが仕掛けに行く。
「来いよ。防ぎきってやる」
にやりと笑みを浮かべ、ラインを迎え撃とうとする頼人。
「全く。何、燃えてるんだか」
「戦って、友情にでも目覚め始めたんじゃない?」
目の前で繰り広げられている光景に、呆れたような目を向けるルイナたち女性陣に、男性陣と一部の女性陣が目を輝かせる。
「良いじゃねぇか。一戦ぐらい、こういうことがあっても」
「いや、そうなんだけど……」
「何か、これは違くない? 『戦ってる最中に友情が芽生える』ってことに文句を言うつもりは無いけどさ。インパクトに欠けるっていうか、何て言うか」
上手くは言えないが、玖蘭に言いたいことは伝わったらしい。
「言いたいことは分かるんだが、今回はこういう展開が少なかったからなぁ」
逆に無駄に喋っていたか、ほとんど戦闘を終わらせていたかのどちらかが多かったはずだ。
「つまり、血に飢えた獣、か」
「言いたいことは分かるけど、それ違うから」
何という例えを言ってくれてるんだ、と玖蘭が冷静ながらも、暗に突っ込む。
一方のフィールド上では、頼人とラインの得物と魔法がぶつかり合っていた。
「そろそろ終わらせたいところだな」
「まあ、ずっと戦っていても、面白そうだがな」
「あー、うちのリーダーが怒りそうだから、それは無しの方向で」
何ともチャレンジャーなことを言うラインに、怒ったら質が悪いであろうルイナのことを想像して、彼の言ったことを却下する頼人。
「そりゃ残念」
残念だと思ってないくせに、と思いながらも、頼人は精製した槍を振るう。
「っ、と」
精製し直したためか、先程よりも威力もスピードも上がった槍からの攻撃に、ラインがギリギリで躱す。
「今のを避けるか」
「ルール以前に、死にたくは無いからな」
「それは尤もだな」
そして、殺す気もない。相手を殺せば、その時点で失格になるからだ。
「だから、次で終わらせるさ」
ぶわりとラインの魔力が上昇する。
(少し、厄介そうな魔法が来そうだな)
さっきの盾じゃ無理そうだな、とすぐに防ぐ手段を考える。
「あ、これヤバい奴だ」
「ルイナ。これ、どうする?」
魔力が多いために、他人よりも感知に長けた二人がすぐに気付く。
「っ、司会者! 観客たちに頭を低くするように言って!」
『え?』
「良いから、早く!」
焦ったように告げるルイナに、不思議そうにするクロード。
「ルイナ、駄目。もう間に合わない!」
「ああもう!」
ルイナが嘆くように頭をガシガシと掻いたのと同時だった。
頼人たちの居た空間は赤く染まり、衝撃などが伝わらないはずの観客席にまで、地震のような衝撃が伝わる。
「キャァァァァアアアア!!!!」
「ウワァァァァアアアア!!!!」
『落ち着いてください、皆さん! 大丈夫ですから!』
来るはずのない衝撃に驚いた観客たちを、クロードが慌てて宥めにいく。
「頼人の奴、大丈夫だよな」
不安そうな玖蘭に、ルイシアが何も返さずにフィールドを見つめる。
『頼人さん……』
『こんなので死ぬなんて、私は許さないんだから!』
さすがのファイアたちも心配らしく、フィールドを見守っている。
「……大丈夫。きっと大丈夫」
「ルイナ……」
『ルイナさん……』
ルイナの呟きに、ルイシアが目を向け、ファイアたちが寄り添うように彼女の肩に座って、首に凭れる。
(あの時の盾があるのなら、大丈夫だよね。頼人)
この場にいる誰よりも、間近であの魔法を浴びた頼人である。
軽傷ではないだろうが、無事ではあるはずだ。大会ルールもあるのだから。
『秋月選手は無事でしょうか……?』
観客を宥め終わったらしいクロードが、ようやくフィールドに目を向ける。
「……あー、勝手に殺されても困るんだが」
ラインの片腕を自身の肩に乗せながら、頼人が何とも言えない表情で、展開前のフィールドの上に立っていた。
『い、生きてたーーーー!!』
「だから、死んだような言い方は止めろよ! あんた司会者兼審判だろ!」
安堵したようなクロードの言い方に、頼人はもう気力がギリギリなのか、突っ込みに容赦ない。
「あと、こいつの仲間! 早く引き取りに来いよ!」
「あ、ああ……悪い」
頼人の言葉に、ラインの仲間が彼を引き取りに来る。
「まあ、無事で良かったよ」
「前に、お前の暴走に巻き込まれたお陰だな。人生、何があるか分からんものだな」
ふらふらする頼人にルイナが肩を貸しつつ、控え席に移動する。
「医務室に行かなくて大丈夫か?」
「ああ。魔力さえ戻れば、別に問題ない」
心配そうな玖蘭に、頼人がそう返す。
「それに、ルイナの隣なら、回復速度が上がるしな」
「へー……」
「私の体外に放出されてる魔力の影響に依るものだから、玖蘭が思ってるような意味じゃないよ」
頼人の言い分から何かを想像したらしい玖蘭に、ルイナが補足する。
疲れているから、言葉が足りなくなるのも仕方がないが、今のは明らかに誤解を生む。
「さて、と。頼人も戻ってきたことだし、三番手、行ってくるよ」
「行ってらっしゃい」
ひらひらとルイシアが手を振りながら、フィールドに向かう。
「つか、あれだけの魔法を放たれておきながら、このフィールドが無事とか、相変わらずの謎技術だな」
「玖蘭、そこは触れちゃ駄目だと思うよ」
状況の悪化は嫌である。
「それでさ、あの魔法。どうやって防いだんだよ」
「一番頑丈な盾を精製し直した。元がルイナたちの高威力魔法を防ぐための盾だったからな」
「なるほどな」
頼人の返答に、納得したように玖蘭が頷く。
「あと、制服も買い換えないとなぁ」
「直そうにも、かなり継ぎ接ぎだらけになりそうだもんね」
「小さいときはともかく、今ぐらいになると高いし」
「給料で買えって? 残念、金は協会に戻ります」
「……」
「……」
無言で視線を交わす。
「何だ。何が言いたい」
「私たちと居るとストレスが、って言ってなかったけ?」
「……俺が悪かったから、言葉で攻撃するのは止めてくれないか」
降参、とばかりに頼人が項垂れる。
少し不機嫌そうだったルイナも、溜め息混じりに「もう良いわよ」と返す。
「ルイシアの相手はあいつか」
「嫌だなぁ。私の対戦相手、益々あの子の可能性が出てきたし」
ちらりと相手の席に目を向ければ、例の子が気付いたのか、小さく手を振ってきたので、苦笑いして振り返す。
一方でフィールド上は、といえばーー
「先程は、仲間がご迷惑を掛けました」
「気にしないでください。状況次第では、逆のことが起きていたかもしれませんし」
そんな会話をしていた。
「けれど、助けてもらったからと、勝ちを譲るつもりはありませんよ」
「そう来てもらわないと困ります。そんな勝ち方をしても、嬉しくはありませんから」
互いに笑みを浮かべていれば、フィールドが展開される。
『それでは、参ります! 予選最終戦・第三試合ーー開始!』
クロードの言葉により、試合は開始された。